第2話 ➳ 出会い

 古ぼけたアパートの一室、いつものように気だるく布団から起き上がると、枕元に置いてある、目覚まし時計で時間を確認する。

 現在時刻は7:00頃。


「ふぁ〜。外は晴れてて、いい天気だな。さて、準備するか」


 いつもなら身支度をし、大学へと通う準備をするのだが、現在は春休み中であるため、その必要はない。

 つまり気持ちは最高というわけだ。


 俺は布団をたたみ、いつものようにやる気のないルーティンをこなしていく。


 お風呂場でシャワーを浴びながら、小綺麗な歯ブラシで歯を磨く。

 洗面所で髪を乾かし、短めの黒髪を無造作に乾かした後、少し上質な化粧水を肌につけ、スキンケア。

 あとは適当に整髪料ワックスを使い、整える。


 最後に鏡でキメ顔をした後、乱雑な押し入れを開け、ラフな服装へと着替える。


「今日はまぁ、パーカーとデニムでいいだろ」


 白いパーカーと黒いデニムへと着替えた。

 冷蔵庫にストックしてある冷凍パスタを温め、朝ごはんとする。


 無機質な机の前に座ったならば、容器に入ったまま箸でパスタを口に運んでいく。

 食べながら思うのだが、冷凍食品とは便利なものであるとつくづく思う。

 俺のような貧乏学生が一人暮らしをする際の、大いなる味方だ。


 今日も親戚の務める神社へと足を運び、ちょっとしたバイトをする予定だ。

 別段、何かを信仰しているわけでもないのだが、暇であろう俺に声をかけてもらったわけである。

 内心、春休み中の短期バイトとしては非常に助かっている。


 朝食を済ませ、自室の戸締まりを確認し、俺は家を出る。

 そして都市部にある駅を目指した――――



 丸い噴水のある駅前を通り、混雑した改札口を通り抜け、目的のホームへと到着する。

 先程とは一転して、そこに人影はあまりなく、次の電車が来るまでの待ち時間もなかった。


 駅のホームに、アナウンスが流れる。


《まもなく、次の電車が到着します。黄色い線までお下がりになり、お待ちください》

 

「社内はガラガラだな。快適な出勤になりそうだ」


 土曜日の朝だからか、通勤する社会人すらいない。

 そして扉のすぐ横、少しやつれた椅子へと腰掛けた。


――――――――プルルルル―――


 電車の発車を告げるベルの音が鳴るなり「待って! 乗りまーす!」といった、女性の声が聞こえてきた。

 すると、電車の扉が閉まる直前、少女が駆け込み乗車をして、入ってくる。


「はぁ…はぁ…間に合った〜〜」


(間に合ってねぇよ。なんつー危ない奴だよこの女……)


〈ガコンッ――〉電車が動きだした揺れで、その少女は姿勢のバランスを崩す。

 手には布に包んだ2m程の長いなにか。

 背中にはリュックと、黒い筒のようなものを背負っている。


「うわぁ!!」


――バシンッ!!


「いでぇ!!!!」


 その棒のような硬いものが、勢いよく俺の顔面を叩きつけた。俺は顔をしかめ、右頬をさする。

 その様子を見たその少女は、その棒のようなものを拾うなり、俺に向かって、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい!」

「いや…大した事ないから別にいいけど……それよりその棒みたいなのは何だ? 槍か?」

「へ? 槍? ちがうちがう。これは弓!!」


 その言葉に、学生らしき制服姿のその少女は「何言ってんの?」と言わんばかりの顔をするなり、これは布に包んだ『弓』だと言う。


(人の顔にぶつけといて、その態度はいささか強情だろ……)


 艶のある長い黒髪。その少女は白色のシャツに、深みのある赤いネクタイをつけ、チェック柄のスカートを履いている。


 その少女は、俺の顔を見るなり、慌てて背中に背負ったリュックから絆創膏を取り出す。

 その様子に、俺はその右手を見てみたが、血などはついていない。


「いや、絆創膏とかいらんだろ。別に血はついてないぞ?」

「いいのいいの! 最近ね、かぁわいい〜絆創膏買ったから、貼りたいだけ! 少し切り傷にはなってるしね!」


 するとその少女は、慣れた手付きで俺の右頬に絆創膏を貼った。


 手で触った感じ、一般的なサイズのようだが……やたらニコニコとしているその少女。


(なんだ……どんな絆創膏を貼ったんだ?)


 どんな絵柄なのか訪ねたところ、はにかんだ笑顔で「内緒!」と一言。

 その少女は弓を持っているせいか、吊り革も持たずその場に立ったままだが、俺の顔をジロジロと見ている。


「おい……なんだ? 俺の顔に何かついてんの?」

「ん〜〜鼻毛出てるよ?」

「なにっ!? そんなはずはない!! 朝確認した時は出てねぇ!」


 その少女はおもむろに、ポケットから小さな折りたたみ式の手鏡を取り出すと、俺に手渡してくる。

 それを受け取るなり、俺は自分の鼻下を確認する。

 やはり鼻毛なんて出てない、ただ、そこに映ったのは―――



――――愛らしいきつねが描かれた

―――――絆創膏だけだった

 


 

 


 


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