二十五本桜 中位、現る

 舞台袖で待ち構えていた大和は、牛若に向かって「ヘン」と鼻を鳴らす。


「やるじゃないか。でもオレだったら、持ち上げて場外へブン投げてたぜ」


「本当かなぁ? 大和は、よくウソつくから」


「ぬかせ」と吐き捨てながら大和は歩き始める。


「次も楽勝だ。よく見てろよ?」


 そんな二人のやり取りを遠くから眺めつつ、私は今後の展開を予想。


 二戦目にして五十位を仕掛けてくるとは思っても見なかった。十戦最後に中位を入れてくる可能性は高いと踏んでいたが、この調子だと七戦目くらいで登場か……?


「これだけ実力があっても、中位との戦いは厳しいという事かぃ?」


 エヴァの質問に私は「いや」と頭を左右に振る。


「分かりやすく言えば、下位団員の十人分から五十人分の強さを持っているのが中位団員だ。弟子達の実力なら、それと同等か若干上といった所か」


「では、心配する事ないじゃないか」


「問題は連闘にある。進行配分ペーシングしながら戦えるほど二人が器用ではない。休止インターバルを取れたとしてもだ」


 そうこうしていると、司会が宣言アナウンスを始めた。一巡終えて相手も色々と対策をしてくるはず。なるべく手の内を秘めたまま序盤は切り抜けたい。


「それでは三戦目! ヤマト選手バーサス――」


 四十九位、四十九位と両手を擦り合わせて念じるエヴァ。気持ちは私も同じだ。


「千本桜三十八位、イルビゾンテ!」


「――なにっ⁉」


 思わず声を上げ、身を乗り出してしまう。


 青龍門から現れたのは、軽鎧ライトアーマーに鞭を携えた褐色女性。それに付き従うのは、獅子の姿に蝙蝠コウモリの翼、さそりの毒針を尻尾に携えた魔獣【マンティコア】だ。


「……中位『従わせる者アニマニア』イルビゾンテ……!」


 生まれながらにして動物と会話出来る特殊能力レアスキルを持つ王国唯一の魔物使い。


 その所為で「魔物を引き連れ、村を襲おうとしている」と誤解され、故郷を追い出された辛い過去を持つ。獣の嗅覚を用いた事件解明や犯人追跡まで、千本桜でも幅広く活躍している。


