四十二本桜 旅立ち

 ――早朝。支度を終えた私と牛若は、街の出口に立っていた。


 まばらだが、市民や兵士達も見送りに来てくれている。皆には今回の一件、魔王の残党が強力な遠隔魔法を放ってきた結果と伝えた。絶対的な信頼をされていた千本桜上位が裏切ったかもしれないなど、言えるはずもない。


「国王様や王妃様、亡くなった者達の仇をとってください! 剣聖様!」


「再び世界に平和を! お願いします!」


 涙を落としながら懇願する人々に、私は黙って頷く事しか出来なかった。結果として何も救う事が出来なかった私に、皆の期待は重すぎる。


 国王達の遺体は明け方に崩れた城の瓦礫内から無事に見つけ出され、日を改めて葬儀を行うらしい。当然、尽力してくれたストラウドや亡くなった者達も同様だ。


「やはりというべきか、千本桜上位全員に鳩を飛ばしたけれど音沙汰が無い」


 鳩では辿り着けない、例えば地下迷宮でもこもっているのか……それとも。


「ほとんどの鳩がんだよ。消されたと考えるべきだろうね」


「……考えていても何も分からん。実際、この目で確かめるしかない」 


「黒づくめの目撃情報は極めて少ないよ。どこを目指して旅立つつもりだい?」


 エヴァの言う通りだった。かなり前から入念に計画された犯行だったのだろう。あるいは私達が知らない逃走経路を知っている可能性もある。


「とりあえず『勇者』の元へ向かう」


 私やエヴァを含む魔王討伐の一団、その隊長リーダーとして指揮をとっていたのが勇者である。


 それを聞いたエヴァは、何とも複雑そうな表情を浮かべながら「あー……」「うーん……」と含みのある呟きを行う。


「妥当といえば妥当なんだけどさ……不安のほうが勝ってしまうよねぇ……」


 言いたい事は分かる。私達の思いを他所に、隣の大和は「勇者に会うのか⁉ スゲェ!」と興奮。


「でもさ。勇者一行って四人じゃなかったっけ?」


「旅先によっては協力してくれる者もいたりしたが魔王の前に立ったのは、四人だな」


 勇者を筆頭に私とエヴァが入る。


「だったら、あともう一人いるじゃん。えーっと、覚えていたんだぜ? 今はちょっと忘れてるだけ。誰だったっけなぁ……」


「旅を続けていれば会う機会もある。その時までに思い出せばいい」


「そっか、そうだよな。んじゃあ道中で勇者の話をしてくれよ。師匠、その手の話を全くしてくれなかったからさ」


「悪いが断る」


「なんで⁉」


 そんなやり取りを行いつつ、いよいよ出発の時刻となる。


「何かあれば、すぐに連絡するよ」


「ああ、よろしく頼む」


「えっ? エヴァは瞬間移動の魔法が使えるんだろ? それ使って一気に来てくれればいいのに」


「ヤマト、魔法も万全じゃないんだよ。瞬間移動は向かう先の詳しい情報がいるし距離によって詠唱も複雑化、魔力消費も激しい」


「世の中、都合の良い話など無いのだ」


「じゃあ当分、エヴァとも会えなくなるのか」


 しょんぼりとする大和の頭を撫でてやるエヴァ。


「私も寂しいので、なるべく早く帰ってきてくださいね。その時はウシワカと一緒に。シャナの事を、頼みましたよ」


「――! おう! 任せとけ!」


 生意気な口を、と呟きながら私も笑う。


「では、行ってくる」


 皆から出迎えられ、私と大和は進む。黒づくめの正体を暴き、牛若を取り戻す旅が始まったのだ。


 エヴァは言っていた。私と牛若は同一人物、向こうで何かあれば、こちらにも影響が及ぶはずだと。


 つまり私の身が無事である事が、牛若安否の証拠と言えよう。


「長い旅にならなければ良いが」


 千本桜の発見に他国間のいさかい、魔王が討伐された今尚減らない魔物に異世界からやってきたと思われる小次郎含む謎の剣士達……。


 あちこちで出現する大きな『うねり』が近付き、巨大なものになろうとしているような感覚がした。


もはや老兵に近付きつつある私が最後に遺せるもの――それは未来を担う弟子の育成。


「師匠、早く早く。置いてっちまうぞ!」


 前で飛び跳ねる『希望』が朝日に照らされ、眩しく輝く。こんな状況でも思わず笑みが浮かぶ。やはり大和には救世主としての素質がある。


「よし、では次の街まで休み無しで駆けるか」


「えぇえ……それって、修行と同じじゃねぇかよ」


「そうだ。修行に終わりなど無い。行くぞ!」


 駆け出す私に必死で付いてくる大和。


 私の好きな日本の花、桜によく似た花弁がどこからやってきたのか風に吹かれて舞い、高く高く空へ昇っていくのが見えた。

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異世界千本桜 トシ @to-she

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