第五話『手合わせ・宴会・風呂トーク 中編』

施設の待機所での騒ぎも落ち着きを取り戻し、ルールが発表される

・AIのアシストは原則禁止

・一部特殊兵装は使用禁止

・それ以外の兵装は全面的に使用可能

・試合目安時間は5分から

・戦場はランダム、対大和戦のみ対戦相手が選択する

・比良坂大和との試合は、一度全員が戦い終わってから行う

というものであった

そんな訳で、一番手の生徒から手合わせが始まる


まずはそれぞれの対戦で特に目立ったものを挙げていこう

1つ目、テュール・L・ローズ対鬼ノ山遥翔

戦場は仮想闘技場(コロシアム型)

どちらとも正面からのぶつかり合いも搦手も得意であり、面白い試合となることが予想された

先手を取ったのはテュールであった

脚部を変形させ、遥翔に飛びかかる

そのまま殴り掛かるも容易く避けられ、拳は空を切る

拳が地面にめり込む寸前、逆再生のように彼女が投げ飛ばされる

空中に閃く幾筋もの光の線

そう、ワイヤーだ

恐ろしい程に細く、長く、強靭なそれが、彼女を投げ飛ばしたのだ

しかし、ただ飛ばされただけ

即座に受身を取り、着地する

だが、そこには既に罠が貼られていた

着地した刹那、空中に強い力で放り出される

先程と同様のワイヤーで編まれた網が、トランポリンのように跳ね飛ばしたのだ

高く高く飛ばされた彼女へ向けて遥翔が何かを投げる

幾つかは装甲や腕部・脚部の武器に弾かれるが、残りはテュールの鎧の隙間に突き刺さる

そのダートはわずかのダメージしか与えられなかったが、落下までの時間を遅らせるという仕事は確かに果たした

その時間で遥翔は彼女が落ちてくるまでの間に準備を整える

その手段は、すぐに分かるものだった

彼の両手の腕甲、その先端にあったリング状の物体が凄まじい勢いで回転を始めたのだ

ジェットエンジンのように甲高い音を上げて回るそれを、闘技場の壁目掛けて投擲する

鬼種の膂力で投げられた勢いそのままに壁に接触すると、金属同士が打ち合ったような音を立てあらぬ方向へ飛んでいく

不規則に闘技場内を跳ね回るそれは、『あるもの』を置き土産に跳ね続ける

刹那の間にも永遠の間にも感じられた浮遊感も終わり、テュールが着地する

しかしそこは先程までのようにどちらにも平等に味方する闘技場では無く、獲物を待つ蜘蛛の巣に成り代わっていた

その後は一方的な戦闘だった

張り巡らされたワイヤーを用いてパチンコのように自らを打ち出し、全方位からテュールに襲いかかる

少しづつ削られていたもののなんとか保っていたが、あるタイミングを皮切りにその均衡が崩れ落ちる

遥翔が入れた一撃により、彼女の腕に許容不可能な程に致命的なダメージが入り、吹き飛ばされると同時に破壊されてしまったのだ

最早戦闘ができるとは到底言えない状態でありながら、両の足で彼女は大地を踏みしめる

そして顔を上げた瞬間、遥翔が先程から投げ飛ばし続けていたもの、蹴り飛ばされた「アンカーチャクラム」により首を断ち飛ばされたことにより、勝敗は決定した

試合結果は遥翔の圧勝であった



2つ目、ウルリッヒ・フォン・ルーデルハイト対佐々木友次(ささきともつぐ)

戦場は空戦場(快晴)

