19 魔法

透明化の魔法が作られたのは覗きが目的と言うとんでもない理由を聞いて開いた口が塞がらない、そんな状態である。


 いやだって透明化の魔法が覗き目的で作られたとか思わないじゃん、どっちかって言うと暗殺とか隠密、諜報的なのじゃん。


「へ、変態の執念おそろしや」


「あいつら初日で家特定してくるからな、やりかねない」


「……」


 隣から闇深い内容が聞こえてくる。そっちもそっちで驚愕、いや絶句だ。変態恐ろしい。じいさんも絶句していた。


「どうした?」


「あ、いや、何にもない」


 深く突っ込んだら闇しか出てこなさそうなので適当に誤魔化した。


 篠野部は私が守らなきゃ……。


「ところで、このガラス玉。いつまで持っていればいいんですか?」


「ああ、確かに」


 そろそろお水が溢れそうです。イメージなのに水が溢れそうって言うのも可笑しな話かもしれないけど。


「うむむ、そろそろいいかの。それでは次のステップじゃ。その水はお主らの魔力、それは想像ではなく現実、そしてその魔力をガラス玉の中で回してみい」


「水が魔力」


「魔力を回す」


 このポットの中身は魔力、想像ではなく現実だから溢れそうになっていたと。ポットから水、もとい魔力を注ぐのをやめて、ガラス玉の中でクルンと回そうとするもののなかなか上手くいかない。


「んんん?」


「……できた」


 上手くいかずに首を捻っているとポツンと篠野部が呟いた。興味本位で篠野部の持つガラス玉を覗き込んでみるとガラス玉の中でキラキラと光るなにかが浮かんでいた。


「なにこれ」


「いや、何度か混ぜていたらこうなってな……」


「これは……透明化ではなく光を操るのかの。光を屈折してたんかの」


「それでなかでキラキラ光ってるんだ。綺麗だね」


 ガラス玉の中の光は柔く、それでいてどこか冷たい不思議な色合いの水色をしていた。


「君はまだなにもなってないようだけれど……」


「うーん、混ぜるだとか回すだとか上手くいかないんだよなあ……」


 どうにも篠野部がやったように魔力を回そうとしてもチャプチャプと波打つだけでそれ以上動こうとしないのだ。


「ふむ、縛られておるな」


「……」


 縛られる、ねえ。


 そんな言葉を聞き流しつつ魔力を回せないのならばと、ガラス玉を動かしてみることにした。ガラス玉をくるくると動かすと、それにあわせて魔力が水のようにチャプンチャプンと激しく動く。


