四本桜 時空魔法

 ――遡る事、三日前。 


「シャナ、僕はついに成し遂げたぞ!」


 鍛錬の最中、エヴァは前触れもなく道場へやってきた。上半身裸で汗だくの私を見て、変態エルフは「デュフ」と気持ちの悪い奇声をあげる。


「とりあえず話を聞くのは日課を終わらせてからで良いか?」


「あと、どれくらいかかるのさ」


「素振り二千、腕立て腹筋を三百ずつ、道場五十周を残している」


「待っていられるかぁあああ‼」


 そう言ってエヴァは畳んで置いていた私の服を投げつけてきた。顔面に当たる瞬間、私は人差し指と中指で掴む。


「いいから来い! これは君にとって非常に重要な話なんだ!」


 腕を引っ張られ、無理やり移動させられる。いつも様子がおかしいエヴァだが、今日は輪を掛けておかしい。一体どうしたというのか。


「時空魔法の解析が出来た! 四十年前、君をこの世界へ呼び寄せた――あの魔法だ!」


「……なんだって? それは、つまり……」


「そうさ、シャナ! 君は戻れるんだ! 元々いた世界へ!」


 その言葉に私は年甲斐もなく興奮で打ち震えた。


「前回の時空魔法発動は、正に奇跡と呼ぶべきだった。結果、まだ幼い君を召喚させてから何の成果も得られていない」


 研究所へ到着後、服を着ながら説明を聞く。


「その奇跡を自由に起こせるのか? 君は天才だ、エヴァーグリーン!」


「僕が天才なのは正しいけど、魔法を自由に起こせるという点については誤りがある」


「……? どういう事だ?」


「まずは良い点と悪い点の説明をしよう。先にも伝えたが、君を元の世界……こちらで言う異世界へ戻す事は可能だ。更には年月や時間、転送場所まで選べられる」


「完璧ではないか!」


「悪い点は時空魔法の特殊性にある。魔法は四大元素から始まり、先人の研究と解析を以て雷や氷といった派生魔法が発見された。昨今では魔王と神によって光と闇の魔法が明るみに出て、魔導士界隈は大盛り上がりさ」


 昨今というがエルフは延命の為、我々の感覚とは次元が違う。


「時空は、その光と闇の魔法が掛け合わされる事によって生み出される。特殊が故に魔力を溜まるのも時間がかかってしまう。よしんば飛べたとして、世界にどのような影響を及ぼすか検討もつかない」


「かなりの時間とは、どれ程だ?」


「およそ二十年くらいかな」


 思っていたより長い。現在の歳から更に二十年を加えた後の事を考え、背筋が震える。


「心配いらない! 魔法解析を始めて四十年、魔力の蓄えは二回分溜まっている。今直ぐにでも魔法は使えるぞ!」


「つまり……私は、元の世界へ……!」


「最初に伝えただろう? 戻れるんだよ、君は!」


「うおぉおおおおおおおお‼‼」


 喜びが爆発し、私はエヴァと手を叩きあう。


「正直、複雑な心境だよ。魔法解析は喜ばしいが、その為に君とお別れになってしまうのだから」


「何故だ? 魔法で会いに来てくれないのか?」


「君の話を聞く限り、そちらの世界は極端に魔素が少ないみたいでね。我々エルフにとって魔素は必要不可欠、身体にどのような影響を及ぼすか分からない。そもそも魔法が使えるかどうか」


「……そうなのか……」


「他にも問題があって、この時空魔法を公表すべきではないと思っているんだ」


 理由を聞くと、この反則的な魔法が他国を脅かす脅威になりかねないと言う。戦うは魔物のみにあらず、真に恐ろしいのは人間とは誰の言葉だったか。


 長年研究を重ね、ようやく完成に至った魔法を秘匿する覚悟。尊敬に値する。


「だが、それで言うと世話になった者達に最後の挨拶も出来ないのか……」


 何も言わずに姿を消すのは、余りにも不義理だ。とはいえ代案が思いつかない。心苦しく思っている僕の肩を、エヴァが叩く。


「後の事は僕に任せてくれれば良い。もっともらしい理由をつけるのは、昔から得意だからね」


「――エヴァ、私は……」


 もしもの場合を想定し、何年も前から温めていた言葉がある。私は一呼吸置き、思いの丈を話す。


「いつか元の世界へ戻る事を夢見て歩んできたが、今にして思う。私はこの世界で育てられた。多くの出会いに救われ、鍛えられ……」

 

 エヴァは黙って話を聞いてくれる。だからこそ、はっきり口にする事が出来た。


「私にとっての故郷は、今いるこの世界だよ。君には悪いが、ここで一生を遂げたい」


「……シャナ……な、なんなんだよ君は全く。調子狂うなぁ、本当に……!」


 私に背を向けるエヴァ。しぱらくすると、鼻をすする音が聞こえてきた。


「だが気掛かりもある。転送されなかった場合の【世界線】……推測に過ぎないが、あのままでは私など早々に殺されていたと思う」


「剣聖である君が? まさか、そんな」


 師は行く末に気付いていたのかもしれない。故に会得した技の全てを私達弟子に託した。それなのに私は禁を破ってしまった。


「エヴァ、時空魔法は二回使えると言っていたが、往復は可能か?」


「え? いや、どうだろう……六韜を使って遠隔操作に切り替えれば、もしかしたら……?」


「ならば私を異世界へ飛ばして欲しい。そして再びこちらへ戻る際、一人追加で連れてきたいのだ」


「追加⁉ ちょっと、何を企んでいるのさ⁉」


「まだ幼い私を、こちらで鍛え上げる。最強の剣士に育てた後、元の世界へ戻すのだ。これで異世界どちらの私も救われる」


「いやいやいや、トンデモ発言の自覚ある⁉」


「師の思いに報いるには、これしか方法が無い。一生に一度の頼みだ……頼む」


 土下座する私に対して、エヴァは美しい髪を掻き乱しながら「あーもー!」と悲鳴をあげる。


「解析まで三日もらう! 滞在時間とか向こうでの身の振り方とか遠隔呪文の暗記とか諸々、こちらの言う事には全て従ってもらうからね!」


「ああ、勿論だ!」 


 こうして、二度目の時空魔法による異世界転送は幕を開けた。

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