四十一本桜 行末

「シャナ! ようやく見つけたよ!」


 燃え盛る街を歩いていると、後ろから声を掛けられる。力無く振り返ると、そこにはエヴァの姿。


「……酷い怪我だ。大和は……眠っているだけか。ウシワカは……一緒じゃない?」


「……牛若……あいつ、は……」


 胸が苦しくなり、言葉に詰まる。そんな私の心情を察して、エヴァは肩を優しく叩きながら話す。


「とりあえず怪我だけでも治そう。市民や怪我人は私の研究所へ避難させている。一緒に行こう」


 私は微かに頷き、エヴァの後をついていく。


 ――研究所は大勢の人達で溢れかえっていた。とても全員は中に入りきれず、比較的軽傷な者は敷布シートの上で治療を待っている。


 絶望により憔悴しきった皆の顔を見て、いたたまれない気持ちになってしまう。悪夢のような状況を作り上げた犯人が本当に『奴等』だとしたら……。


 横で眠らせている大和も、千本桜に憧れを抱いていた。まさかこんな形で裏切られようとは……不憫でならない。申し訳無さで腹を切りたくなる。


「これで回復したと思うけど、どう?」


 治癒魔法をかけてもらい、痛みが無くなる。私は俯いたままエヴァに「……すまない」と礼を言う。


「私など放っておき、他にもエヴァの魔法を必要とする者達の元へ向かってくれ」


「ベルディアには僕以外にも優秀な魔法使いが多いんだよ。指示は出しているし、何かあればすぐに向かうので大丈夫さ。それよりも――」


「…………?」


「何が起こったのか話して欲しい。君は事情を知っている、そうだよね?」


 私の対面に座り、言い辛い事を聞いてくる。何故そう思うのか訊ねようと思ったが止めておいた。それだけ今の自分は酷い顔をしているのだろう。


「国王と王妃の安否もまだ分かっていない。城内へ様子を見に行った兵士も帰って来ないんだ」


「……アルカゼオン国王もヘレナ王妃も……殺された……そして牛若も……奴等に連れ去られ……」


「――⁉ ど、どういう事? ちゃんと説明をしてくれないと分からないよ!」


 私は辿々しく話した。黙って聞き終えたエヴァは頭を抱えながら深い溜め息をつく。


「……千本桜が……⁉ でも、はっきりと姿を見た訳ではないんだよね? あくまで憶測でしょう?」


「悪いが確証はある。いくら頭巾フード外套マントで隠そうが、私に太刀筋はごまかせん」


 魔法剣の使い手であったり、指導した打突だったりと示唆ヒントは多い。何よりサラディンの名前を呼んだ際、明らかに動揺していた。


「だとするとジャンヌは……仲間であるジェドを殺害したという事になる……」


「ジェドだけではない……下位の千本桜も奴等は、手に掛けている」


「片腕が龍の形に変容していたというのも……僕は聞いたことがない」


「竜を呼び寄せる能力も隠しておいたのだろう。ジェド殺害後、角笛を忍ばせて罪を被せたのだ」


「最初から今回の事態を起こすよう計画していたという事……⁉」


「分からないが……あくまで可能性だ」


「そんな事をして何の意味が……今まで自分が築き上げてきたモノを全部壊すだけじゃないか……」


「牛若や大和を連れ去ろうとした理由も分からん」


「そうだよ……本当に何が何やら……」


 再び溜め息をつき、エヴァは項垂れる。


「こうなってしまった以上、ベルディアはおしまいさ……シャナは今後どうするつもり?」


「決まっている。牛若を取り戻し、そして――」


 刀を握り直し、私は宣言する。


「今回の騒動を引き起こした千本桜を……屠る」


「……長く寝食を共にしてきた者達だよ? 君にとっては家族同然、本当に出来るの?」


「ああ、躊躇はしない」


 これは私でなければ出来ない。他の奴になど任せておけるか。


「…………う、うぅ……ん……?」


 眠っていた大和が、ようやく目を覚ます。ぼんやりとした表情のまま、隣りにいる私に視線を向けて「し、師匠……!」と呟く。


「大丈夫か? どこか痛い箇所など無いか?」


「……大丈夫――ってか、ウシワカは⁉」


 勢いよく半身を起こして辺りを見渡す大和に、エヴァも「落ち着いて」と声を掛ける。


「エヴァさんまで……てか、今どういう状況……」


「国王と王妃が殺され、街は壊滅状態。そして牛若も連れ去られてしまった」


「そ、そんな……!」


「何が起こったのか、聞かせてほしい」


 大和は震えを抑えるように自分の身体を抱きしめながら、ゆっくりと語り始める。


「……医務室で眠っていると、突然大きな音がして城が揺れたんだ。俺も牛若も驚いて目が覚めて……しばらくすると肌着姿のおばさんがやってきた。慌てた様子で、何か話してたけど聞き取れなくて……後から、そのおばさんが王妃サマだと気付いた」


