『23』メートルの〝恋〟

もっこす

第1話 ➳ 弓を引く姿

 背の低い緑色の植栽に囲われた、まるで古民家のような外観の道場がある。


 建物の骨組みには褐色かっしょくした木材。

 その床には、真新しい明るい色をした木の床フローリング


 その広々とした道場の中央には、1人の女性の姿。

 左手に弓を握り、右手には矢を持っている。

 その視線は、標的である丸い的を見つめていた。


 白い弓道着に、黒い袴姿。


 その背中には、艶のある黒色のポニーテール。わずかだが、ゆらゆらと揺れていた。


 弓を引く場所から―――

 ――『狙う』的までの距離――28m――


 俺はただ、神社の『回廊』からその少女を見ているだけだが、不思議と、凛とした空気がこの場を包み込んでいる。

 観客ギャラリーは俺だけだ。

 やがて、その少女は弓を引き始めた。


 弓を引くにつれ、伸ばした左手で持っている和弓わきゅうが、だんだんと反り返っていく。

 その右手には、茶色いグローブのようなものを着け、弓のつるをゆっくりと引っ張っていく……


 止まった……?

   その形は、一言でいえば…


      ――とても美しいものだった――


―――シュパーンッ――


 少女が離したその右手は、真っ直ぐに的と反対方向に伸びた――勢いがあり、そしてキレがあった。

 弦から飛び出した矢は、空気を切り裂くような音を鳴らしながら、その先にある丸い的へと、吸い込まれるように飛んでいく―――


        ―――ッパァーン!!


 矢が的に刺さった瞬間、風船が割れるような音が鳴る――あたった。

 その黒色の矢は、丸い的の中央。そのど真ん中に刺さっている。


 俺は思わず目を見開き、驚いたような声で、ボソっとつぶやく。


「これが―――弓道なのか?」


 少女が弓から矢をった後の姿は、的を捉えたまま、その両腕を真っ直ぐに広げている。

 まるで今から春空へと羽ばたくかのようにして。


 確か、あの少女はこう言っていた。


――『残心って言ってね、矢を射った後の姿の事よ。私は、その時が1番好きなの! だってカッコいいもん!』――



➳ ➳ ➳ ➳ ➳ ◉


 時は数時間前までさかのぼる。

 それは、もうすぐ春が訪れようとする、3月の下旬頃。


 俺はいつものように、なんの刺激もない朝を、迎えた時まで―――

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