「ここから中位と連闘って事⁉ 残り八戦全部⁉」


 しかも獣人の大和へ魔物使いを当ててくるとは。


 視線を感じて貴賓室を見れば、口端を釣り上げてこちらを見下ろす国王の姿……ここまでやるのか、アルカゼオン。


「両者、前へ!」


 ここでイルビゾンテが大和へ話し掛ける。


「アンタ、獣人なんだってね。試合が終わったら、アタイが使役してやるよ」


「知らないの? 獣は自分より弱い生物に従ったりしないんだよ、オバサン」


「オバ……ッ⁉ こ、このガキィ……!」


「レディィ……ファイッ‼」


 銅鑼ドラの音と共に三回戦が始まった。イルビゾンテは颯爽とマンティコアに跨り、鞭を叩く。


「容赦しないよ! 行きな、ポチ!」


「ガアァアアアアアアァッッ‼」


 その一歩で床に亀裂が入る。瞬時に大和の眼前へ接近、横移動サイドステップで回り込み巨大な爪を振り下ろす。


「うおっとぉ⁉」


 咄嗟に躱す大和だが、相手も読んでいた。イルビゾンテの振るった鞭は回避行動中だった大和の足に絡みつく。


「捕まえたよ! これでも食らいな!」


 彼女が鞭に魔力を込めると、雷魔法が放たれた。あれこそ二つ名の由来である魔法兵器マジックウェポン――電磁鞭ヒートロッド


「あががががががががが⁉」


 身体が痺れ悲鳴を上げる大和。その隙を見逃さずマンティコアが、獲物の頸動脈へ牙を突き刺さんと襲い掛かった。


「お前も……痺れやがれ!」


 大和は巨大牙を両手で抑える。通電によって損害ダメージは共有、魔獣は巨体を仰け反らせ悲鳴を叫ぶ。


「ギャオオオオオオオオオン⁉」


「な、なんて奴だい!」


 鞭を牛若から離し、イルビゾンテが言い放つ。


「どんな生き物でも電流が流れれば筋肉は収縮し、動けなくなるんだよ! どういう身体の構造をしているんだい⁉」


「……気合い!」


「ふざけるんじゃないよ!」


 怒りの表情で指笛を鳴らすイルビゾンテ。すると四羽のカラスが姿を現し、彼女を中心に飛び回る。


駆動ドライブ!」


 合図と共にカラスは横へ回転、そのまま大和へ向かって突っ込んでいく。


「おぉ⁉ なんだそりゃ!」


 両腕を正面で構え防御。魔法によって強化されたくちばしの威力に、牛若は弾き飛ばされてしまう。


「イッ……テェじゃねえかよ!」


 更にカラスは攻撃が当たるまで追尾してくるようだ。


「ホラホラ、まとめて行くよっ!」


 一斉にカラス達が襲い掛かる。それだけではない、イルビゾンテの鞭が合図となり、痺れから復活したマンティコアまで向かってきた。


「これのどこが一対一タイマンだよ⁉」


「この子らは、歴とした私の武器さ!」


 多勢に無勢、最初こそ焦っていた大和だが即座に順応していく。


 マンティコアの攻撃を避けつつ、四方からやってくるカラスくちばしには拳を当てて軌道を逸らす。


「おのれ、チョロチョロと!」


 混沌と化す舞台で、大和はついに得物を抜いた。


上弦じょうげん! 下弦かげん! 力を貸せ!」


 双小太刀を手に構えを取る。息を吐き、集中力を高めて剣撃を繰り出す。


「おりゃおりゃおりゃおりゃっ!」


 カラスを瞬時に撃墜させ、後方から噛み付こうとするマンティコアにも即座に反応。


「完全に死角だったろう⁉ 何で分かんだい!」


 旋回し、勢いの増した一文字斬りが魔獣の巨大な両牙を切断。


「ギャオオオオオオオオオン‼」


 同時に、反対の腕から繰り出される真向斬り。隙だらけとなった脳天に峰が炸裂、その威力は顔面を床に埋めてしまう程。


 これが大和の得意技――十文字斬りだ。


「………………ッ!」


 沈黙するマンティコア。だが試合は続く。


「使えない奴だね! アンタは晩飯抜きだよ!」


 全身から電気を迸らせ、イルビゾンテが電磁鞭ヒートロッドを振るう。彼女は魔物に攻撃をさせている最中、幾重もの強化バフを施していた。それが完了したのである。


「剣士なんて、間合いの外から攻撃すれば永久的にこちらの手番ターンさ!」


 鞭の長い射程を利用し、中距離からの攻撃に徹底する相手。牛若が近付けばその分離れ、隙がない。


「アンタは試合前に言ってたね、獣は自分より弱い生物に従わないと。その通りさ、アタイは強い!」


 鞭を食らう度に痛みと痺れで大和の表情が歪む。何度も私へ視線を向けてくるが、反応は返さない。


「気付け。勝機を逃すな」


 これは願いだ。そして信頼の証でもある。


 不意に大和の背後が動く。もはや戦える状況ではないと思われたマンティコアが、長い尻尾を動かし先端にある針を大和の太腿へ刺したのだ。


「――ぐっ⁉ なんだと……⁉」


 蠍の猛毒によって大和は立っていられない。その様子を見たイルビゾンテが高笑いを行う。


「アーハハハ! 油断したねぇ。これで勝負ありといったワケさ!」


「ぐ……うぐぐぐぐ……!」


 生意気な対戦相手の悔しがる顔を見る為『従わせる者アニマニア』は近付く。


「自分で降参を宣言するかい? それともアタイに場外へ運んで欲しいかい?」


 その問いに、大和は応える。


「――どっちも……御免だね!」


 勢いよく立ち上がり、逆袈裟斬を繰り出す牛若。予想していなかった出来事にイルビゾンテの防御は間に合わず、ガラ空きの胴へ直撃。


「んなっ……⁉ 蠍の毒は全身にまで及ぶ……! ど、どうして動けるんだい……⁉」


「……気合い?」


「……ふっ、ふざけるんじゃ……ない、よ――!」


 完全に意識を飛ばすイルビゾンテ。即座に審判が近寄りカウントを開始。その結果――。


「……10《テン》! 勝者――ヤマトッ‼」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 大和の大逆転で決着となる。


「はあぁ……ダッセぇな、オレ……」


 緊張から開放されたせいか、再び倒れ込む大和にエヴァが「僕が診るよ!」と申し出てくれた。


「すまない、頼む」


 担架を断り、自分の足で舞台から去る大和の背に私は「よくやった」と呟く。


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