第1話ー2

 目が覚めると、今度は今までに体験したことも見たこともない程の、広すぎる天蓋付きのベッドで寝ていた。しかも体が沈み込むくらいフワッフワなので、どれだけでも寝ていたい気持ちになってしまう。

 37年間生きてきた俺としては恥ずかしい気もするが、昨日は多分泣きつかれて寝てしまったのを、両親が部屋まで運んでくれたに違いない。

 あと前世での裏切りは、今は忘れようと思う。復讐しようにも世界が違うのだから、どうすることもできないからな。


 窓から強い光が差し込み始め、そろそろ起きようと目をこすりながら、ベッドの端まで這って行こうしたんだけど、思わずビクリと固まってしまう。というのも、昨日は頭が混乱していたのか何も思わなかったけど、自分の体が今までとは全く違う事に気が付いた。

 まずは、黒くサラサラと肩から滑り落ちる長いというか、腰までありそうなズルズルとした髪の毛。ベッドから降りようと足を下すと、細く白い足先がレースが大量に使われたワンピースドレスのような寝間着の裾から見える。腕も当然細いし、指先の爪なんか薄いピンク色だ。


 うん。記憶は流れてきていたから、分かっていたはずなんだけどさ。落ち着いて今の自分を、確認しておきたい。という訳で、キョロキョロ辺りを見回す。ベッドも広いけど、部屋自体が広すぎる。立ち上がり、素足のままフカフカ柔らかい毛足の長い絨毯の上を歩いて、部屋の隅にある大きな姿見の前で立ち止まる。


 うつっていたのは、長い黒髪は日本人形のように艶やかで、目の色はなんと右目が金色で左目は紫というオッドアイだ。肌は透き通るように白い。今の年齢は5歳だけど、美人に育ちそうな予感がする女の子。


「うーん。なんか前世の俺とあまりにも違ってて慣れないな」


 前世の俺なんか、髪の毛を金に染めて、彼女に勧められるまま、腕や腰にタトゥーまで入れていたし、体もそれなりに鍛えていたから、細マッチョくらいにはなっていた。


 鏡をまじまじと見つめて観察しまくっていた、その時。


 コンコンコン!


「アレティーシアお嬢様、アイリでございます。入ってもよろしいですか?」

「うん。いいよ」

「失礼します」


 アレティーシアが、生まれた時から世話をしてくれてるアイリだ。くりっとした緑色の目に、ボブカットされた赤毛が可愛らしい女性で、黒のワンピースにフリルの付いたエプロンというシンプルなメイド服を着ている。微笑みながら部屋の中央にある丸いテーブルに、持っていた銀のトレーから、コップを置いてくれる。喉が渇いていたので、走り寄って両手でコップを手に持ち一気に飲み切ってしまう。

 

「お嬢様が、ご無事で本当に良かったです」

「心配かけてゴメン」


 反射的に、ペコリと頭を下げると驚いたように目を見開き、それから俺の手を優しく両手で包んでくれる。


「世話係の私に謝る必要はないのですよ。アレティーシアお嬢様が、生きて戻ってきてくれた事が大切なのです」

「ありがと。アイリは優しいな」

「ふふふ! お嬢様ほどではございませんよ。昼食はどちらでなさいますか?」


 かなり惰眠を貪っていたせいで、朝食は食べ損ねたらしい。多分ここで1人で食べるか、食堂に行くかの話だよな? 昨日の状況も知りたいし、これからの事も考えたいから話を聞くために人が集まるところがいい。


「父さんたちと食べたいけど良いかな?」

「もちろん良いですよ。とてもお喜びになると思います。ではお仕度させて頂くので鏡の前に立ってくださいね」


 鏡の前に立つと、背後にアイリが立ち髪の毛をクシでとかし、今からご飯という事もあって、後ろで緩く束ねて紐で結んだ。寝間着のボタンを外し手際よくスルリと脱がして、流れるような動きでピンク色のワンピースドレスを着つけてくれた。更に、腰に白いリボンを巻いてから、白いブーツを履いて完成だ。


