二十六本桜 殴打殴打殴打

「ワォ、二巡目で中位ですか」


 両手を広げ、大袈裟な動作オーバーアクションを見せるDボゥイ。


 それが気に入らなかったのか、国王が睨みながら口を挟む。


「何が言いたい?」


「ノン、私は指南役から教わりました。獅子は兎を狩るにも全力を出す、と」


「獅子は、どっちじゃ?」


「………………」


 その言葉に答える者は、いなかった。



 ――四回戦開始直前、牛若は気合が入っていた。エヴァと病室へ向かう大和が、余りにも悔しそうな表情をしていたから。


 声は聞こえないが、唇を読む事は出来る。


「悪ィ、楽勝とはいかなかった」


 弟子として、恥ずかしい所を見せたなどと思っているのだろう。そんな事はないと言いかけて牛若は止めておく。


 言葉で伝えても意味がない、全ては結果で示す。その強い意思が、鞘を握る強さに現れていた。


「それでは四回戦を始めましょう! ウシワカ選手バーサス――千本桜三十五位、メンリコ選手!」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 歓声に手を振りながら青龍門より現れた金髪男、彼が自称『千本桜一の弓使い』メンリコである。


 他国の没落貴族で自尊心プライドが高く、自分が大好きで戦場でも前髪の様子を気にするような性格。


 だが実力に偽りはない。本来、弓使いとは遠距離でしか戦えないのだがメンリコは騎士としても十分通用する程度の腕を持つ。


 当人いわく、生まれ持った才能と幼少からの英才教育による賜物なのだとか。


 更に魔法道具マジックアイテムである『妖精王の外套オベロンマント』によって姿を消す事が出来て(魔力消耗が激しいので短時間のみ)『推進靴ブーストホッパー』で高速移動と超跳躍が可能(小回りは利かない)。


「少年よ、私には負けられない理由がある」


 どこからか取り出した薔薇の香りを嗅ぎながら、メンリコは話し始めた。


「理由を聞きたいかい? 聞きたいだろう? 仕方ない、だったら教えよう。私はこの試合に勝利し、最愛の彼女ベアトリーチェへ求婚プロポーズするつもりだ!」


 メンリコは観客席に向けて薔薇を投げる。落ちた先の席には誰も座っていない。


「……おかしいな、確かにチケットを送ったつもりなのだが。道が混んでいるのかな?」


 気を取り直し、更にメンリコは続ける。


「私が射るのは只の矢ではない、いわば愛の矢だ。君は初めて、その強さと美しさを知るだろう」


「レディイ……ファイッ‼」


 試合開始、メンリコは背中の矢に手を伸ばす。


「さあ始めようか少年。君と私で作り上げる最高の交響曲シンフォニーを――」


 すると、どうだろう。牛若は一瞬にして相手との間合いを詰め、握った拳を振るってきた。


 ボグッという重低音と共に左頬へ攻撃をもらったメンリコは、たたらを踏む。


「……フフッ、やるじゃないか。だが私はまだ話をしている最中だったよ。少々不粋なのでは――」


 笑顔で抗議するメンリコを、牛若は更に殴る。


「おぶっ⁉ お、おい! 待てと言って――」


 左、右、左、右。牛若の連打は止まらない。あっという間にメンリコは流血、顔が腫れていく。


「い、いい加減に……しないかぁっ!」


 ここでいよいよ魔法道具マジックアイテムを発動。推進靴ブーストホッパーの力を使い、一気に間合いを離す……つもりだったが。


「なにっ⁉」


 牛若は、その速度にもついてきた。横並びになり回避行動も取れないメンリコは再び殴打を受ける。


「ごっ⁉ ぶっ! がっ! ち、畜生……っ‼」


 こうなったら奥の手である妖精王の外套オベロンマントを使うしかない。呪文詠唱を行うと、メンリコの姿は完全に消えてしまった。


「…………!」


 これには牛若も驚いた様子。突然標的を見失い、キョロキョロと辺りを見回す。


(いい気になりやがって下民の糞餓鬼が! 一撃で仕留めてやる!)


 恐らくメンリコは、そんな事を考えていたはず。


 それに対して牛若は軽く跳躍すると、舞台端へと降り立つ。「何故、あえてコーナーへ?」「試合を諦めたのか?」そんな声も観客席からあがるが当然そうではない。


 牛若は場外を背にする事で、相手が攻撃を仕掛けてくる選択肢を狭めたのだ。


「スーー……」


 更に集中力を高め、周りの雑音や景色を消す。


 メンリコは決して弱い相手ではない。だが今回に関しては彼にとって不利な状況が揃っていた。


 舞台という限られた領域フィールド、観客に良い格好をしようとする性格、半ば反則チートとも言える透明化に対して弓という武器を選択チョイスしてしまった事。


 矢を携え弦にかけ、弓構えからの打起し引分けと段階を踏んでいく。射法でいう六節目、会へ至ろうとした瞬間に牛若は動いた。


「――――⁉」


 余りにもこちらの立ち位置を読んだ相手の行動にメンリコは動揺を隠せない。妖精王の外套オベロンマントは姿のみならず影までも消す。こちらの姿を捉えることなど不可能と考えていた。それなのに、何故――。


 答えは音である。集中さえすれば、どんな些細な変化も聞き取れる牛若は、メンリコの弦を引く際に生じる音を逃さない。そこから相手の距離を完全に読み切ったのである。


 牛若の正拳がメンリコ顔面を直撃。「おばぁ⁉」という情けない悲鳴と共に可視化へ戻ってしまう。


 ダウンした対戦者に審判がカウントを唱える。


「……ふざけるな……! 私は、騎士だぞ……! こんな、何も出来ないまま終わってたまるかぁ!」


 震える膝を抑えながら立ち上がる勇姿に、観客も沸いた。その熱が彼をまた奮い起こす。


「私は、勝って……愛しのベアトリーチェに求婚プロポーズを申し込む――」


 彼女に渡した指定席へ目線を向ける。そこには縦ロールを巻いた気の強そうな女性が立っていた。


「べ、ベアトリーチェ! 来てくれたんだね!」


 そんな彼女の肩には男性の手が乗っている。如何にも成金ですといった様相の男は葉巻を咥えつつ、ベアトリーチェと観戦を楽しむ。


 何が起こっているのか理解できないメンリコに、ベアトリーチェは片手を前に出し囁く。


「ゴメンね」と。


「〜〜〜〜〜〜⁉⁉」


 全てを悟ったメンリコは放心状態。審判が近寄り「ど、どうした? 大丈夫か?」と声を掛ける。


「……私ノ、負ケデース」


 まさかのギブアップ。観客席が動揺する中、失恋したメンリコは涙を流して立ち尽くす。


 いまいち何が起こったのか分からない牛若だが、その内「あっ」と声をあげる。


「こんなに早く終わってしまったら、大和をなおす時間なくなっちゃうじゃないか……!」

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