20 基礎

「魔法の基礎は四つ、地(土)火、空気(風)、水である。もちろんのことこれに属さない魔法もあるんじゃ。カインツの魔道指南書を見たお主らにはわかるの?」


「空間魔法、時間魔法、召喚魔法、黒魔法ですよね」


 篠野部は一ヶ月前に少し見ただけの内容を覚えていたのか、すらすらと答えていく。何という記憶力か、驚きを隠せない。


「うむ、よろしい。では今から君たちには物を引き寄せる魔法について学んで行こう」


「質問ー」


 私はふと思った疑問を聞くために、手を上げた。


「どうぞ」


「じいさんがペンとか持ってくるのに使ったのが、その魔法ですか?」


「正解じゃ。まあ、あれは無詠唱なんじゃがの」


「ん? 詠唱しなきゃいけないの?リコスさんはしてなかったきがするけど……」


 思い返してみるも詠唱らしいものなんて唱えていなかった。掛け声はあったけど、それだけ。あれが変質の魔法の詠唱なのだろうか。


「むふふ、詠唱は基本なのじゃよ。中級魔道師じゃな。ほとんどの魔道師がしておる。簡略化した詠唱や詠唱の代わりの掛け声何てのもあるのう、ここまでいけるのが魔道師全体でざっと十分の一、上級魔道師。無詠唱、こちらはざっと千人に一人ってところかの。特級魔道師じゃの。基本は簡略化した詠唱で打ち止めじゃ。難易度で言えば詠唱有り、簡略化した詠唱、掛け声、詠唱なしってところじゃ。わしのように凄い魔道師でもなければ無詠唱はできんがの」


「ほおーん。それでリコスさん凄い魔道師って言ってたのか。そういってもなんか実感湧かないからよくわかんないけど……」


「そのリコスさんはどうだったんだ?」


「掛け声はあったけどそれだけ」


「むむ、あやつ腕を上げよったな」


 じいさんが言うにはリコスさん、前会ったときは詠唱しなければ魔法が発動できなかったらしい。とはいえだ、王宮に勤めるのならば詠唱簡略は必須のことなのだとか。


「この魔法は重力魔法に分類されるものじゃが魔法のなかでも初級、比較的簡単に習得できる魔法なのじゃな。杖なしで魔法を使うのはちと難しいから実践はまた今度としよう。杖はこちらが用意するのでそれを使うように」


「杖っているんだ」


「うむ、杖は乗馬で言う手綱の役割があるからの。手綱無しで馬に乗るのは難しいじゃろ」


「え、馬乗ったこと無い」


「僕もです」


「自分の足で歩くのか、健康じゃの。今度暇があれば乗ってみると良いぞ、なかなか爽快じゃからの」


 本とに中世の世ならまだしも現代で乗馬できる人は少ないんじゃないだろうか。少なくとも私の知り合いにはいな……そういえば一人だけ知り合いにいる神社の宮司さんが流鏑馬やってたね。


 ……あれ?流鏑馬の方が珍しくないか?


「インクを使うのにペンがあった方が使いやすい、の方がわかりやすいか?」


「インクが魔力でペンが杖?」


「そうじゃ」


「ああ、こっちの方がわかりやすいです」


「なら次から、これ使おうかの」


 失礼だけど使う機会あるのかな……。


「して、話を戻すがこれには重量制限があるのじゃ」


 物を引き寄せる魔法、それに重量制限があるという意外なことに目を見開く。


「もうちょい言うとじゃな。制限以上のものを寄せるとなると倍の魔力がかかるんじゃな、これの理由は単純に出力の問題じゃ」


 杖を振るうと棒人間が二体、現れた。その上には永華とカルタの、それぞれの名前が書かれており、横には50キロ(仮)とかかれてある。


「仮にお主らの体重を五十キロとする。して二人にこの魔法をかけるとギリギリ制限内なんじゃの、百がボーダーじゃ」


 百がボーダーって随分とわかりやすいな。細かい数字が並ぶよりも大分いい。


「ただこの魔法、魔力消費量は極端に少ないから重量制限を気にするものはすくないんじゃの。でも塵も積もれば山になる、魔力消費量が少ないからと言ってバカスカ連続で使うとすぐに魔力切れを起こすので気を付けるように。わりと初心者やプロ問わずのあるあるじゃから」


 わしも若い頃この手のことは良くやった。マッドハット氏は染々と昔を懐かしむようにいった。


「あるあるなんだ」


「焦ってるときに良くやったのう」


 いくら凄い魔道師とは言えども焦れば失敗するし、管理を間違えることもあるらしい。なんというか、とても親近感を覚える話だ。


 こういった魔力切れあるあるは魔力消費の多い魔法を使うときに多く、天才でもなければ誰だって一度は経験するものだという。


「逆に魔力消費の多い魔法を使うときは魔力切れは起こりにくいな。消費が多いことが頭には言っとるからじゃろう」


「……つまり?」


「気軽に100円ショップで爆買いすると財布の中身が思った以上に軽くなる、何ならすっからかんになる。高級店に言って買い物をすると値段を考慮するからそこまで買わない、だから財布は軽くなりにくい、たくさん残る」