「よくお似合いですよ。今日のドレスは母君からのプレゼントなのです」

「えへへ! 母さんからのプレゼントなんだ」

「えぇ。今日はヴァレリー様のお誕生日ですから、お二人に新しいお洋服を作っていたようですよ」

「そっか! 兄さんの誕生日なんだ。どうしよ何もプレゼント用意してないや。あとこのドレスもしかして手作り?」

「ヴァレリー様はお嬢様にお会いするのを楽しみにしてらしたので、お顔を見せるだけでお喜びになると思いますよ。母君はお裁縫がお得意ですから楽しそうにドレスを繕ってましたよ」

「俺も兄さんに会えるの楽しみだから嬉しいな! あと母さん凄いな!!」

「ふふふ! それでは行きましょうか」

「うん!」


 足首まである裾を、軽く持ち上げ鏡の前でクルリと回ってみる。控えめに施された白い花の刺繡が、バランスよく左肩から斜め下に散りばめられ、ピンクのドレスと白いリボンに良く合っている。母さんはセンスが良いと思う。


 アイリが開けてくれたドアを出ると、まるで宮殿のような廊下が広がっていた。アーチ形の大きな窓が並び、床には毛足が長くフカフカで細かな花柄が美しい赤い絨毯、そして一定間隔に置かれた観葉植物は青々としている。


 5分ほど歩いて、ようやく目的地に着いた。家の中を移動するだけで5分もかかるとは驚きしかない。



 食堂への扉を、アイリが静かに開けて入るように促される。

 兄さんの誕生日なのだから絶対、沢山の美味しいものが食べられそうだと思って足取り軽く入った。のだけど、とても祝い事の日とは思えない、重苦しい空気が漂っていた。


「父さん! 母さん! おはよう」

「アレティーシアおはよう。ゆっくり眠れたかい?」

「うん! ぐっすり寝たよ」

「それは良かった」


 父さんは挨拶を返してくれたのだけど、母さんは俯いたまま固まってしまっている。


「母さん、どうしたんだ?」

「実はな。昨日の騒ぎの、どさくさに紛れてヴァレリーの姿が消えてしまったのだ」

「昨日の騒ぎって、もしかしなくても俺の?」

「あぁ……そうだな。まだ幼いとはいえ将来は国のトップになるかもしれんのだ。お前にも話しておくべきだろう」


 兄ヴァレリーの話が出ると、母さんは怯えたように肩をビクッとさせ震えだす。その様子を見た父さんが母さんを抱きかかえ、寝室に寝かせてくると言って出て行ってしまった。


 暫くして戻ってくると父さんは椅子に座って、昨日あった出来事の全てを話し始めた。


 アレティーシアが、いつものように昼食後に紅茶を飲み始めたら、椅子から転げ落ちるようにして苦しみだし血を吐いて絶命したそうだ。即効性の毒による暗殺に、間違いないとの事だった。

 だが王の後継者が殺された、などという噂が国内外に広まれば大騒ぎになってしまうため、その場に居合わせた者たちと、親族のみで素早く葬儀を終えてしまったという訳だ。

 ところが、火葬する為に教会を出る直前になってアレティーシアが突然、息を吹き返したのだ。驚きはしたが毒殺騒ぎは無かった事に出来ると、その場にいた者たちが喜んでいた。

 そんな喜びも束の間、今度はヴァレリーの姿が忽然と消えた。なので最初は、ヴァレリーが毒を盛って罪から逃れる為に消えたのでは? という意見が飛び交った。

 けれどアレティーシアの事を、宝物のように大切に可愛がっていたヴァレリーが、そのような恐ろしい事をするはずないと、父さんと母さんは親族たちに言い切った。

 葬儀のドタバタで、何者かが城内に侵入し連れ去ったのだと思う。その場合、アレティーシアに毒を盛ったのも同じ人物だろう。もう一つの可能性は、何か事情があってヴァレリー自ら姿を消したかもしれない、そのどちらかだと結論が出たようだ。

 どちらにせよ探すとなると、内密に行わなくてはならない。けれど捜索のための適任が、いなくて頭を悩ませているという。


 話終えると溜息を洩らし、母さんが心配だからと立ち上がり食堂から出て行ってしまった。




 俺も昼食を一人ですませた後、アイリに部屋までついて来てもらいドアの前で別れた。


「何かありましたら呼び鈴でお知らせくださいね」

「うん。ありがと」


 去り際に、手のひらサイズの大きなベルを手渡された。かなり大きな音が出るみたいで、声を張り上げるよりも分かりやすく、非常時にも役に立つんだそうだ。


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