第2話

 村は過疎化が進んだとは言え、老人がそれなりにいる。信子を戻すために誰か一人を犠牲にしなくてはならない。もちろん僕じゃない。村の外まで調達しに行く方が、村の中で誰かを殺すのよりもリスクが高いだろう。勝手知ったる村の中で、一人、選ばなくてはならない。

 一人だ。それだけの命で信子が戻るなら、……本当にそれは正しいことなのだろうか。いや、迷うことはない。僕にとって信子より大事な人間なんていない。せめて悲しみが少ないようにしよう。身寄りのない独居老人。いっぱいいる。一人を。

 殺しても心の悼まない相手が、いる。谷本たにもとの爺さんだ。家の距離もちょっとあって、いい感じだし、日頃の恨みを鑑みれば人選として問題ない。

 日が暮れるのを待って、ロープとガムテープ、軍手、ハンマー、ナイフを車に積んで、谷本の爺さんの家に走る。運のいいことに誰ともすれ違わなかった。

 チャイムを鳴らす。

「誰だ?」

岸野きしのです」

 ドアが開く。

「何だお前、こんな夜中に。バカだとは思っていたけどついに、おい、禿げたな」

「谷本さん、死にたくなかったら言うことを聞くんだ」

 僕の右手にナイフ。

「おい、早まるな」

 たとえ少し騒いだとしても、近隣の住宅には届かない距離がある。

「早まらさせるな。動くなよ?」

 谷本はいつもの傲慢な態度と違う、怯え切った顔になる。だが、そんなものが見たい訳じゃない。

 僕はガムテープを目に貼って視界を奪った後に縛り上げた。口もガムテープで塞ぐ。

「歩け」

 車に乗せ、自宅の妻の部屋に連れる。用意していたブルーシートの上に横たえる。

 喉にナイフを突き立てる。

 流れる血と共に、命が終わろうとするのが見て取れた。

 妻はぴくりとも動かない。

 谷本の血が出来って、命が流れ切った。

 妻が垂れていたこうべを上げる。

「信子!」

「あれ。私、なんで?」

「ヤギ男に騙されたんだよ。生き人形にされてたんだ。だから、他の命を捧げて、こうやって戻したんだ。よかった。ちゃんと元に戻って」

 信子は谷本を見付ける。

「この人、私のために死んだの?」

「そうだよ。でも大丈夫。死んでもいい人だから」

「死んでいい人なんていないわ。……でも、戻れてよかったと思ってしまってる。この罪は私も一緒に背負う。もう、黒魔術なんてしない」

「じゃあ、死体を捨てるのを手伝ってくれる?」

「どこに捨てるの?」

「裏の井戸」

「分かった」

 谷本を井戸に捨てて、ブルーシートを洗う。

「夕食まだよね?」

「そうだね」

「じゃあ、簡単に作るわ」

 信子はいつものように調理をして、僕はテレビを観ながら出来上がりを待った。テレビでサスペンスものをやっていて、どうして殺人がエンターテイメントになるのか不思議に思った。

「出来たわ」

 豚の生姜焼きを一緒に食べる。

「信子はどうして黒魔術なんてやってみたの?」

「永遠の命が欲しいと思ったから。でも、失敗しちゃった」

「一緒に生きて、一緒に死のうよ」

「そうね。子供がいないから、自分の命を伸ばそうと思ったのかも知れない」

「じゃあ、作ろう」

「これまではどこか二の足を踏んでたけど、今回のことで私も踏ん切りがついたわ。作る」

 そう言った瞬間、信子は固まった。

「信子?」

 触れてみたら、また生き人形になっている。命を捧げて一時間しか経っていない。

「まさか、制限時間があるのか」

 残ったご飯を食べ切ってから、信子を魔法陣の部屋に移した。

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