15話。(???視点。)

 目の前に立っているを前に俺達は武器を構えるのがやっとだった。今まで未確認だったダンジョンの調査という命の危険が伴う依頼だってことは俺だけでなく全員理解していたが、それでもここまでの怪物がいることは想定していなかった。俺達冒険者は命あっての物種だ、いつでも最悪を想定しろ、なんてよく言われているが、今のこの状況を想定できる奴はこの世にどれだけいるだろうか。


 次元が違う。


 さっきから冷汗が止まらない。どこからどう斬りかかっても、切り崩せる未来が見えない。寧ろ一振りで両断されてしまうだろう。ランドに一撃を耐えて貰うか?腰に携える大剣で盾や鎧ごと粉微塵にされるだろう。キャスリーに牽制して貰うか?小細工ごと俺達を踏み潰して来るだろう。ミコーゾに気配を消して背後から襲って貰う?あの鎧を貫いて急所を突けるとは思えない、逆に感知されて殺されるのがオチだ。他にも今取れるあらゆる手段を頭の中で再現してみるが……駄目だ、どう考えても詰んでいる。


 なぜかは分からないが、目の前の此奴がただ沈黙して立っているだけだからこそ俺達は生かされている。それがおかしい。そこだけがおかしい。なぜ此奴は動かない?魔物なら人間を見ればすぐに襲い掛かって来るのが普通だ。それに相手も圧倒的な実力差があることは気付いているはず……まさか、


 最悪だ、ただでさえ現状でも最悪と言っていい状況なのにそれを超える最悪に気付いてしまうとは。考えたくもない。がこのダンジョンには潜んでいるだなんて。今は考えても仕方のないことだと必死に振り切る。どちらにせよこのダンジョンから生きて帰らなければ考える意味もない内容だ。


 四人全員が身じろぐことさえ許されないような緊張で動けずにいる中、長い間圧に晒され続けたお陰か少しだけ緊張が解れた俺が切り出した。


「……おい、お前ら。ちゃんと死ぬ覚悟はできてるよな?」


「……出来てなきゃとっくにトンズラこいてますよ。」

「……別に、死ななきゃいけないって訳でもないでしょ?」

「……へっ、これなら来る前に酒飲んどくんだったな。」


 俺の言葉を皮切りに、仲間は次々にはっと我に返り少しだけ調子を取り戻したようだった。完全に戦意を失ってるって訳ではないことに安心する。そうだ、まだ終わっちゃいねえ。此奴との戦いは始まってすらいねえんだよ。幾ら大剣を持ってようが、相手は魔物だ。どうせ振り回すくらいしか扱えねえさ。必ず付け入る隙はあるはずだ。


 構えた剣を握り直し、目の前の暴力の塊のような存在に立ち向かう決意を新たにする。しかし、次の瞬間再び思考を乱されることが起きた。


「……覚悟ヲ、決メタカ。」


 今まで微塵も動く気配のなかった黒鎧から、声が聞こえた。意味のない音の羅列ではない、鳴き声でもない、明確な意思を持って俺達に話しかける声が、目の前に立つ此奴から聞こえてきた。


「……まさか魔物が喋れるとは思わなかったぜ。」


「……マスターノ御力ニ因ル物ダ。」


「そうかい、そのますたーってのは相当な力を持ってるんだな。」


 決められた言葉しか喋れないという訳でもなさそうだ。仲間達は眼前の魔物が言葉を喋ることにも当然驚いていたが、それよりも平然と魔物と言葉を交わしている俺に驚いているようだ。実際、自分でも驚いている。余りにも異常な状況が連続で起きて感覚がマヒしているのかもしれない。だが、そんな余裕も長くは続かなかった。


「オ前達ニハ想像モ出来ナイ程、素晴ラシイ御方。ソシテ……、


 我ガ創造主タルマスターハ、『平穏』ヲ乱サレルコトヲ望ンデオラレナイ。将来『平穏』ヲ乱ス種ト成リ得ル貴様ラヲ……排除セヨ、ト命ジラレタ。」


 突如として大剣に手を掛け、奴はそれを軽々と振るい、俺達に切っ先を突き付ける。頭上から振り下ろした瞬間砂埃が舞う程の勢いだったが、事もなげにぴたり、と止めてみせた。微かなブレすらなかったその剣捌きに改めて息をのむ。騎士団長の剣を見たことがある俺でも、美しいと思った。それと同時に、ふざけんじゃねえ、とも思った。所詮は魔物の扱う剣だとさっきまで舐めていた俺をぶん殴ってやりたい。それと折角固めた決意を再びぶち壊すような真似をしてくれた此奴も、殴れるなら殴ってやりたい。


 だが、やるしかない。


「……だからと言って、はいそうですかって殺られる訳にはいかないんでな。あんたのますたーとやらには悪いが……無理矢理にでも帰らせて貰うぜ。」


 身体に魔力を循環させ、構えた剣の先も身体の一部であるかのように魔力を行き渡らせる。仲間達も同じように魔力を集め、武器に纏わせたり俺達全員強化魔法バフを使用して戦闘準備を整える。その間も奴は動くことはなかった。寧ろ此方の準備が整うのを待っている雰囲気さえ感じる。舐められている。しかし、それくらいの実力差があるのは明白。どうせならと普段は時間が掛かって使えないような強化魔法バフもしっかり掛ける。各種能力上昇、思考速度上昇、切れ味上昇、弱体軽減、他にも諸々の強化魔法バフを掛けた上で重ね掛けまでしていく。ここまで時間を掛けてやっと、此奴に傷を付けられるかどうかってところか、全く嫌になるね。


剣を俺達に向けたままの奴は、準備を終えたのを見て再び口を開く。


「……ソウカ。……名ヲ、聞イテオコウ。」


……名を?魔物のくせに不思議なことを聞くんだな。だんだん俺達が今から戦おうとしてる相手が遥か格上の剣豪や何か、そういった人間に思えてくる。


「……俺はレオン。怠惰の熊レイジーベアーのリーダー、レオンだ。」

「……ミコーゾ。」

「……キャスリーよ。」

「……ランドだ。」


俺の名乗りに合わせて、仲間達が続けて名乗る。それを聞いた奴は、嚙み締める様に俺達の名前を繰り返した。


「……レオン、ミコーゾ、キャスリー、ランド。覚エテオク。





───我ガ名ハ、オリゴス。マスターしもべニシテ、貴様ラノ終焉ナリ。」




奴の名乗りが合図となり、戦いの火蓋が切って落とされた。




────────


めちゃくちゃ冒険者の名前考えるのに時間かかった癖に、結局何のひねりもない名前になりました。


あと、残念ながら戦闘シーンはありません。

次から主人公視点に戻ります。

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