第9話

 下の方から生徒の賑やかな声が聞こえる。

 俺はそれを聞きながらフェンスに背中を預ける。


「おっそいなぁ」


 俺の口からは誰かさんに対する文句が無意識に出ていた。


 15分。俺が屋上に来てから経った時間だ。

 いつもなら、すぐに来るんだけどなぁ。ま、理由は分かってる。あの先輩に告白されているから。


 でも、こんなに長いものなんかな?


 あと、5分。あと、5分待って来なかったら帰ろう。

 帰っても許される……はず。樋山さんは優しいからな。



◆◇◆◇◆◇



「僕のどこがダメなんですか!?」


「ダメとかじゃないです。今は誰とも付き合うつもりがないんです」


「どうしてですか!?」


「どうしてって……それは……」


「雫さんに釣り合う人なんて僕以外にいません!」



 声を荒らげる先輩に、どこか歯切れの悪い樋山さん。

 二人の視界に入らない場所から隠れるように俺は現場を見ていた。


 帰るつもりだったんだけど。告白に20分も掛かるのか、と思い寄ってみたんだ。

 寄って正解だったかな。平和な雰囲気ではないな。樋山さんが何も答えられずに当惑している様子だ。


 俺は二人の方へと足を進めた。


「先輩、少しだけ落ち着いたらどうですか?」


 先輩の後ろから話しかける。

 先輩が勢いよく振り向く。


「……っ、誰ですか?人の告白を覗くなんて良い趣味ではないですね」


 アンタには言われたくない、と言いたくなったけど必死に押さえつける。


「間宮くん……っ!?」


 樋山さんと先輩越しに目が合う。その瞳は大きく見開かれていた。

 “なんでここに!?”とでも言ってるんだろう。


「覗いてしまったのはすみません。でも、告白している相手を困らせてる先輩を見かねてしまって」


「雫さんが困ってる?」


 先輩が樋山さんの表情を見る。

 眉を八の字に曲げ、顔に影を落とす樋山さん。


 今、急いで表情作ってるの見えたぞ。

 まあ、困っているのは本当ぽいからナイスなんだけど。


 先輩の息が、はっとなる


「す、すみません。熱が入りすぎました」


 先輩が頭を下げる。


「……いえ、大丈夫です」


 こんな時でも、樋山さんは先輩に控えめな笑顔を向けていた。


 優しい……いや、優しすぎる。

 でも、内心では罵倒が飛び交ってるんだろうな。


 樋山さんはどうして、そこまで取り繕うのか。

 少しぐらい拒絶しても良いと思う。


「……きょ、今日は失礼します」


 先輩は小走りで去っていった。


「…………」


「…………」


 二人取り残された校舎裏。

 生徒も下校しきって、聞こえるのは運動部の掛け声や軽音部の演奏。


「……帰る?」


 俺は樋山さんに声を掛ける。


「……屋上行くよ」


 樋山さんが静かに答えた。


「はい」


 今日は少し長くなりそうだ。

 樋山さんの愚痴もそうだけど、俺もいくつか聞きたいことができた。


 彼女の生き方はいささか苦しくないだろか?

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