戦闘機対可変型PFという空の王者同士の戦闘

初めは挨拶を交わすように編隊を組み、空を翔ぶ

優雅に大翼をはためかせ舞うその姿は、見るものに絵画の一幕のような錯覚を与えた

しかし、その光景も長くは続かない

互いに左右へと進路を変え、大きく旋回し真正面からぶつかり合うような進路を取る

相手を真正面から見据え、スレスレを通り去るその一瞬、視線が交錯する

それが戦いの開始を告げるゴングの代わりだった

先手、ミサイルの弾幕で制圧せんと狙ったのは友次であった

小型ながらも最新型、その性能はまさに驚異的の一言

それを迎え撃つはウルリッヒと彼が駆る零式空間戦闘機

直角的・鋭角的、なおかつ変則的な軌道で全てのミサイルを容易く振り切る

しかし、それは友次の計算通りであったようだ

最後まで回避した進路の先、そこにはブレードを構え待つ彼の姿があった

普通であればこの状態に陥った戦闘機は切り落とされるのを待つのみ

だが、相手はただの戦闘機ではない

二十年以上前から国の空を守り、単機で戦況すら変えるとまで言われる戦闘機

遥か過去、神代の狩人の名を冠する機体

零式空間戦闘機『オリオン』なのだから

機体後部のスラスターの口が閉まると同時に本来であれば吸気口(インテーク)があるはずの場所の蓋が開く

そこから先程まで機体を推し進めていたのと同じ色の光が噴き出し、

機体を凄まじい速度で後ろ向きに動かした

それに反応し切れずに振るわれた刃はもちろん空を切る

それを確認したかのように先とは逆の動きでスラスターを吹かし、瞬時に音を超えた速度で飛び去る

その衝撃波に体勢を崩したものの、即座に立て直し追撃を狙うがもう遅い

オリオンは、とうに空際線の彼方まで飛び去った後

微かに残る緑の粒子のみをその場に残すばかりだったからだ

その様子に慌てたのか、友次が粒子の筋を追うよう雲の間を飛ぶ

微かなそれを頼りに飛ぶが、次の瞬間には相手の能力の全貌

その一部をありありと見せつけられる

粒子の筋が途切れた箇所でオリオンを待ち構えるように不規則な軌道を描きながら留まっている

それを待っていたかのようにウルリッヒが友次の直上から襲いかかった


凄まじい機動性を有しているとはいえ、大型機に分類されるオリオン

しかし、最新型のレーダーに捉えられなかったのには理由がある

それは、オーパーツとも称されるMJS(マルチプルジャミングシステム)の影響だ

塗装・電波・可視光・不可視光全てに適切に作用し、形状・サイズ・位置を初めとする機体情報を完全に隠蔽する

このシステムが完全に作用している場合、軍最新型の大型レーダーですら捕捉は困難となる

そして、この二つに加えてこの機体を空の覇者たらしめる所以

それこそがこの機体の『拡張性』である


機首の直線上にウルリッヒが友次を捉える

機体下部に懸架された二基の大口径対戦車電磁加速投射砲

翼下・翼上に装備された対空ミサイル

そして機体全体の増加装甲に格納された小型ミサイル群が友次を食い殺さんと狙う

全力で彼が回避機動を取るもそれに容易くウルリッヒが追随する

急加速・急停止・急降下・急上昇・急旋回、その全てで振り切れず、その全てに食らいつく

友次も空を主戦場とする兵士

模擬戦ではあるが何度かオリオンと対峙したこともある

しかし、ウルリッヒの機体、そして戦法はそれまでのどのデータにも当てはまらないものだった

重装甲にして高機動、重武装にして超高速

本来、戦闘機であれば相反する性質全てを兼ね備え、今対峙している


そう、これこそがオリオンの他の機体を圧倒する要因の一つ

本来であれば大半の戦闘機はある程度規格化された兵装や装備を使用する

しかし、オリオンは規格さえ合えば戦車砲でも、艦砲でも、TD用増加兵装でも取り付け、使用することが出来るのだ

もちろんそんなことをしては機体バランスがおかしくなり、まともに飛ぶどころか離陸すら危うくなる

だが、それを補い、飛行させるための異常なまでに強力なリアクターとスラスター

そして、それら全てを完璧に扱ってみせるパイロット

それらが揃って始めてこの機体は本当の能力を発揮できるのだ


逃げ続ける間も撃ち込まれた機銃弾やミサイルの破片で少しずつ削られていく

しかし彼もまた、とある秘策を用意していた

そのうち、友次の機体が煙を吹き始める

だんだんと速度が落ちていき、安定した飛行も難しくなり、自由落下し始める

全身の装甲が剥がれ落ち、やがて全てが雲の合間に消えた

ウルリッヒもそれを確認しはしたものの、まだ警戒を解いていない

落下しているとはいてこのステージの下限はかなり先

決着の表示が出るまで気は抜けない

しかし、ほんの僅かの油断がそのミスを誘う