「なるほど、あるあるだな」


 計画性無しで100円ショップで爆買いして思ったよりも出費があるなんてよくあることだ。なんなら100円と思ってたものが三百円とか五百円とかざらにある、そこに関しては確認しないのが悪いんだけどさ。


「ひゃく?まあ、理解できたのならば良い。これについて言えることは魔力消費量にか変わらず、魔力残量には気を付けることじゃ」


「はーい」


「わかりました」


 杖で空中に円をかくように動かすと陣と棒人形、文字は消えてしまった。


 あの杖で文字を書く魔法はなんなんだろうか、あれもあれで気になる。


「さて、次は何の話をしようかのう」


「先生〜、質問いいですか?」


 永華、彼女の言い方は完全にふざけている。だがその表情は真剣そのものであった。


「そうしたかの?」


「魔力ってなに?」


「んん?」


「だから魔力って何なのさ」


 この世界の住人ならば思いもしない疑問だろう。あるのが当たり前だからこそ、わいてこない疑問、空って何ってのと同じだ。


「……確かに、元よりこの世界の住人ならば魔力はあってもおかしくない。でも、僕らはこの世界の住人ではなく、他所の世界の人間だ。ならば、何で僕らが魔力を持っているんだ?」


「そう、それなのよ。魔女の歴史はあった。でも、それは不確定なものだし、なんなら空想の産物扱いだ」


 魔女狩りとか言う物騒きわまりない事態が起こっていたけれども、基本は空想の産物、妄想の扱い。被害者のほとんどが免罪だったり、罪を犯していてるくせに賄賂かなんかで逃げたやつもらしいけど。


 この世界で、そんなこともあったかもしれない。あったのなら、なおのこと人間ヤバイ……になるんだがな。


「なるほど、それでその質問に至ったのか。そう疑問に思うのも仕方あるまいよ。魔力は全ての生物が持つ生命力や感情から来ていると言われておる。これも基本的なことじゃな。……お主らのような異世界の者は……転移の際に適応したと考えるべきか」


「適応ねえ」


「生物はその環境に適応して進化していく、それを考えればおかしくもないことではある。でも戌井は瞬きの間に移動していたんだろう?その一瞬で、そんなことできるのか?」


 それは確かにそうだ。篠野部は気絶していたから正確な時間はわからない。でも私の場合、目をつぶって開けたら異世界に“こんにちは”だ。笑えてくる話である。


「できるじゃろうな」


「それは、何故そんなこと言えるんですか?」


「召喚魔法は転移魔法と似ておる。この二つの違いは単純、“呼び寄せる”か“向かう”じゃ。どちらの魔法も一度分解する」


「へえー……は?分解?」


「……それ、死にませんか?」


 永華は衝撃の事実に理解が遅れる。カルタも眉間にシワがよっている。どちらにせよ、戸惑っているのだ。


 ……いや、いやいやいや。無機物ならまだわかる。配送で送られてくる家具なんかコンパクトにするために分解しているしさ。それを生き物でやる?思い付いたやつは正気の沙汰じゃないでしょ……。


「死にはせんさ。お主らが生きている、それがその証拠よ。あの二つの魔法は対象の肉体、意識ともに霊素に変換し目的地にて再構築するものじゃ。その再構築の過程で適応したとすればお主らに魔力があるのは当然の話じゃろう」


「……霊素とは?」


「魂を構築する七つの物質じゃ。それを霊素という、その偏りによって魂がどんな属性を持っているのかが決まる。そういうもんじゃ」


「つまり魂をバラバラにしてるってことですよね?」


「うむ」


「こわ……」


 二人は自分達が一度分解されていた、そんな衝撃の事実が明かにされ戸惑っていた。


「やはりそういう反応になるのか。若い魔道師や魔法に夢見ているものによくあることじゃ、今日はもう休むといい」


 マッドハット氏にそう言い渡され、二人は帰路につくことになった。


「手芸屋よろーっと」


「君はなんでそんな……」


 永華はそう言うものだと思うことで早々に受け入れていた。そうした方が精神的に無駄な傷を追わなくてすむと判断したからだ。


「深く考えない方がいいこともある。だから、そう言うものだと思うことにしたの」


「能天気め」


「だって、その方が楽じゃない?」


「……はあ、今は君のその能天気さが羨ましいよ。転移魔法や召喚魔法は常用されているというし、そこまで危険性がないのかもしれないな」


 これはマッドハットのじいさんが言っていたことだ。


「…………はあ」


「あんまりため息はいてると幸せ逃げるよ」


「………………はあ、僕もそう言うものだと思うことにしようかな。そろそろ頭痛くなってきたし」


 考えすぎか、永華に振り回されぎみだからか、カルタは頭を抱える。


「……お菓子でも買いにいく?」


「……そうする」

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