18 ハプニング

呆れ気味の篠野部は頭を抱えてため息を吐いた。


「はあ、もう前置きとかいいですから、始めましょうよ」


「そうじゃのう、それではわしに背を向けてみよ」


 何をするのかは想像がつかない、永華とカルタは言われたとおりに背を向ける。二人が背を向けるとマッドハット氏がなにかぶつぶつと呟きだす。


 呪文なのだろうか、小さい声なので詳細はわからないが“神”や“道”と聞こえてくる。


 ……リコスさんは呪文は使ってなかったっけど、魔法の種類の問題かな。確か、簡単のものしかできないと言ってたし、そんなところか。


「ハァッ!!」


 マッドハット氏の鬼気迫る声と共に、なにかが凄まじい勢いで二人の背中にぶつかる。カルタはなんとか踏ん張り、すこしよろける程度だったが油断していた永華はたたらを踏んで地面に膝をつく。


「うむ、これで良し」


「……ふ、吹き飛ぶかと思った」


「……凄まじい威力」


 不思議と強い衝撃を受けた背中は、痛まなかった。


 顔にかかる邪魔な髪をかきあげて立ち上がる。さっきの衝撃はなんなんだろうか、魔力を注ぐって言ってたし、もしや魔力?勢いすごかったな。


「びっくりしたあ、じいさん先に言ってよ」


「すまんすまん、忘れとったわい。これをするのは数十年ぶりじゃからのう。怪我は無いかの」


「大丈夫ですよ〜。しのの……あれ?」


 永華はカルタに調子はどうだと聞こうとした。そのためにカルタがいる方向を見たのだが、いないのである。忽然と姿を消していた、しかもマッドハット氏は慌ててすらいない。その異様な空間に永華は混乱しつつも、店内を見回す。


「篠野部は!?」


「そこじゃ、そこ。多分」


「そこ!?どこ!?多分ってなに!?」


 じいさんが杖で指す先は、先ほどまで篠野部が居た場所である。さっきまで居た場所なのだが、そこには誰もいない。そもそも多分ってなに!?


「僕はここだが……」


「……ひぇっ!」


 何もないところから篠野部の声がする。すこしばかり理解が遅れたが、怪奇現象のような状態に思わず悲鳴が飛び出す。


「幽霊!?」


「違う!勝手に殺すな。はあ、マッドハット氏、これはなんなんですか?」


「透明になっとるの」


「いや、それはわかってるんですよ」


「……なんでえ?」


 魔法が使えるとはしゃいでいれば、今度は同級生が姿が見えぬまま声だけがする。こんな状態で混乱するのはおかしくないだろう。


「ふむぅ、これは自己魔術が誤発動しておるのかの?でもお主ら……まあええ、蛇口を閉めるイメージしてみい」


「蛇口を閉めるイメージ……」


「そうじゃ、蛇口を閉めればその透明かも徐々になくなるじゃろう」


 じいさんはそう簡単に言ってのける。篠野部は言われた通りにしているのか、黙ってしまう。


「これでダメなら一発、キツいの入れねばの」


「ええ、それって……」


「時間がかかる代物のシュールストレミング味の魔法薬じゃ」


「篠野部!自力でどうにかしないと死ぬぞ!」


「わかってる!」


 篠野部だってシュールストレミング味はいやらしい。


 時計の針が二個ほど進んで、徐々に篠野部の姿が見えるようになっていく。この現象がいったいなんなのか検討もつかないが、“取り返しのつかないもの”じゃないようで安心した。


