5話。

 不死アンデッド、特に骸骨スケルトンに対する過去に類のない新情報を数々を前にして、興奮冷めやらぬ内に私が過去に独力で見付けたをこの骸骨スケルトン達でも試すことにした。


 骸骨スケルトンの一つ上の階級、骸骨戦士スケルトン・ウォリアーはそれなりの腕を持った冒険者や騎士の死骸から自然発生することもある。恐らく身に沁みついた剣技が死してなお刻み込まれているのだろう。つまり人為的に低級の骸骨スケルトンから骸骨戦士スケルトン・ウォリアーへ進化させようとした場合必要になるもの、それはずばり『修練』である。これも人間を前提にして考えれば武器の扱い方を修めるために努力をし続けることは当然ではあるのだが、前提条件として骸骨スケルトンに知性がないということがやはり一番の問題であった。仮に剣を持たせて素振りをするように指示を出しても、知性のない骸骨スケルトンではただ適当に上から下に剣を振り下ろすだけ。身体の使い方など微塵も考えていない、全く無意味な行動に終わってしまう。これでは『修練』とはならない。身体に武器の正しい扱い方を覚えさせ、剣であれば剣士、槍であれば槍士としての動きを身体に覚えさせなければならないのだ。


 過去の記憶では、ふとした好奇心から使役していた骸骨戦士スケルトン・ウォリアーに素振りをさせ、骸骨スケルトンにそれを見様見真似で実践してみるように指示を出した。骨に脆弱性のある骸骨スケルトンは早々に脱落、崩壊していったが、時間にして実に一年続けさせた結果、なんと脱落せずに残っていた骸骨スケルトンたちが全て骸骨戦士スケルトン・ウォリアーに進化していたのだった。


 しかし今ここにいる骸骨スケルトン達は過去の事例とは異なる。何せ知性がある(ように見受けられる)のだ!まだ検証しなければならない点が無数にあるため本来は断言できないが、どちらにせよ今回の進化への実験で判明するだろう。もし骸骨スケルトン達に知性があったとした場合、一年を待たず、いや半年を待たずに進化を見ることが叶うかもしれない!


「んんんんんんんたまらんッ!!!!一刻も早く実験に取り掛からねば!!」


 鉄は熱いうちに打て、早速検証実験を始めることにした。


 まず古戦場跡を作成するために生成したぼろぼろの剣を活用し、骸骨スケルトン一個師団全員に剣を持たせる。ひとまず剣の素振りの仕方を教えよう。まずは構え。剣を握り、軽く肩に添えるように持つようにする。骸骨スケルトンは筋肉が存在せず魔物としても低級で膂力も低いため、この状態で持たせないと最初は高確率でよろめいたり、剣に振り回されてしまう。何ならこの構えを取るだけでも姿勢が不安定になることさえある。そしてその構えの状態から、剣を前に振り下ろす。振り下ろす際、手をぴたりと自分のへその辺りで止められるように指導する。剣の重さに慣れさせるためにも、剣に振り回されなくなるまで剣を支える位置を左右の肩で交代させながら、これの繰り返しで最低限の扱い方を覚えさせる。……まさか私を馬鹿にしていたアホの騎士団共の新人が練習する風景を見学した経験がこんなところで活かされるとは思いもしなかった、過去では骸骨戦士スケルトン・ウォリアー頼みで私は何もしなかったからな。


 当時は何故こんなことをとぶつくさ文句を言いながらも一通り見学をしていた過去の私を内心で褒めていると、少し目を離したうちに骸骨スケルトン達にすでに変化が現れ始めていた。


 まだ始めて間もないというのに、一体の骸骨スケルトンが構え、からの素振り。この一連の動作を少しの乱れもなく行えるようになっていたのだ。この骸骨スケルトンには見覚えがある、最初に現れ、私が頭から足の先まで隅々まで観察し尽くした骸骨スケルトン。他の骸骨スケルトンと全て規格通り同じ性能なのかと思いきや、どうやら個体差があるらしい。試しに別の型をやらせてみる。今度は右斜め上から左下に降ろす袈裟斬り、次に左斜め下から右上への逆袈裟、左斜め上から右下へ、右斜め下から左上へ、順番に四方向の斬り方を教える。すると、すでに剣の扱いは修めた、いや元から修めていたと言わんばかりの美しく、滑らかな動作で指示した型を披露して見せた。教えればすぐに吸収する、素晴らしい知性の持ち主。今まで使役した骸骨スケルトンの中でも群を抜いて素晴らしい!


 未だに他の骸骨スケルトン達は剣を振ることに苦労する中、その素晴らしい能力を発揮してみせたこの子に何かしらの形で報いたいのだが……。


「そうだ、君に名前を授けよう!」


 一般的に不死アンデッドに限らず、使役した魔物には名前をつけることで愛情を表現するという。私は不死アンデッドに対してあくまでも研究対象であるように名付けは一切してこなかった、いや、できなかった。研究対象としてそれ以上の愛情を抱いてしまえばきっと研究を進めることは叶わなかっただろうから。生に限りのある身では研究の手が止まることが怖かった。恐ろしかった。しかし、今は違う。私が滅びぬ限り永久に彼らと共に在り続けることができる。研究を永久に続けることができる。そのような状況であれば、彼らに惜しみない愛情を注いでみるのもきっとまた、新たな研究の一環になるだろう!


「しかし名前か、いざ付けるとなると……考えたことすらないから勝手がわからないな。」


 目覚ましい功績を残してみせたスケルトンの周囲をゆっくりと飛び回り、改めてその身体を観察しながらどのような名前にするか、どのような名前が似合っているかに思いを馳せる。ふむ、やはりここは一番最初であることを象徴するような名前がいいだろうか。土から現れたのも、まだ初歩のものではあるが剣を修めたのも彼が最初だ。確か古代の言葉で始まりを意味する言葉が「origo」だったか?そうすると……。


「……よし、決めたぞ。君の名前は『オリゴス』だ。」


 元となる言葉を少し弄っただけではあるが、まぁ下手な名前を付けるよりは圧倒的にマシだろう。むしろ初めてでこれならば名付けの才能があるのでは?満足げににやりと口角を上げると、オリゴスの身が薄らと輝き始めた。


 何事かと名付けをしたばかりのオリゴスに注意を戻せば、瞬く間に彼の身体全体が光に包まれ、次第に直視できないほどに光を強めていく。これは、まさか『進化』!?馬鹿な、早すぎる!確かに過去にない速さで成長はしていたが、ここまで……!?


 驚愕している間にもオリゴスの身体から放たれる輝きはより一層増していく。階層全体が吞み込まれていくのではないかと錯覚するほどの強い光を浴びながら、この光が開けた先に見えるオリゴスの新たな姿は一体どのような物なのだろうか、ただの骸骨戦士スケルトン・ウォリアーか、それとも……。と、自らの内で驚きを遥かに超える期待が膨らんでいくのを確かに感じつつ、真っ白な視界が開けるのを今か今かと待つのだった。

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