6話。

 今では存在しないはずの目を焼くような激しい光がようやく晴れようとしている。ただの頭蓋骨であるはずの我が身が光を感じていることに対して興奮を抱く間もなく、徐々に開けていく視界。我が眼に映ったに目を奪われるのは当然のことであった。


 眼前に立っていたのは、明らかに骸骨スケルトンではない。いや、節々に垣間見える骨格から骸骨スケルトンの系統であることは間違いないが。まず光に包まれる前はおそらく160cm前後だった背丈が、190、いや2mに到達しようかというほどに成長している。更に上に伸びた身体骨格は艶やかな煌めきを放つ深い黒色の全身鎧フルプレートに包まれていた。鎧の隙間から見える骨は鎧の色に相応しい黒い艶のある骨になり、骸骨スケルトンの時よりも遥かに太く、強靭になっている。この骸骨スケルトンはそれだけでは収まらず、腰には鎧の雰囲気に沿った黒色の鞘に収まる両刃と思しき大剣をも携えている。骸骨戦士スケルトン・ウォリアーならば装備は胸部鎧チェストプレート、武器は剣一振りだけ。この時点で骸骨戦士スケルトン・ウォリアーではなく、それ以上の存在となる。以前の私でもこのような骸骨スケルトン種は使役していなかった。それ故に、思い当たる節が一つある。この骸骨スケルトンが、一体何なのか。


 骸骨戦士スケルトン・ウォリアーの上である骸骨隊長スケルトン・コマンダーの上である骸骨騎士スケルトン・ナイト骸骨騎士スケルトン・ナイトの上である骸骨騎士長スケルトン・ノーブル、私が過去に使役していたのはここまで。しかし、それでも彼が放つ圧倒的な気配、強者であることを窺わせる威圧感。これはまさしく、骸骨騎士長スケルトン・ノーブルの上。


「……骸骨将軍スケルトン・ジェネラル……。」


 これが、将軍の存在感。他の者を圧倒する、不死アンデッドの上位種の一つ。死霊術を生涯を懸けて研究していた以前の私が、終ぞ使役することはできなかった、将軍。骸骨スケルトンを統べ、軍団を率い、定命の者を蹂躙し、現れればその地は忽ち骸骨スケルトンの手中に収まるという不死アンデッドの覇者。国が総力を挙げて討伐を掲げてなお必勝と言えず、時には敗北を喫し国が亡びる場合もあるという暴力の化身。その者が今、私の目の前に。


「あ、ああ……はっ……はっ……。」


 素晴らしい。実に素晴らしい。素晴らしい、のだが……何故私には今手足や肉体が存在しないのか。これほど恨めしく思ったことはない。触れたい。撫でたい。抱きしめたい。舐めたい。味わいたい。全身で彼の存在を感じたい。骸骨将軍スケルトン・ジェネラルの鎧がどのような質感をしているのか。鞘に収まる大剣はどれほどの切れ味なのか。その身を以て体感したい。ああ、何故、どうして。


 ご馳走を前に待て、と命じられた犬のように骸骨将軍スケルトン・ジェネラルを食い入るように見つめていると、遂にが動き出した。


 頭部を覆う鎧の目元、薄く開いた隙間から赤い眼光が私を見据える。明らかに私を認識して、私を見ている。そんな彼はゆっくりと片腕を動かし、腰に備えた大剣へと手を伸ばす。がしゃ。がしゃ。彼が身じろぐ度に鎧が鳴る。しかし、すらり、と大剣を鞘から引き抜いた時には鎧が擦れる音も、剣が鞘に擦れる音も鳴ることはなかった。一切無駄のない動作。剣の心得などさっぱりない私でも彼が優れた武人であることは理解できる。目の前で剣を抜く所作にも微動だにせず、彼の一挙一動を目に焼き付ける。まずい、と思うことすらない。仮に彼が制御範囲外の存在で、今一瞬のうちに私のコアが頭蓋骨と共に粉砕されたとしても……全く後悔や未練がないとは言わないが、かなりの満足感を持ってこの世を去ることができるだろう。


 私が今世との別れを惜しむことなく剣を抜いた彼を見続けていると、再び彼が動き出す。彼が剣を頭上に構える。ああ、この大剣も素晴らしい物だ。黒曜のように美しく、彼が振るうたびに万物を裂き、万難を切り捨て、将軍の名に相応しい業物として後世に語り継がれてもおかしくはない代物だ。私の愛する不死アンデッドの、それも上位種の手によって直接葬られるのだ。不死アンデッドに人生を捧げた私に相応しい末路ではないか。


そうして剣は、地面に突き立てられた。続けて彼は、





「……マスター、貴方ニ我ガ忠誠ヲ、捧ゲマス……。」

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