第4話 ➳ 神社にある弓道場

 無人の改札口を通り抜け、少し歩けば緑の山々が連なる、田舎風の風景が広がる。

 目の前の車道には、たまに車が通っていくが、その脇にある歩道には、少し前をテクテクと歩く、さきほどの少女のみ。


(平和だ。助かる)


 快適な歩道を、しばらく道なりに進むと、ポツンとして店を構えるコンビニがある。


 俺の前を歩いていた少女が立ち止まると、後ろを振り向くなり「私カフェオレ」と、笑顔で言い放つ。


「自分で買えよ……」

「え? いいじゃん別に。私弓持ってるし、あとでお金払うから。冷たいやつね~〜」


(なんで俺が買うんだよ……。ったく)


 俺はため息をつくと、コンビニへと入っていき、カフェオレとブラックコーヒーをそれぞれ両手で持ち、レジへと向かう。

 定員は相変わらずのオバチャンだ。

 外で待つ少女をチラっと見るなり、俺に一言。


「あらやだ! あの子、彼女?」

「いや違う。妖怪きつね女だ」

「ふふふ、な〜にーそれ? まぁいいわ、行ってらっしゃい。その絆創膏、かわいいわよ?」


 オバチャンは俺の絆創膏を愛でると、笑顔で見送ってくれる。

 いつもながら気さくな人なので、こういった冗談も言える仲である。


(呪いの絆創膏なんだけどな。はやくとりたい……)


 店から出るなり、俺を待っていたその少女は、ニヤニヤしながら「何を話してたの?」と聞いてくる。


「お前の事だよ、茶化されたんだ」

「へぇ〜〜〜〜〜」


 何やら納得した表現となり俺が渡したカフェオレを受け取る。

 さっそく蓋を開け、グビグビと飲むその姿を見て、俺もコーヒーを一口飲む。


(そういえば、なんて名前なんだろうか?)


「名前、何て言うんだ?」

「ん? そうだったね。私は〜〝さくら 彩音あやね〟あんたは?」

「俺は、〝妖狐ようこたける〟だ」

「はいはい、じゃあ武君って呼ぶね! つーわけで〜はやく行こ!」


 人に飲み物を買わせておきながら、奴はスタスタと歩き始めた。

 まだお金を貰ってないのだが、なぜか歩くスピードが速い。

 このまま踏み倒す気だろうか?


(お金……くそ!)


 俺はお金を渡さない奴を追いかけるように、その場から歩き始めた―――



 ➳ ➳ ➳ ➳ ➳ ◉



 桜と一旦別れた俺は、提灯ちょうちんが飾ってある門をくぐり、石の階段を登っていく。

 階段を登りきると、赤色に染まった鳥居風の門をくぐる。


 そこには神社の〈本殿・拝殿〉がある。

 そこを横切り〈祈願受付け〉と看板が掲げられた建物へと向かう。

 その受付けで暇そうに立っている、親戚の叔母に声をかけた。


「あら、武ちゃんね。バイトの事、聞いてるわよ!」

「すいません、その事なんですけどー」


 俺は事情を説明し、少し手伝えるのが遅くなる事を伝える。

 叔母さんは俺をからかうように、それなら大丈夫、行ってきなさいと言ってくれた。


 俺は後から手伝いますと言ったのだが、今日は暇だから。との事。

 俺も身勝手かもしれないが、相変わらず叔母さんも身勝手であった。


(結局、今日のバイト代はなしか。はぁ……)


 俺は来た道を戻り〈本殿・拝殿〉の前を再び横切り、その奥にある長い『回廊』を歩き始めた。

 この神社の廻廊は、高低差がある坂を真っ直ぐと伸びているのが特徴的だ。

 俗に言う結婚式の「前撮り」や「七五三」をしたりする際も、わりと人気なスポットらしい。

 俺はその先にある、弓道場を目指す。


 ここの弓道場は予約さえすれば、一般の人でも使用する事が可能である。

 たまに試合をしたりしている事もあるらしいのだが、弓道に興味がない俺にとって、親戚の神社とはいえ、ほとんど行く事のない場所である。


(昼御飯、奢りたくねぇな〜)


 そんな事を考えながら、俺は長い長い「回廊」を下り、年季の入った弓道場へと向かう。


 その入口には、弓を手に持った制服姿の桜。

 樽みたいなわらに刺さった棒を抜いているようだ。

 俺のほうに気がつくなり「おーい」と、手を振ってくる。


 俺は回廊と弓道場の間にある芝生を横切り、その場所まで歩み寄る。

 何か、胸に板をつけているようだ。


「あぁこれ? 胸当てだよ。ほら、女の子ってコレがあるじゃん? 胸当てしないと、弦が引っ掻かって痛いんだ」


 自分の胸をツンツンしながら、その板の事を教えてくれる。

 聞いてもないのだが……とりあえず適当に相槌をうつ。


「あ、そうそう。私袴に着替えてから弓引くから、ちょっと時間かかるよ。ちなみに〜弓道の見どころなんだけどー」


(げ……また始まった。だから興味ないんだっての)


 身振り手振りで謎の単語を喋り始めたので、俺はとりあえず適当に聞き流す。

 右から左へと……すると、解説がパシャリと止まり、なぜか俺は睨まれた。


 もしかすると、俺が聞き流している事に気がついたのかもしれない。俺は左から右へと、先程の珍用語を気合いで引っ張り戻す。


「ちゃんと聞いてた? なんだか上の空みたいな顔してたけど」

「聞いてたよ」

「じゃあ、射法八節で一番気に入った言葉を教えて」


(しゃほうはっせつ? 何だっけそれ?

確か最後の言葉は……)


「ざ……ざんしん。ざんしんが気に入った」


 桜は疑い深いような目をしている。俺はなるべくバレないように、平常心を保つ。

 だが結局ため息を吐かれたのち、左手を「ひらひら」とさせる。


 話を聞いてない俺が悪いのだろうか?

 それにしても強情である。


 興味がないと言っている男に無理矢理話を聞かせ、聞いてないと分かったらその態度である。

 こやつは自分を中心に世界が回っているとでも思っているのだろうか?


「まぁ。一回じゃ覚えれないかもしれないね」

「ああ…その…最後の動作なんだっけ? ざんしんってのは」


 俺はひとまず、その言葉について尋ねてみる。

 興味はない。だが不機嫌そうなその態度をどうにかしてもらうために、俺ができる事といったら、そのくらいしか思いつかない。


 すると桜は両手を大きく広げ、嬉しそうな顔になる。

  

「残心って言ってね、矢を射った後の姿の事よ。私は、その時が一番好きなの! だってカッコいいもん!」


―残心―

 弓を引いた後の、自分の心を表す形のようだ。つまり、綺麗な形である事に、意味があるらしい。


(カッコいい? 弓道が?)


 俺には理解出来ない文言だが、弓を引く所を見れば分かるらしい。

 桜が道場に入っていくなり、俺は言われた通り『回廊』へと向かった。

 ここからなら、弓を引く姿がよく見えるとの事。

 俺はただ、桜が準備を終えるのを『回廊』の上で待つのであった。

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