20話。

 初めての吸血鬼ヴァンパイアの使役。自らの血統を重んじ、自らの主と認めた者以外には誰であってもこうべを垂れることのない気高さを持ち、ひとたびその名前を聞けば恐れない者はいない。そんな種族を従えたというその事実はとても素晴らしいし、感動して涙が出そうな程だ。涙腺がないから涙は出ないんだが。


 しかし、それにしてもだ。素体から風貌が変わり過ぎじゃないか?私が素材に使用したのはそれなりに若い冒険者達、そのうちの一人は女だ。だがこうして目の前に現れたのは、老練の執事風な吸血鬼。素体から余り離れた容姿になることはそんなにないはずなのだが……。


 もっと言えば術を用いた結果も良すぎる。魔物達にはまず、種族ごとの序列がある。種族の序列における格とは、世界における存在の強度であり、世界に与える影響の強さを意味するのだが……過去の術の使用例からすれば、今回の術では良くて屍人グール骸骨スケルトンの中位種辺りが妥当だと思っていた。だが実際に現れたのは吸血鬼ヴァンパイア不死アンデッドの中でも最上位種にあたる。余程魂同士の相性が良かった結果だろうか。それとも最後に余計なことをした魔力を注いだからだろうか。ふむ、ダンジョンとは実に不思議で……実に素晴らしい!


 などと今回の術の結果に思考を巡らせていたが、ここでようやく新たに仲間になった彼へと注意が向いた。まずい、折角吸血鬼ヴァンパイアという貴重かつ強力な者がこうして首を垂れているというのに、何の反応も無しではまずいことになるかもしれない。


「す、すまない。折角来てくれたというのにほったらかしにしてしまったな。」


「いえ、こうして御身に拝謁出来るだけで光栄にございます。それにマスターが何かを考えていらっしゃる時にそれを邪魔するなど、許されることではございません。」


 ……誰だこれは。本当に吸血鬼ヴァンパイアなのか?私が過去に見たことがある吸血鬼は言葉を交わそうとしただけで「不敬」だの「万死に値する」だの言ってきた上、中には「その目が気に食わん」と一瞥しただけで襲い掛かって来た輩までいたというのに。だが輝くような銀の髪、そして背中に宿る両翼は間違いなく吸血鬼の証。う~む、ダンジョンで生まれた魔物は主人である私に強制的に忠誠を誓う、いや、植え付けられるのだろうか。その辺りも要検証か。


 ひとまず、私の簡単な紹介と、このダンジョンのこと。オリゴスを含めた骸骨スケルトン軍団という先輩にあたる者がいること、冒険者が侵入してきたことなども含めて現状の説明を彼にする。時折オリゴスについてや、侵入してきた冒険者達について彼から質問が来たりと、久方振りに他者とのまともな会話をすることができた。粗方私からは話し終えたところで、彼は少し悩むような素振りを見せた後、再び臣下の礼を取り話しかけて来る。


マスター、恐れながら提案したき案がございます。」


「ほう?生を受けて早々に自ら進言とは、素晴らしい。どのような物か聞かせてくれ。」


「はっ。現在このダンジョンを取り巻く状況をお聞きした限り、やはり我らを取り囲む環境の把握、理解が急務かと思われます。ですが見たところマスターは肉体を得ておらず、話に聞くオリゴス殿も見た目は兎も角、言語能力に少し不安がある様子。比較的人間と似た肉体を持つ私であれば、仮に現地人と接触した際にも多少は融通が利くと思います。それにこのように……。」


 彼が白手袋を纏った指先をぱきっ、と鳴らした刹那。吸血鬼を象徴する要素である銀髪は色褪せただの白髪へと変色し、両翼はどこかへと霧散していく。こうなれば彼は一見、隠居したどこかの高貴な身分の人間、もしくはそのような地位の高い者に仕える相応の人間に見える。彼ら吸血鬼は自らが吸血鬼であることを誇りに思っている。その翼を見せないようにするとは……。


「簡単にではありますが、人間への擬態も可能ですので。宜しければ私にマスターの治めるダンジョン周辺の調査をさせて頂ければと。」


 ……ダンジョンの、外!確かに私と私のダンジョンを取り囲む近辺の情報は必要だとは思っていたが、こちらから出向くことが完全に頭から抜けていた。勝手に向こうから人間情報がやって来るだろうし、ダンジョンの内部に引き篭もることだけを考えていたが……そうか、ダンジョンコアの防衛さえ出来れば別にこちらから外へ出て行っても問題はないのか。いやぁ、視野が狭くなっていたな。失態失態。この普通なら思いつきそうな事案に思い至らなかったのは、不死アンデッドという疲れ知らずの労働力がいるせいで死霊術師が出不精になりがちなことも関係しているかもしれない。基本的に死霊術師は引き篭もり体質なのである。


 しかも情報を得るために現地人と接触することを前提にしているとは、オリゴスに続いて素晴らしい配下を手に入れることができたことが今でも夢のように思えてくる。いや、これ程までに知性や意思を持っているのだから配下、と自らの下に置くのは望ましくないか。以後はともに肩を並べて歩んでいく仲間だと思うことにしよう。


「そうだな、全面的に今の意見に同意する。では早速ですまないが、この辺りの探索をお願いできるか?」


「畏まりました。必ずや有益な情報を持ち帰りますので、吉報をお待ちください。」


「そんなに固い態度の必要はないぞ、それとその任務から帰って来たら君にも名前を付けよう。今後を共にするがいつまでも名無しでは締まらないからな。」


「……!……ありがたき幸せにございます。残念ながら態度については性分でして。更にはマスターこそ私が仰ぎ見るべき主人、改めることは出来かねますが……私を思ってのお言葉、感謝いたします。主から頂ける御名を楽しみにしております、では。」


 そう言って彼は体を霧状に変化させ、跪いた姿勢を崩すことなく空気に溶けていくかのようにその場を去った。


 か、かっこいい……。


 彼の去り方に惚れ惚れしながら、私は新しく仲間になった彼のことをオリゴスに伝えに行くことにした。


 ────────

 種族云々は現代生物学的な区別をすると、例えばオリゴス君は【魔物界 不死アンデッド骸骨スケルトン骸骨将軍スケルトン・ジェネラル種】みたいな感じです。

 科の次は属だったり、細かいところは違うのですが……まぁざっくり分類の雰囲気はつかめて貰えたら嬉しいです。

 本当はもっと細かく分類分けができたら嬉しいので、話が進めば個人的に拙作登場魔物図鑑(不死アンデッド特化)みたいなのを作ってみたいですね。


 ちなみに現在登場している種族を序列順に並べた場合、


 吸血鬼ヴァンパイア


 ↑数段上


 屍人グール

 骸骨スケルトン

 怨霊ゴースト


 こんな感じです。無理矢理人間という種族をこの序列の中に並べるとしたら、屍人グール未満、骸骨スケルトンと同等以上くらいでしょうか。


 あ、次はお爺ちゃん執事回予定です。

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