三本桜 異世界のススメ

 今回で二度目となるが、どうも私はこの時空魔法が苦手だ。意識はあるが身体が動かず、瞼を開けておく事すらままならない。水の中を揺蕩たゆたうような感覚がしばらく続き、唐突に身体へ重力が戻るのだ。亡くなる間際とは、このような感覚なのだろうか。


「はーい、おかえりなさーい」


 聞き慣れた声がして目を開けると、先程までいた世界が一変していた。天井まである本棚が四方を囲み、一際存在感を放つ大釜が中央に鎮座。机の上は得体の知れない試験管が並び、壁に貼られた無数の紙は謎の図形や文様が書き出されている。


 怪しさしかない部屋の主は、私達に近付くと大きな虫眼鏡を使い観察を始めた。

 

「身体に異変はなさそうだね。流石は天才魔導師である私――ぶっは! 何そのお面、超ウケる!」


 こちらの顔を見るなり指を差して笑う無礼者に、私は軽い苛立ちを抱く。


「冗談だよ冗談。君の何でもすぐ本気にする所、直したほうがいいってば。それより」


 先程から辺りを見渡し怯える牛若に、性悪な天才魔導師は話し掛ける。


「はじめまして、ウシワカ。僕の名前はエヴァーグレイス。エヴァと呼んでくれ、よろしく」


 満点の笑顔で右手を差し出すエヴァだが、牛若は私の後ろへ隠れてしまう。


「か、かみ……みみ……!」


「? カミミミ?」


「ああ、成程。我々がいた世界では人間しかいないからな。長耳は勿論、金髪も見た事が無いのだ」


「おや、エルフを見るのは初めて? いいねいいね、その怯えた反応。ショタ心をくすぐるよグヘヘヘ――痛っ⁉」


 正面から私の手刀を頭蓋で受け、その場でもんどり打つエヴァ。


「ひどいじゃないかシャナ! 僕の頭が悪くなったらどうするつもりさ? 世界の大きな損失だよ!」


「牛若の貞操を守る事も重要だ」


「手を掛ける訳ないだろう? 君はまだヲタク心が分かってないようだね。私はそれが悲しい」


「牛若の着替えは用意してくれているんだよな?」


「無視しないでおくれよ。勿論、準備万端さ」


「かたじけない。では牛若」


 私は膝をつき、牛若に今後の説明を行う。


「城へ赴き、王と謁見する。その前に風呂へ入り、身仕度を済ませるぞ」


「かっ、かしこまりました」


「よし、それでは少し待っていてくれ」


 牛若を部屋に置いたまま、私とエヴァは外へ。


「――君が無事で本当に良かった」


「全てはエヴァのお陰だ。感謝してもしきれない」


 抱擁を交わし、作戦の成功を心から喜びあう。


「君の言っていた通り、やはりウシワカは……?」


「ああ、雇われた山賊に襲われかけていた」


 話を聞いたエヴァは、思わず地団駄を踏む。


「まだ幼い子供だというのに! 指示役が誰なのか、思い当たる節はないのかい?」


「検討もつかないのが現状だ」


「となると、やはり敵将を討ち取れば終わりという簡単な話ではないか」


「こちらが手を貸した所で、所詮は一時しのぎ。牛若自身が道を切り開いていかなければ意味は無い」


 エヴァは腕を組み、ふぅと溜息をつく。


「だが、王にはどう説明する? 以前伝えた通り、時空魔法の成功が公になれば、各国で奪い合いが生じるのは必至だ。我々もタダでは済まないぞ」


「そこは上手く誤魔化す。任せてくれ、エヴァ」


「……ウシワカには、素性を隠し通すつもり?」


「ああ。今後の世界にどのような影響を及ぼすか分からない以上、軽率な行動は慎むべきだ」


「そうか。君が決めたのなら、それで良い。それに説明した所で、幼いウシワカに理解出来るとは思えない。まさか自分の師匠が――」


 私は面を外し、外気に触れる。素顔を隠す方法も今後考えていかなければならない。


「四十年経った【未来の自分自身】だなんて」

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