第1話ー3

 部屋に一人になると、色々考えなくてはいけない気がしてきた。この体は5年しか生きていないけど、俺には地球で生きてきた、37年間の色々な経験と記憶があるからな。という訳で、まずは大きな窓の前まで椅子を引き摺っていき、よじ登るようにして座る。少しだけ開いている窓からは、気持ちのいい風が入ってくる。


 兄ヴァレリー。まだ俺は会ったことは無いけど、アレティーシアの記憶に残る彼は、妹を本当に可愛がっていた。というより最早、愛していたんじゃないか? と思うほどのシスコンぶりだ。

 両親にも兄にも愛されて育ったアレティーシア。

 それが伝わってきてしまう。だからなのか、気持ちとか心まで引きずられ、見たことも無いのに兄さんの事が心配でならない。探しに行きたいとすら思ってしまう。でもこの細腕じゃ、いざという時に心もとない気がするんだ。


 しかし、ここは異世界だ。魔法くらい使えるんじゃないか? 思い立ったら何とやら椅子から降りて立ち上がり、鼻息荒く気合を入れて仁王立ちして、手を前方に突き出す。


「ファィア!」


 ……何も起きないって、一体どういうことだよ! と思ったら、人差し指の先に蒼く淡い光が灯っていた。


「ショボくね!?」


 あ! でもペンライトみたく何か出来ないか? たまにテレビとかで見かけたことがある、残光で絵とか文字とか書くやつだ。


 光が灯ったままの指先で試しに『ねこ』と日本語のひらがなで空中に書いてみる。途端に文字が眩く輝いて次第に光が収束する。


「みゃ~ん」


 子猫が何もない所から現れた。しかも俺と同じ色合いで、体は黒で瞳の色は紫と金のオッドアイだ。可愛い。


 もう一度、試しに今度は『猫』と漢字で書いてみる。


「にゃお~ん!」


 色合いは子猫と同じだけど、今度は大きな体の立派な成猫が俺を見つめている。この子も可愛い。俺は動物全般好きだから嬉しくなってしまう。


 それから花やら花瓶やら、とにかく色々試していって分かってきた。


ひらがなで書くと、生き物は子供の姿で現れる。物とかは加工される前の状態で現れるようだ。例えば『いす』と書くと木材の状態だったりするし、『かびん』だと粘土といった感じだ。

 漢字で書くと、生き物は先ほどの猫のように大人の状態で現れる。物だったら『椅子』は本当に座れる状態の椅子が現れた。花瓶も同様に、綺麗な花柄が描かれた花瓶という感じだ。

 面白いのは植物だ。ひらがなで書くと思った通り種の状態で現れたんだけど、漢字で書くと何故だかよくわからないけど、植木鉢に植わった状態で観葉植物が現れたのだ。


 ただし難点というか弱点かな? カタカナには対応してないみたいだ。というのも、楽しくなってきて調子に乗ってケーキが食べたいと思い、試しにイチゴショートケーキと書いたら何も起こらなかった。

 仕方なく『いちごしょーとけーき』と書いてみた。そしたらイチゴだの小麦粉だのといったケーキの材料が現れた。ガッカリだよ。俺は簡単な男料理は出来るけど、流石にケーキ作りはしたことがなかったからお手上げだ。

 ケーキって、たまに無性に食べたくなるんだよな。非常に残念だ。


 けど物は使いようで、ノートもひらがなだと思った通り素材が現れただけだけど、紙と漢字で書くと真っ白で綺麗な上質な紙そのまま現れるし、ボールペンとかは無理でも、鉛筆は現れるので、何か大切なことをメモするときに使えそうだ。この世界で日本語を使えるのは、今のところ俺だけなので覗き見られても解読される心配はないだろう。


 あと、凄い事に気が付いてしまった。


 なんと、ドラゴンさえ呼び出せてしまうかもしれないのだ。

 やっぱり憧れるからなドラゴン! というわけで書いてみたんだよ、ひらがなで『どらごん』って、そしたら小さな可愛い緑色のドラゴンが現れた。まだ生まれたてで、飛ぶこともできない感じだけど足元に擦り寄って「キュイキュイ」鳴く姿は愛らしさがあった。

 だから多分、『龍』と書けば頼もしい用心棒になりそうだ。盗賊や魔物に遭遇したときなんかに良いと思う。


 でもよく考えたら、コレって召喚魔法なんじゃないか?


 召喚術にしては、微妙におかしな点のある魔法だけど、旅に出かけるなら、凄く役に立つし助かるものばかりだ。これなら1人でも何とかなる気がする。ちなみに呼び出したものを消すときは、例えば呼び出したのが猫ならば、猫に向かって『猫』ともう一度書けば消える。


「よし! 兄さんを探しに旅に出よう!!」

「そのような事、許すはずがないでしょう」

 

 いつから俺の部屋にいたのか分からないけど、いつの間にか俺の背後に母さんがいた。そしていきなり却下されてしまった。けど食堂で見かけた時に具合が悪そうだったけど、今は歩けるくらいにはなったみたいだけど顔色が優れないのが心配だ。


「どうして?」

「ヴァレリーだけじゃなく、アレティーシアあなたまで城から居なくなるなんて耐えられるわけがないでしょう」

「うっ! 確かにそうかもだけどさ。必ず兄さんを捕まえて帰ってくるからさ。ダメかな?」


 母さんに、走り寄って必死に訴えかける。そんな俺を見て困った顔をさせてしまってるけど、兄さんに会いたい気持ちはおさまらなくなっている。


「分かりました。明日、中央で大切な夜会が開かれるそうなの。そこにあなたもいらっしゃい。その話は夜会が終わってから考えます」

「え? ついて行ってもいいの?」

「ダメと言っても、いずれ城を抜け出す気だったのでしょう?」

「あはは。バレてたか」

「それと、あなたアレティーシアでは無いのでしょう?」

「え!! あっ? うぅ~ん……」

 

 焦って戸惑って言葉に詰まってしまった、俺の頬に母の温かな手が触れてくる。


「私は母ですもの。分かってしまいますよ。アレティーシアの姿だけれど言動がまるで今までと違いますからね。けど、どうしてこうなったかくらいは教えていただけるかしら?」


 母さんの、夕焼けのようにも見える綺麗な金の瞳を見ていると、話しておくべきだと覚悟が決まった。


「そう……だよな。話すよ全部……」


 この世界に来る前に、生きてきた37年間の全てを話して聞かせた。そして俺の最後の瞬間、寿命ではなく裏切られて殺されて、気が付いた時にはアレティーシアの体に転生していたと言った瞬間、柔らかく暖かい腕に抱きしめられていた。

 前世とかそんなお伽噺のような事、信じてもらえないと思っていたし、もし知られたら、ふざけるなとか、アレティーシアを返せとか色々な罵倒を覚悟していただけに、体が驚きに固まってしまう。


「そうだったのですね。であればなおの事、貴方とアレティーシア、2人分この世界を楽しむべきだと思います。明日の夜会は、旅立つ前の予行練習だと思って一緒に行きましょう」


 温かみのある微笑み、この女性はとても強くて優しい人なんだと思う。


「ありがと。それでさ……これからも母さんって呼んでもいいかな?」

「当たり前です。貴方も大切な私の子ですもの」


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