二十七本桜 イレギュラー

「中位を相手に、ウシワカは凄いじゃないか!」


 エヴァが大喜びで姿を現す。私が「大和は?」と訊ねると「問題ないよ」と親指を立てた。


「あくまで怪我や傷は、だけどね。消耗した体力は回復しないから先が気になるよ」


「体力だけで言えば、牛若も似たようなものだ」


「なんで? 楽勝だったように見えるけど」


 見た目には、そうかもしれない。だがメンリコの速度に追いついたのは私が授けた技『八艘飛び』の源流ともなる『縮地法』を使ったからだ。


 縮地法は私も師匠から教わったもので、前傾姿勢から生じる重力を利用した移動方法。一歩目よりも二歩目、二歩目よりも三歩目と速度は上がり、当然難易度は高まっていく。極めて行くと、まるで地面のほうから縮まっていく感覚を起こす事から縮地法と名がついたとか。


 八艘飛びと呼んでいる通り、私は八歩目まで進む事が出来るが、牛若は三歩目が限界。


「その縮地法が、めちゃくちゃ体力を使うと?」


「私も過去に何度か筋繊維を切断している。今回は推進靴ブーストホッパーへ追い付く為に三歩目も使ったし、消耗も相当だろう」


 付け加えて、決して楽な戦いではなかった。メンリコの推進靴ブーストホッパーは確か垂直跳びで四町432mを越えた筈。そして彼の射程は、それ以上。


 つまりメンリコが試合開始の直後に空へと逃げ、牛若が手の出せない距離にて攻撃。妖精王の外套オベロンマントで地上に降りる場面タイミングをずらし跳躍を繰り返せば……。


「……詰んでいた……?」


 勝ち目はある。だが少なくともエヴァから楽勝と言われる試合にはならなかった。


「牛若は修行を苦としないが、対人戦を好まない。物事に消極的で、その……優しすぎる性格が……」


「流石、自分の事だからよくご存知で」


「……茶化すな」


 とにかく前戦で大和が牛若の闘争心に火をつけた事が最大の勝因。だから称賛した、よくやったと。


「短期決着は大成功だったというわけだね!」


「さーぁ、いよいよ折り返しだ! この事態を予想していた奴等が、どれだけいる⁉ 一戦一戦を目に焼き付けろ! これが少年達の立身出世物語サクセスストーリーだ!」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 司会の名調子が唸る。それにより観客が叫ぶ。


「行くぜ、五回戦! ヤマト選手バァアサス――」


 白虎門から姿を見せた大和は、一切のダメージが消えていた。気合の入った良い表情をしている。


 問題は対戦相手だが――。


「千本桜三十二位、アラン!」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 三十二位……流れとしては順当か。


「実直騎士アラン! 基本に忠実、真面目を具現化したような男だね!」


「ここに来て正統派オーソドックスとは、少々意外だな」


 アランは後輩思いで面倒見のいい男だ。融通こそ利かないが、弱点も無い万能型オールラウンダー


「……アラン選手? どうしましたか、早く舞台へ――ぎゃぁあああああぁあっ⁉」


 突然、司会の悲鳴が轟く。何があったのかと全員青龍門へ視線を向ければ、そこには――。


「が……ぁ……っ!」


 血だらけになったアランの姿。フラフラと力無く進むと、遂に倒れ込んでしまう。


「い、一体……何が起こって……⁉」


 誰かが呟く疑問に、唯一答えられる者が居た。


「ソイツ、体調が悪ィみたいでな。代わりに俺様と交代してくれって頼まれたんだァ」


 奥から姿を現したのは、現状における最低最悪、大和にとって天敵とも呼べる相手……!


「――お前は……ジェド……!」


 千本桜上位が、何故この場所へ……? 貴賓室を見ると、怒りの形相をした国王の姿。これはまさかジェドの独断か?


 それにしても勝ち抜き戦に上位が参加など……! 騎士の恥だ! まかり通るはずがない!


「ち、違うよシャナ……奴は任務放棄や命令違反で先日降格処分を受けた……現在の位置付けは――


千本桜十一位……中位扱いなんだ……!」


「なん……だと……⁉ 改善したと聞いていたが、あれは偽りだった……⁉ いや、違う!」


 恐らく意趣返しする為に、中位まで順位を下げてきたのだ。


 短剣を回しながら、ジェドは舞台へ進んでいく。


「……アンタは……」


「久しぶりだなァ、ガキンチョォ……!」


 対峙する両雄。一瞬即発の空気が辺りを包む。


「オメーに付けられた頬のキズ、そのままにしてんだよ。恥かかされたまんま、終わりにしてらんねぇからなァ……」


「こっちも忘れちゃいないよ……散々、ボロボロにされたんだからさ。でもいいの?」


「……ア? 何がだよ」


「今度は傷だけじゃ済まないかもよ」


 大和の挑発に、ジェドは嘲笑ってみせた。


「デカくなったのは図体だけじゃねェってか」


 二人のやり取りを見て、エヴァが訊ねる。


「す、すっかり戦う感じだよ⁉ 止めないと!」


「…………」


 最初は動揺していた観客も、千本桜上位の戦闘が見れるかもしれないという事で期待感が高まっている。


 更に審判も貴賓室へ話を聞きに行ってしまった。もうすぐ戻ると思うが、恐らくこの流れは――。


「あっ! 審判が戻ってきて司会と話しているよ! こんな不条理まかり通ってたまるかっ! こちらの不戦勝だよ、不戦勝!」


 拡声器マイクの確認を行い、司会は宣言アナウンスを行う。


「……改めまして第五試合! ヤマト選手バーサス――千本桜十一位、ジェド選手ッ‼」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


「そんな……っ!」


 絶望し頭を抱えるエヴァの横で私は目を瞑る。


 騎士の尊厳プライドを保ちつつ確実に勝てる合理的な手段――相手の弱みを狙うのは汚くない、勝負の世界に生きる者として当然の選択だ。


「こうなれば良い方向に考えるしかない。九戦目や十戦目に仕掛けられなくて良かったと」


 戦う気になっている大和に水を差したくないのも理由の一つに挙げておく。


「で、でも……勝てるの? ジェドを相手に」


「………………」


「沈黙しないでよぉおお!」


 泣き言などいってられない。試合は既に決まってしまったのだから。


「両者、前へ!」


 接近した両者は目を離さない。馬鹿にしたようにジェドは舌を出し、言い放つ。


「俺様はこの試合でオメーをブッ殺し、国から追放されてもいいと思ってる。生きて帰れるとかヌルイ幻想、さっさと捨てておけよガキンチョ」


「………………」


 互いの思惑が交錯し、試合開始の時は来た。


「レディイイイイイ……ファイィイッ‼‼」

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