第10話

「しつこいっての!一回フラれたら諦めてよ!脳ミソないの!?“釣り合う人なんて僕以外にいない”?ざけんな!容姿しか見てないじゃんか!」


 肩で息をしながら溜まった鬱憤を吐き出す樋山さん。


 時間は既に屋上に来てから30分を過ぎていた。


「……樋山さんはもう少し怒っていいと思う」


 いつもは聞き流す。でも、今日は口を挟む。

 樋山さんが驚いたように俺の顔を見る。

 そして、決意したように真面目な表情をする。


「……中学生の時、私は友達が誰もいなかった。告白してきた男子を今のように愚痴っていたから。そしたら、友達なんて誰もいなくなった」


 樋山さんが静かに溢す。

 初めて聞く、樋山さんの過去だ。


「一人は結構辛いんだよ?私にとってだけど。だから、仮面を被るの。誰にでも優しい樋山雫っていう仮面を」


 悲しそうに笑う樋山さんは今にも壊れそうだった。


「誰とも付き合えるわけないじゃん。どうせ、私の素を見たら離れていく。ま、そもそも私の容姿で告白してくる男なんて好きにはならないけどね」


 鼻で笑ってみせる樋山さん。だけど、俺には、それがどうしても強がりにしか見えなかった。


「だから、私は怒らないよ。怒ったら毒まで出そうだから。あと、今日はありがとうね。また、助けられたね」


「別にあれぐらい良いよ」


 樋山さんが胸に手を当てて深呼吸をする。


 ……何か伝えようとしてる?


「間宮くん、私は間宮くんを信用する。だから、明日からは屋上ここには来なくてもいいよ」


 樋山さんが笑顔で告げる。


 それは、予想外の言葉だった。


 やっと解放される。嬉しい。

 嬉しいはずなのに。


「無理」


 俺の口からは拒絶の声が出ていた。


「は?」


 樋山さんの間抜けな表情ゲット。


「俺がここで愚痴を聞かなくなったら、樋山さんはいつ素を見せるんだよ?」


 俺は樋山さんに問う。


「い、いや家では素だから大丈夫だけど……」


「じゃあ、愚痴は誰に聞いてもらうんだよ?」


「それは……」


 樋山さんの歯切れが悪くなる。


「はい、決定。明日からも屋上だから。じゃ、また明日!」


 俺は樋山さんに口を挟ませる隙を与えずに告げ、屋上の出入口に向かう。



◆◇◆◇◆◇



「ま、待って!ど、どうして、そこまでしてくれるの!?私の素を知っているのに!」


 気づけば、屋上の出入口に向かう間宮くんの背中に問いかけていた。


 私の素を知った人は皆離れて行った。

 “性悪女”。それが中学の時の私のあだ名。誰も私に近づこうともしなかった。


 でも、間宮くんは私の素を知ってなお、助けてくれた。

 ナンパから助けてくれた。先輩からも助けてくれた。そして、今も私の愚痴を聞いてくれるって。助けてくれるって。


 どうして?


 私の胸は何故か激しく高鳴っていた。


 間宮くんは少しだけ振り返り、私の顔に視線を向ける。

 間宮くんの顔は少しだけ赤くなっていた。


 そんな表情を見て、私の胸は痛いほどに暴れまわる。


「……だから」


「え、え?なんて?」


「友達だから!!」


「んぇ?」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶ間宮くん。

 私の口からは変な声が漏れていた。


 い、いや、だって今、告白する流れじゃ……。

 自慢じゃないけど何回も告白されてきた。だから、あの表情から来る言葉は“好きです”しかない。

 ないのに、間宮くんはなんて言った?


「異論は認めない!お互いに素を見せ合えたんだから、友達でいいだろ!俺の初めての友達だから喜べ!」


 ヤケクソ気味に叫ぶ間宮くんを見て納得した。

 ああ、そっか。友達いない間宮くんにとって、これは勇気を振り絞った告白なんだ。


「ふふっ」


「……何がおかしいんだよ」


 私の口からは笑みが漏れていた。

 ダメだ……っ、堪えきれない!


「あははははっ!」


 私はお腹の底から笑った。


「笑うなよ!」


 笑わないでいられる筈がない。


 私の素を見たくせに、離れないだけじゃなくて友達?

 その上、それを顔を真っ赤にしながら告白。


 おかしい。おかしいよ。


 でも、嬉しい。


 間宮くんが今度こそ帰ろうと私に背中を見せる。

 でも、やっぱり止まって振り返る。


「最後にひとつだけ。樋山さんは、自分の素を嫌悪しているけど、俺は樋山さんのことを毒舌だけど優しい人だと思ってる。以上、また明日!」


「へ?」


 それだけ言って間宮くんは屋上から姿を消した。


 私は自分の胸に右手を置く。


「うるさい……っ」


 顔も熱い。


 これじゃまるで、私が間宮くんに……っ


 私は首を思い切り振って思考を強制ストップさせる。


 バカ、男子なんて容姿しか見ない、ただの猿!

 あ、でも間宮くんは全然そんなこと……


「……っ」


 さらに顔が熱くなる。


「ばか」


 私はその場にうずくまって地面に呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る