第3話 ➳ 弓道大好き少女

 あの後、人の顔に弓をぶつけたその少女と一悶着ひともんちゃくあったのだが、結局「まぁいいじゃん」の一言で終わる事となる。


 そして現在、俺の正面へと立ったまま、電車に揺られている。

 聞いたところ、この少女は高校生で、どうやら目的地は俺と同じ神社らしい。


「これは何かの運命ね!」とか言っているが、俺は正直興味がない。

 仮にこれが運命なのだとしても、この少女とはバットエンドだろうと思う。その理由は。


「さっきから何? まだ怒ってんの〜〜? ねちっこい男は嫌われるよ?」

「……なんでこの絆創膏取ったら駄目なんだ? 恥ずかしいだろ」

「とったら駄目! もったいないでしょ! 珍しい奴を貼ってあげたんだから、感謝しなさい!」


 このように強情であり、身勝手な理屈で絆創膏を外す事を認めてくれないからだ。

 俺はため息をつくと、その少女が持っている弓を眺めた。


 花柄のような布が巻かれたそれは、俺にとっては珍しいものであり、同時にリュックにぶら下がる、丸いドーナツのような形をしたそれには、何かがグルグルと巻かれている。


 その視線に気がついたのか、その少女はニヤリと笑う。


「あら〜〜もしかして弓道に興味ある感じ? 顔にそう書いてあるよ? 仕方ないな~じゃあ教えてあげる♪」

「いや………」


 何やら嬉しそうな顔で、頼んでもいないのにあれこれと解説が始まった。

 その話術は、まるで通信販売でもしているかのようだ。

 

 次々と俺の知らない言葉が飛び交う。


和弓わきゅう

 通称『弓』と呼ぶ。布に包んでいる理由は弓の保護、つまり収納している状態らしい。


つる

 ドーナツのような形をしたそれは『弦巻つるまき』と呼ばれる専用のケースらしい。

 その中に巻かれた弦を、弓を引く前に張るそうだ。基本的に予備の弦をそれに入れておくらしい。


ゆがけ

 通称『かけ』弓に張った弦を引っ張る際、着用する茶色いグローブのようなもの。

 親指の部分だけ硬い素材で出来ていて、弦を引っ掛ける溝があるのだそうだ。

 基本的にその溝に引っ掛け、弓を引くらしい。


矢筒やづつ

 黒い円柱の形をした筒は、矢を入れる専用のケースらしい。中には8本程入っているとの事。


「ぺらぺーら、ぺらぺーらぺらぺら」

「……もういいって。俺は興味ないし」


 その言葉を聞いて、その少女は何やら突然眉をしかめた。

 そんな顔をされても、興味がないのだから仕方ない。

 すると、神社の弓道場で弓を引くから、見ていきなさいとの事。


(なんで俺が見ていかないと駄目なんだよ……意味わからん)


 俺は少し、曖昧な返事を返した。


「あのね~。よし分かった! じゃあ私と賭けをしない? 私が弓を引くから、的から矢を外したら、その絆創膏取っていいよ!!」

「………的に当てたら?」

「う〜ん、じゃあ昼御飯奢って」


(なんだよそれ。それが賭けになるのか? 得する事ねぇし)


 その少女は再び、弓道について語り始めた。


(興味ないんだけどな。でも、本当に弓道が好きなんだな)


 楽しそうに話すその姿には、不快に感じる気持ちはない。

 どちらかと言えば、真っ直ぐに弓が好きなんだと、その気持ちが伝わってくるくらいに、楽しそうな笑い顔だからだ。


《まもなく〜○○駅〜○○駅〜。降り口は左側でございま〜す》


 社内にアナウンスが流れる、もう少しすれば、この電車は目的の駅に到着するだろう。

 その少女も弓を持ったまま、降り口の扉をへと振り向いた。


 そしてわずかだが―――


 鼻を刺激するように、華やかな香りが漂った。


「……………」


 シャンプーなのだろうか?

 香水のような香りではない。


 といっても、もう漂ってこないので、確認しようがないのだが。

 そして駅に停車するなり、ドアが開く。


 その少女は、艶のある黒髪を『ゆらゆら』とさせながら降車していく。


(髪……綺麗だな)


 それはまるで―――先程までの無関心だった俺の心の変化を、示唆しているかのようだ。


 

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