「ふぅ、どうでしょうか」


「見えてる、大丈夫?」


「ああ、一応なにもない」


「お主、素質あるの。本来、ああ言われただけでできることじゃないのじゃがな」


 じいさんの言葉に篠野部を見上げる。篠野部は自分のてを見つめていた、何を思っているのかわからないが悪いことではないだろう。


「じいさん、もしかして……」


「うむ、魔法薬をお兄さんの口にいれようと思っておった。大丈夫そうじゃな」


「シュールストレミングは勘弁してください……」


 カルタは透明にな状態からもとに戻って安心したのか、それともシュールストレミング味の魔法薬を回避できたことの安心か、フット息を抜く。


「なんで透明になったの?」


「わからん。僕からしてみればいきなりどこだと騒がれた感じだ」


 本人に自覚はない、透明化の願望でも持ってたりしたんだろうか。


「して、お主らに一つ聞きたいことがあるのじゃがええかの?」


「何ですか?」


「聞きたいこと?」


「主ら、異世界の者かの?」


 突然の質問に二人は固まってしまう。どうする、どう答える、どうすれば何事もないままに終われる。自問自答する背中に冷や汗が流れる。


「早々警戒せんでもええ。帰りたい、うむ、そりゃあこうも必死になるのも仕方あるまいな」


「……なんでそう思ったのさ」


 ばれた理由、あるとするならさっきの透明化か。


「先ほどお兄さんの身に起こった現象はの、大概は異世界の来訪者に現れるものじゃ。あれは自己魔法の類いじゃろう、まあオリジナルの魔法じゃな。ああいうのはコツコツ組み上げるがこの世の魔道師、じゃが異世界からの来訪者は違う。その者が歩んだ道が自己魔法に現れる、魔法が使えるようになった来訪者たちは度々、その目覚めたばかりの力に翻弄される」


 翻弄、さっきの篠野部がそうだった。


「さっきのがそれ、と」


「うむ、というわけでお主らの出自を察した訳じゃ。警戒するのは良いことじゃの、わしは帰る方法はしらぬが、協力しよう」


「いいんですか?」


「もとはどこぞの魔道師がまいた種じゃしの。それに、いつの間にか透明になったなんて生活しにくいじゃろう」


「確かに、さっきのアレって、はたから見れば怪奇現象だものね……」


「はあ、生活もままならないのなら帰る方法を探すとか言ってられないですものね」


 このままでは魔法学校の前にまともな生活ができないと判断した私達はマッドハットのじいさんの提案に乗ることにした。


「まずまず、お主らには魔法の基礎知識を身に付けつつ、自己魔法の制御を覚えて貰うぞい」


「……はい」


「はーい!」


 こうして私達が購入したカインツの魔道指南書やその他のものを教科書として、私達はマッドハットのじいさんに魔法を習うことになったのだ。


 魔具堂はもうどうせ人も来ないといったじいさんが閉めてしまい、魔法でどこかにあった椅子と机を引っ張りだして直ぐに授業を始めようとはしゃぎだした。


「じ、じいさん、落ち着いてよ。いくらなんでもいきなり過ぎるってば」


「そうですよ?なにもお店を閉めてまでしなくても……」


「ええい!わしは今がいいのじゃ、善は急げと言うしのう。それに、わし、久方振りの弟子にとてもワクワクしておるのじゃ!わかったのならばそこに座れい、童どもよ!」


「ええ……」


「はあ……」


 はしゃぐマッドハット氏をたった二人、しかも魔法もろくに使えない子供が止めるなんてことできるわけもなくマッドハット氏の勢いに流されるまま魔法を習うことになる。


「最初にお主らにして貰うのは自己魔法の制御じゃあ!それではいくぞお!」


「テンション高い」


「あれだ、初孫できて喜ぶおじいちゃん」


 完全に置いてきぼりである二人は他人事のように言葉をこぼしている。


「制御ですか。いつでも意識しておくわけにはいきませんものね、無意識にできるようにならなければ」


「……私って制御できてる判定でいいの?」


「お主はまずどういう魔法か確認せねばの。二人ともするかの」


 そこで、とじいさんが取り出したのは水晶のような、透明な球体である。


「お二人さん、これを持って水を注ぐイメージで魔力を注いでみ?これは判定器のようなものでの

、作りは単なるガラス玉じゃがな」


「魔力を注ぐ……」


 目の前のガラス玉を見つめる。さて、どうするものか。目を閉じて、ポットからガラス玉に水を注ぐ、そんなイメージを頭の中に思い浮かべる。


 __とぷとぷとぷ__


 そんな音が聞こえてくるような気さえする。


「その調子じゃ」


 どうも、これであっていたらしい。このままポットから水を注ぎ続ける。


「お兄さん、君に関しては念のためじゃの。一見して炎を操る魔法かと思えば、酸素をどうこうするものだったと言う話もあるからのう」


 酸素をどうこうって、なんか扱いにくそうな魔法だな。ちゃんとした知識がないとろくに使えなさそう。


「そして制御は経験でどうとでもなる。なのでそこに関しては日常から意識することが課題じゃの」


「わかりました」


「はいよ」


__とぷとぷとぷ__


 じいさんの話をうっすらと聞きつつ、水を注ぎ続ける。一体いつなれば注ぎ終わるのだろうか、イメージてきに今は半分くらいになったか。


「透明化は既存の魔法にあるし、後で参考程度に魔道書を見せるべきかの」


「……あの、その透明化の魔法って何の目的で作られたんですか」


「覗きじゃ」


「嘘だろ!?」


「隠密的なのじゃなかったの!?」

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