それは自分と機体の直上、太陽を背に突っ込んで来たからだ

突如としてレーダー上に出現したその反応に驚きつつも回避機動をとる

しかし反応が遅れたほんの一瞬の隙を突かれ、右側メインスラスターを持っていかれてしまったのだ


先程までとは異なる形状のアーマー

それまでを多用途戦闘機とするならば、今の形状はまさに猛禽の如き対空戦闘機

鋭角的な装甲で構成され、前進翼と呼ばれる翼を持つその機体は触れるもの全てを切り裂いてしまいそうな迫力を醸し出していた

そこからは、それまでの追い、追いかけられる立場が入れ替わる

片や、片翼を奪われたに等しい機体

片や、狩人の如く獲物を追い詰める機体

最早、その状態のウルリッヒに狩人から逃れる術は無い

残るもう片方のスラスターも破壊され、煙と緑色の軌跡を残しながら地に向けて落ちる

そして数分後、勝敗を示すウィンドウが現れた


試合結果は、友次の勝利であった



3つ目、東雲葎(しののめむぐら)対武市西人(たけいちにしひと)

戦場は旧戦場廃棄所(曇天)

破壊され、高く積み上げられたTDの残骸の山がいくつもそびえる場所

俗にスクラップヤードと呼ばれるその場所が今回の戦場である

開始から少しの間は互いにあまり動くことなく相手の動きを探りあっていた

戦法は違うもののどちらも射撃型、先に動いた方が撃たれる状況で狼狽えも焦りもなく待ち続ける

正に拮抗状態、張り詰め、緊迫した空気が漂う

その拮抗を先にうち崩したのは西人であった

天王号の手綱をとり、残骸の山から飛び出す

それに合わせて自身の武器を構える葎

その銃口は完璧に彼らを捉えており、そのまま、引き金を引く

しかし、吐き出された弾丸は当たることなく彼方へ消える

発射光が閃くと同時、西人が馬上で身をひねり軌道上から体を除けたのだ

弾丸が飛ぶ音が通り過ぎると同時、即座に身を戻し自身の武器を構える

その先は撃ち終えたあと、一瞬硬直している葎

同様に彼へ向けて西人が弾を放つ

しかし、それも葎に当たることなく弾かれていく

彼の機体は大きな盾を備えた華砲型

そのコンセプトはどちらかと言うと厳鉄型に近く、高い耐久と継戦火力を有している

しかし、利点があれば欠点もあるのが世の常

特にその欠点が今回は大きく響いてきた

天王号の影響があるものの、撃鉄型は機動戦闘を前提とした軽量機

しかし華砲型はあくまで固定砲台としての運用を前提として設計・開発されている機体

専用の装備を付けねば追随しての行動が出来ぬほど鈍足な上、その装備は今回装着していない

射撃される方向へ向けて応射するものの、当たるはずもない

じりじりと後退しつつ、なんとかスクラップヤード最奥の廃工場に逃げ込む

さすがの西人らも場所が悪いとみたか、追撃せずに外で様子を伺っている

このままでは何も出来ずにやられてしまう

そう考えた葎の目に飛び込んできたのは廃棄された様々な機体の残骸であった

その中にはPFのようなものもあればTDのような大型のもの

しかし、それら以上に目を引くのは人ひとりが乗れそうな頭の無い馬のような機体

いや、正確に言えば前脚の部分が人を搭乗させられるような形状になっているのだ

そしてその場所には、ちょうど腰に当たる部分に何かしらのコネクターのようなものが見える

最早迷っている時間は無い

即座に駆け寄り、引き起こす

そのまま乗り込み、コネクターに自身のPF、いや

自分自身から伸ばした端子を差し込む

一瞬、自身に異物が挿入される感覚と共に骸の馬が立ち上がる

数歩足踏みをして各部に異常がないことを確かめる

西人の反応は未だに建物の外

一か八かの勝負を仕掛けに、廃墟の外壁を蹴破り飛び出した

その方向は、西人から見て左側

即座に走り出し、並走する形で撃ち合いを始める

しかし、こうなっては最早彼に勝ちの目はほぼない

葎が装備している大盾によりほぼ全ての攻撃が弾かれ、向こうの方から一方的に撃たれている状況

脚部の関節を狙った射撃もその盾に防がれる

その応対の中、分からないように葎が西人の進路上に向け、弾を撃つ

地面に深くめり込んだその弾は、時限徹甲榴弾

反応が遅れた西人らは爆発に巻き込まれ、高く打ち上げられる

なんとか空中で姿勢を立て直すも既に遅い

指向された砲口は既に彼を捉えており、最早逃げる隙などない

発射された大口径弾の過剰とも言える威力で弾け飛び、原型を留めているはずもない

結果は葎の辛勝であった



最初の相手はリンダウルズ・ドラクライト

使用PFは後期第2世代型飛燕の改装機『リンドヴルム』

超高速三次元機動戦を得意とする速度特化機である

制限時間は5分 戦場は仮想闘技場(空中)