 煙があがっているのを見て、私が城へと向かっている最中の出来事だろう。思い返してみれば、王妃と大和が謁見する機会などなかった。ましてや肌着姿、気付くのが遅れても無理はない。


「ウシワカの手を引っ張って、どこかへ連れ出そうとした直後……医務室の外から悲鳴があがって……黒ずくめ達が現れた……」


 ヘレナ王妃は、弟子達の身に危険が迫っていると知り助け出そうとしたのだ。なんと勇敢な行為、だからこそ……悔やまれる。


「万全では無かったとはいえ、よく立ち向かおうとしなかったね。いや、褒め言葉としてだよ。君の性格なら、そうするかなと思って」


「……姿を見た瞬間、鳥肌が立った。訳が分かんねぇんだけど、身体が動かなくてさ……」


 大和も格上と戦ってきた経験がある。そんな相手にも怯まず、立ち向かい、智略を練って勝利を掴んできた。そんな大和が気圧される程の相手……。


「……シャナ、もしかしてサラディンも……」


「ああ。人外の力を得ているのは、ジャンヌだけではなさそうだ」


 奴等の『得体の知れない力』に、半獣の大和は本能で気付けた。結果、動く事が出来なかったと我々は考える。


「……え? どういう意味だよ、師匠。それにジャンヌって……」


「……あくまで推測に過ぎないが」


 私は大和に飛竜襲来の件、そして国王を殺害したのは千本桜かもしれない事を話す。


「……マジ……かよ……でも色々とおかしいだろ? 何で俺達まで狙われる必要があんだよ⁉」


「……それについて、ずっと考えていたんだけど」


 エヴァは腕を組み、うーんと唸ってみせる。


「勝ち抜き戦で力を証明したからかもしれない」


「どういう意味だ?」


「まずヤマトだけど、普段は人間の姿をしているけど戦いで本気を出す際に戦狼バトルウルフへ変貌するよね。これってジャンヌが龍の力を用いるのと酷似している」


「だがそれは、大和が人間の姿に変身出来るだけの話であり……」


「そもそもの根底が違うのかもしれないって話さ。つまりヤマトは戦狼バトルウルフが人間の姿を装っているのではなく――」


「……元来、人間でありながら戦狼バトルウルフの力を有している……⁉」


「所謂『合成獣キメラ』だね。そういった研究は大昔に何度も行われた。一度として成功されず、あまりに非人道的な内容から現在は禁忌とされているよ。見つかれば、即処刑」


 首の前で親指を横に振るエヴァ。


「種族は違えど似たような力を持つヤマトに興味を持ち、連れ去ろうとしたとは考えられない?」


「だとしたら牛若はどうなる? あいつは人外の力など持ち合わせてはいないぞ」


「確かにね。でも君やウシワカには他の者とは違う特殊性がある」


「何? そんなもの、あるわけ――」


 ここで私は気付き、息を飲む。私と牛若が持つ特殊性、それは――『異世界転生者』である事。


「そう、君達はこの世界における『不規則イレギュラー』……誘拐されてもおかしくない、稀有な存在なんだよ」


「……それが勝ち抜き戦で、大々的に力を証明してしまった……?」


 だとすれば、その発端を作ったのは私という事になる……!


「――くそっ! なんて事だ……!」


「自分を責めている暇なんて無いよ、シャナ。すぐにウシワカを取り戻さないと」


「分かっている! しかし今のべルディアを放ったらかして奴等を追うなど……」


「そこは僕に任せて欲しい。懇意のある国に声を掛けまくって、ベルディア民達を受け入れてもらうよう頼んでみるからさ」


「……師匠……オレは……」


 大和が不安そうな顔で話し掛けてくる。


「大和、お前もエヴァと残って――」


「やめてくれよ!」


「……大和……?」


「何を置いていこうとしてんだよ! 弟弟子が、眼の前で攫われたんだぞ? じっとしていられるワケねぇだろ!」


「話を聞いていただろう? 奴等の狙いにお前も含まれている可能性が高い。私もどこまでお前を守ってやれるか分からない……」


「守ってもらう必要なんてねぇよ……オレが奴等より……師匠よりも強くなればいいんだ」


「……こうなったら、もう頑固だよ。君に似てさ」


 私は、ふぅと溜め息を吐く。分かっているさ、此奴とは昨日今日の付き合いではないのだから。


「……奴等に殺されるより先に、命を落とすかもしれんぞ。それでもいいのか」


「死なねぇよ。ウシワカを取り戻すまで、絶対に」


 その瞳には強い光が帯びていた。入団戦をさせろと騒ぎ立てていたあの頃から、全く変わらず。


「それでこそ――剣聖の弟子だ」

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