「うむむ、できれば魔力を自力で動かして貰いたかったんじゃがのう。これは、糸に鎖かの?」


「みたい、ですね?」


「糸……」


 思っていたものよりも、なんと言うか……。


「ショボいの」


「ショボいですね」


「……」


 わかってたけど、真正面から言われると威力が違うよね。


「光に糸と、また変わったコンビじゃのう」


「別にコンビじゃないです」


「コンビなんかじゃないよ。どってかっていうと協力者」


「そ、そうか?」


 マッドハット氏は自分の言葉が発して直ぐに否定され、困惑する。


 互いを一別するとガラス玉に視線を戻した二人を見るに、微妙な距離を感じた。仲が悪いのか、良いのか、はたから見ると全くわからない。


「ま、まあ、よい。さて、これに映し出されているのがお主らの自己魔法の内容じゃ」


 判定器の名に違わない性能だ、魔力を回すのは少し難しかったど。


「お兄さんにはもう課題を出したから、次はお嬢ちゃんじゃな。お嬢ちゃん、手先は器用かの?」


「ん?器用だよ?前は料理とかよくしてたし」


「ふむ、ならばミサンガの編みかたはわかるな?あれを手を使わず、自己魔法のみで行うのじゃ。マクラメでも裁縫でも良いぞ」


「て、手を使わずに!?」


 篠野部の時とは違う、あんまりの想像にしにくい課題に思わず驚き声が裏返った。


「ん゛ん゛、魔法で糸を操って編めってことだよね?」


「そうじゃ」


「そもそも動かしたことすらいんだけど……」


「大丈夫じゃ、もうできとる」


「戌井、服についてる紐が……」


 篠野部の指摘に立ち上がって服を見てみる。するとスカートの裾や胸元についてある紐がフワフワと、重力に逆らうように上を向いていた。


「あ、あらら」


「糸というよりは糸状の物や紐状の物が魔法の対象化かの」


「ええ、これどうすれば……」


「お兄さんの時と同じじゃよ」


 同じ、蛇口を閉めるイメージだったよね。


__キュッ__


 頭の中でそんな音が聞こえたような気がした。音が聞こえたような気がしたと思ったら逆立ちしていた紐がパタリと元の状態に戻り、ダランと垂れた。


「できた」


「そうじゃ、そうじゃ。さて、発現した自己魔法の内容もわかり、魔力の制御も軽くさせた。となれば次はこれじゃ、魔法基礎学!」


 マッドハット氏がバンっと、取り出したるは“猿でもわかる魔法基礎学”と表紙に書かれた教科書のような本だった。


「猿でもわかる」


「魔法基礎学」


「うむ、お主らの魔法に関する扱いや知識はペーペーもペーペー、赤ちゃんも赤ちゃんじゃ。なので、“猿でもわかる魔法基礎学”じゃな。良く読むといい」


 本を受け取りパラパラとページをめくっていく。そこには火魔法や水魔法などの基礎となる魔術や派生魔術となる氷魔法や天気魔法について、それ以外にも基礎魔法とは関係のない時間魔法や重力魔法についての記述がある。


 難しいと思われる魔法についての記述は軽くしか乗っていないが、まあ“猿でもできる”だからそんなところだろう。


 そのなかでも目を引いたのが記載だけの黒魔術について、これは所謂ところの呪術の類いのようだった。悪霊を召喚して不道徳的な行いをする魔術のようだ。


 そして、その対となる白魔術、こちらは魔法についても載っている。これは天使などの聖なる物を力を借りることや、召喚することができるものだそうだ。ちなみに回復魔法もこの区分にはいる。


 それから召喚魔法、魔獣やらの召喚の方法は載っている。だか異世界召喚は記述だけで載ってはいなかった。王宮勤めだけって話だから、これも仕方ない話だろう。


 なんならあの赤い魔方陣と同じものや似たようなものは見当たらなかった。


「してして、授業を始めるぞい!羊皮紙とインク、ペンを配るから気になることはメモするように」


「あ、はい」


「羊皮紙……」


 また、魔法によりどこからともなく羊皮紙に羽ペン、インクが出てくる。コトンと音を立てて、それらが机に置かれる。


 ペンを手に取ると随分と軽かった。


「羽ペンっていうか、羽そのまんまでは?」


「君が想像しているのは万年筆の先が着いたものだろ。この時代の羽ペンなんてそんなものだぞ」


「まじか」


「うむ?万年筆の方が良かったかの?」


「あ、いや、羽ペン使ったことなくてビックリしただけ。大丈夫~」


「ふむ、そうか、ならば始めるぞい!」


 じいさんが杖を振るうと空中に“魔法の基礎”と白い文字が浮かび上がった。じいさんが咳払いをして、授業が本格的に始まる。


「魔法は基本的に魔力をよういて成すものである。例外として魔力を孕むものに刻印を施した場合は魔力を注ぐ必要もなく、魔力が少ない物にも扱うことができるのじゃ。それを有魔刻印魔法と呼ぶ、覚えておくと良いじゃろう」


「刻印魔法、魔方陣を書くのですか?」


「うむ。既存の物からオリジナル、多岐にわたるのう。簡略化した陣もあるのじゃが、そうすると出力が落ちる故、扱うときは気を付けるように」


 じいさんが見本にと、杖で大きく複雑な魔方陣と小さく簡単に書けてしまう魔方陣を空中に書く。書いた陣は炎を出現させる魔方陣らしく、小さい方が簡略版だそうだ。


 魔方陣に魔力を注げば白かった魔方陣の色が赤く染まり、魔方陣がくるくると書かれた図形が歯車のように動き出す。そして輝いたかと思えば中央から炎を吐き出した。


「熱気が……」


「これは、火柱の域だろ」


「つぎ、簡略化した方いくぞ」


 先ほどと同じように簡略化した魔方陣い流せば炎を吐き出す。……カセットコンロくらいの火力の。


「ま、こんな感じじゃの。これはまた今度、勉強しよう。さて、最初は魔法とは何足るか、勉強していくかの」


「はい!」


「はーい!」

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