リンダウルズが慣らすように槍剣を回し、大和へ穂先を向け止める

応えるように大和も腰の二振りの刀を抜き放ち、軽く数回振ったのち、彼女へ向け右手の刀を向ける

第1試合、開始


〜数分前〜


「こうしてお話しするのは初めてですね、大和殿」

「そうだね、リンダウルズさん」

二人が握手を交わす

大和と向かい合うのは一人の女学生

飛竜系竜人種、リンダウルズ・ドラクライト

「いえいえ、少し呼びにくいでしょうし、リンディで構いませんよ」

人懐こそうな笑顔を浮かべ、朗らかにそう告げながら手を差し出す

その手を取り、握手を交わしながら大和もくだけたように話す

「じゃあ、リンディさんって呼んでもいいかな?」

「えぇ、親しい友人達は皆そう呼んでくれていますから」

その後も少しの間話していたが、時間が来たようだ

スキャナーに入るように指示される

「では、あちらでお会いしましょう」

「うん、じゃあまた」

そう言って別れ、それぞれ相棒と共にスキャナーに入る

そして体から何かが抜ける感覚と同時に世界が切り替わった

戦場は仮想闘技場(空中)

天空にそびえる塔の頂上、成層圏に手が届きそうなほどの高所の闘技場

その中央にて対峙する二人

互いに武器をかまえ、カウントダウンを待つ

時間の表示が減り、残り五秒となった瞬間

『一手、お手合わせ願います!』

と大和へ呼びかけるリンダウルズ

『こちらこそ、お願いします!』

その言葉に、同様の言葉で返す大和

そして、カウントダウンはゼロに

そういうが早いか、リンダウルズが瞬時にスラスター出力を最大まで上げる

爆発的な加速は彼女を撃ち出すように一瞬で距離を詰める

離れた位置から一瞬で目の前に現れた槍の穂先

しかし、それに一切動じる様子もなく大和が手に持った刀を彼我の間に差し入れ、受け止める

『なんと!?これを止められてしまうとは!』

『直線的だったのでタイミングを合わせて滑り込ませました!』

『確かにその通りですが易々と止められては自信を無くしそうですね!』

しかし、その間も攻撃の手を緩めることなく槍のリーチを活かしての重く速い攻撃を繰り出し続ける

『では、これではどうですか!』

『ブレードランス・・・剣と槍の結合型ですか!』

一振りの大槍から長剣と短槍に分割する

そのまま距離を詰め、インファイトに移行した

両手の武器に加えて足部のクローブレード、更には背部のウィングスラスターに合わせて尻尾も交えた高速の連撃を繰り出す

それに合わせる形で大和も両手と背部、合計八本の刀で応戦する

その様子はまるで、一種の剣舞のような華やかさとブレイクダンスのような激しさを併せ持っていた

その動きの中、リンダウルズが尾を槍のように突き出し、大和の胴を穿たんと空気を貫く

それを見た瞬時、その動きに反応する

弾丸のように自身を弾き出し、前へ飛びながら旋回

そのまま振るった大和の一太刀がリンダウルズの尾を切り落とす

『いったぁぁぁぁ!私の尻尾がぁぁ!』

切られた尾の断面を抑え、あまりの痛みに地面を転がる

よっぽど痛いようで転げ回る姿は残像が見えそうな程だ

『仮想空間なんで外に戻れば治りますよ?』

『・・・それもそうですね、なら安心です』

その言葉に納得したようで、パッと切り替えて再び武器を構えた

その後も数合の打ち合いをした後、互いに距離を取る

『では、これで決着としましょう』

『はい、決めましょうか』

その言葉を起点に空気が変わる

大和は両手の刀を鞘に納め、居合の姿勢をとる

リンダウルズは結合した槍を矢のように引き絞り、左手を剣槍の腹に添える

踵が、足が。地面を削る音と共に深く、前のめりに

音が甲高くなるにつれ、噴進口から伸びる光は更に細く長く

間を遮るように吹く風がただ一瞬、ほんの刹那の間、


   止まる


溜められた力で弾丸のように弾き出される二人

槍の先端は迷うこと無く大和の心臓を穿たんと突き進む

