19話。

 魂を器に捧げたことで肉体の変遷が起き始める。


 無造作に置かれた四人の肉体がゆっくりと変わり果てていく。骨が軋み、折れ、砕け、肉は溶け出し、普通の感性の持ち主であれば吐き気を催すであろう冒涜的な光景が目の前に広がる。人間の身体がただの肉塊に成り果てた後、一つの塊へと凝縮されていく。


 ぐちゃ、ぐちゅ、ごき。


 肉が蠢き、骨が再形成される音を部屋へと響かせながら、肉塊は再び人の姿を型取っていく。ああ、久方振りのこの光景。実に懐かしい。死霊術の研究を始めた当初は数は少ないながら居た助手達にこの景色を見せた時のことは今でも鮮明に覚えている。余りに神秘的で凄絶な光景に精神が耐え切れず、その場で吐いたり逃げ出したり、術の中止を申し出る者もいたなぁ。結局最後まで術はやり通したが、ほとんどの助手が辞めていったのはいい思い出だ。


 感傷に浸っている間にも、魂の融合、及びその肉体の形成は進んで行く。ただの肉塊が人の形に集まっただけの物から、次第に肉は筋の束を成し、一つの肉体へと収束していく。ああ、素晴らしい。魂の結びつきが上手くいったからか肉体も今のところ損傷や腐敗は見られない。ここまで出来のいい器は私も初めて見るかもしれない。生前の絆や関係性といったものは馬鹿に出来ないな、次に魂を融合させる時は深い関係を持つ者を組み合わせ、敢えて記憶を削る量を減らしてみようか。何か新しい変化が見つかるかもしれない。


 次の実験の機会に思いを馳せていると、既に器は筋肉の形成を終え、身体を覆う肌の生成を行っていた。ここまで来れば最早成功したも同然である。足の爪先から徐々に脚、股、腹、胸、腕と上へ上へと肌を作っていく。そして首元へと肌の形成が辿り着いた瞬間、唐突に器が黒い球体へと包まれた。


 真っ白な空間に似合わない黒の球体に思わず身構える。何だこれは?過去に魂の融合を行った時はどんな器であってもこのような球体に包まれる、といったことはなかった。これもダンジョンの恩恵なのか?それとも、ダンジョンによる拒絶反応なのか。今のところこちらを害する様子はないことからひとまず観察に徹する。


 少し離れたところから球体を見つめる。器を包んだまま、特に変化はない。拒絶反応であれば、器が溶け出して消滅したり、風船のように膨張して破裂したりして目に見える失敗として結果が現れるのだが、現状そんな様子もない。流石に得体の知れないものを触るのは抵抗がある。さて、どうしたものか。とりあえずはこのまま様子見でいいだろうか。


 しかし、これは一体何なんだ?器を包むように突然現れ、そのまま微動だにしない。まるで何かの繭のよう……ん?繭、繭か。ぱっと見た印象を言語化してみたが、確かにこれは不死アンデッドが生まれる繭だと言われればなんとなく納得できないこともない。問題は今までこのような繭を見たことはない、ということか。いや、私が見たことがなかっただけで、実は繭から生まれる不死アンデッドもいるかもしれない。となると、これは今まで私が見たことのない不死アンデッドが生まれる可能性が!?おおおおおおお!!!!!素晴らしい!!!!!!!!!!!!


 今後の研究の幅が広がると一人で歓喜の渦に飲まれている中、この繭はいつえるのだろうかとプレゼントを待ちわびている子供のようにわくわくしながら、何の変化もない繭を眺め続けた。どんな微細な変化も見逃さないように。そして流石に代り映えのしない繭を見続けるのがつらくなってきた時、その瞬間は訪れた。


 黒い繭と思しき球体がゆっくりと解けるように消えてゆく。恐らく不死アンデッドとして生まれ変わることに成功したのだろう。繭が消失していくと、中にいたは既にその場に跪いて、私に臣下の礼を取っていた。


「我が忠誠、御身に捧げます。マスター、何なりとお申し付けください。」


 黒を基調とした礼装に身を包んだ、銀髪金眼の老紳士。それが彼の第一印象だった。口元、顎には髭を蓄えているが、しっかりと整えられており決して不衛生であったり無精であるような雰囲気はない。寧ろ身に纏う服や高貴な雰囲気も加わり、気品すら感じられる。しかしその目付きは鋭く、眼光だけで人を射殺せそうな程冷徹な印象を受ける。そんな彼は私を見上げて……不死アンデッドとは思えぬ人の好さそうな笑みを浮かべたのだ。


 蝙蝠のような黒い翼を背中に宿した彼は、過去を含めて私が初めて使役することとなった吸血鬼ヴァンパイアであった。



 ────────


 というわけで、吸血鬼のお爺ちゃん執事が仲間になりました。

 彼は完全に作者の性癖です、主にお爺ちゃん執事というところが。

 何の方向性も決まっていない作品ですが、彼だけは絶対に出すと決めていました。

 案の定名前もまだ決まっていないので、また頑張って名前考えます。

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