瞬きの間の距離まで近づいた時、彼は動いた

向かってくるそれよりも速く抜刀し、柄を分断する

そのまま返す刀でリンダウルズの胸を袈裟に切り裂く

刃の反りに流され、背中から地面に勢いそのまま叩きつけられる

斜めに裂かれた胸と顔から血が溢れ出す

カラン、と音を立て顔面のアーマーが地に落ちる

『やはり・・・こうして空を仰ぎ見るのは慣れませんね・・・』

目尻から一筋の雫を伝わせ、目を閉じる

『あの時から・・・私はこうして誰かを下から見ていることしか出来ませんでした・・・』

左の手を空にかざし、閉じた目を開く

『いつかまた、自分の翼で羽ばたけたなら・・・空の果てまで行きたいものです・・・』

そして顔のアーマーを取り、吹っ切れたように言葉を紡ぐ

『ですが・・・ここまで遠い空は・・・むしろ清々しい気持ちになれますね・・・』

そう呟いた彼女の顔は、何処か嬉しそうだった


試合結果:大和の勝利



「あーっ!やっぱり負けてしまいました!」

「惜しかったな、主よ。あと半歩早ければ勝てていたぞ」

スキャナーのある待機部屋でリンダウルズがのたうち回りながら叫ぶ

それを慰めるのは擬装生体ユニットを起動させた彼女の愛機リンドヴルム

「落ち込んでいるのか・・・乳でも揉むか?」

「まさか!むしろとても嬉しいですよ!あととりあえず揉んでおきます」

どこから仕入れたのかよく分からない励まし方を提案し、それにのるリンダウルズ

しかし、その顔は悔しさ等は一切無く

むしろ清々しいほどに満面の笑みが浮かんでいた

「なにせ、目指すべき目標は高く遠いほど目指す甲斐があるのですから!」

そう言う彼女の顔は、新しいおもちゃを与えられた子供のように輝いていた



これ以降はダイジェストで紹介と結果をお送りしよう


第2試合

相手は下野兵二(しものへいじ)

使用PFは後期第2世代型の撃鉄改装機『ドラグノフ』、狙撃での奇襲戦を得意とする隠密型だ

「兵二だ、よろしく頼む」

制限時間は10分 戦場は森丘(厳冬)

位置を悟らせぬ狙撃の間、光の反射がほんの僅かに違う場所を探り当て、突っ込む

それを察知した兵二が即座にSMGで応戦するも一手遅く、大和の刀に切り裂かれ、試合終了


試合結果:大和の勝利



第3試合、相手は豊元八六(とよもとはちろう)、

使用PFは斬鉄・八六スペシャル、ヒットアンドアウェイ戦法を得意とする高機動型だ

「よぉ、おめぇさんが大和だな?俺は八六ってんだ、よろしくな!」

制限時間は5分 戦場は山岳高速道路(快晴)

互いが近接戦型の機体であり、動き回りながら一撃離脱を狙う八六に対し、止まりながらカウンターを狙う大和という対象的な戦法であった

膠着状態が最後まで続いたため、互いにほとんど傷を負うことなく時間を迎えた


試合結果:引き分け



第4試合

黒神朧(くろかみおぼろ)

使用PFは推定後期第2世代型の陽炎改装機『黒霧・黒影』

ほとんどの情報が不明であり出自や製造年月すら謎の陽炎型だそうだ

「朧、よろしく」

制限時間は5分 戦場は廃市街地(曇天)

途中までは大和が優勢であったものの、時間間際の不明な攻撃により致命的損傷と判定された


試合結果:大和の負け



第5試合

相手は佐藤茂歩男(さとうもぶお)

使用PFは前期第2世代型のハウンドドッグ型『城狗』

山林での隠密機動戦闘を得意とするハウンドドッグ型の一機だ

「よろしくお願いしますぞ、大和殿!」

制限時間は15分 戦場は森林(夜間)

あえて視覚を潰し、残りの五感を用いての探知で茂歩男の位置を特定

射撃後の僅かの硬直時間に合わせてカウンターを決め、勝利した


試合結果:大和の勝利



第6試合

東雲葎(しののめむぐら)

使用PFは後期第2世代型の華砲改装機『装(よそい)』

攻守のバランスと継戦能力を重視した華砲型の改装機である

「僕は葎。これからよろしく、大和くん」

制限時間は5分 戦場は塹壕陣地(丘陵地帯)

大和が下から攻め込む形での戦闘であり、細く長大な塹壕では移動や攻撃が可能なスペースも限られていたため、防御を固めながら後退しつつの射撃を行った葎が優勢判定を取り、勝利した


試合結果:葎の優勢勝ち



第7試合

武市西人(たけいちにしひと)・天王号

使用PFはそれぞれ後期第2世代型の撃鉄型『彗星』・非人型用第1世代斬鉄系PF『ホーヴヴァルプニル』

それぞれ機動近接戦用にカスタムされた撃鉄型と非人型の種族用に特注で製造され始めた斬鉄試作型

「俺は西人、こいつは天王号って言うんだ。これからよろしく頼むぞ」

「ヒッヒーン(まぁそんな訳だ。これから頼むぜ)」

制限時間は10分 戦場は草原(快晴)

大和は西人らの速度に対応しきれず、西人らは大和に対する決定打に欠けていたため、時間いっぱいまで進展はなかった


試合結果:引き分け



第8試合

テュール・L・ローズ

使用PFは第3世代型拳舞特装型『四疾(ししつ)』

本人のとある事情により特別に与えられた第3世代型拳舞の特装型

「私ローズっていうの。よろしくね!」

制限時間は5分 戦場は廃工場(特大)

テュールの様々な兵装を用いての多彩でトリッキーな攻撃に対し、あえての無手でのインファイトを敢行

試合終了1秒前の一本背負いを決め、大和が優勢判定を取り、勝利した


試合結果:大和の優勢勝ち



第9試合

その相手は九尾仙狐(ここのおせんこ)、日ノ川炬龍(ひのかわこたつ)、真白尾虎金(ましらおこがね)の三人だ

使用PFはそれぞれ後期第2世代型の華砲改装機『ナインフォックス』、拳舞改装機『ティーゲルヴァイス』、六道改装機『鬼磐(おにいわ)』

制限時間は25分 戦場は廃都市街(高層建築群)


そしてこの試合が、大和の中にいる『ナニカ』を目覚めさせるきっかけとなるのだった


「三対一・・・さすがに厳しいかもなぁ」

椅子に寄りかかりながらそうぼやく大和

その顔には焦りも恐れも無かったが、何か思い悩んでいる様子だった

「どうされました?主さま」

その顔を覗き込みつつ灰が尋ねる

その言葉に、いやね、と前置きをして返す

「多分普通に勝てるんだけどあの戦い方はやるなって母さんから言われててね・・・」

苦虫を噛み潰したような顔で続ける

「そうじゃなかったらちょっと厳しいかなって」

「ではどう致しますか?」

「まあ、やれるだけやってみるよ。アレを使わないで何処までやれるかも気になるしさ」

そう話す内に時間が来たようだ

「じゃあ灰、行こっか」

「はい!お供いたします!」

二人がスキャナーに入る

意識を失う直前、大和の視界の端に

黒い影のようなものが、見えた気がした



意識が覚め、目を開く

周囲に広がるのは既に廃墟と化した高層建築群

大和がいるのはその中央

巨大な十字路の中央に一人、佇んでいた

周囲を見る彼に、通信が入る

『ほな、よろしゅうな』

そう通信が入る

はんなりとした、大人びた雰囲気を纏う声

対戦相手の一人、九尾仙狐だ

『よろしく・・・ってあれ?どこから話してるの?』

『広域回線やからな。ま、そないなことはええわ』

言葉が終わると同時に、彼方のビルの屋上

キラリ、と何かが閃く

直後撃ち込まれる、強力なビーム

九条の光線が束ねられ、一本の極太のビームを形成したものが、大和に襲いかかる

初手、相手の知覚外からの先制攻撃

彼女のこの攻撃を耐えられた者は今までは居なかった

そう、今までは確かに居なかったのだ

今までと同様に、大和も倒れただろうと目を細め、笑う

しかし、細めていた目が大きく見開かれる

その光景は、まさに異常とも言えるようなものだった

『ビームを・・・切っとるの・・・?』

そう、切っているのである

強固な大盾すら一瞬で融解させるほどの威力を誇るその光線が、真っ二つに裂かれているのだ

『研ぎ澄まされた刃は光を裂く、ならば切れぬ道理は無し!』

そう言い放ち、切り払う

そこには装甲に傷や汚れも一切なく、無傷のまま大和が佇んでいた

『・・・無茶苦茶言いよるの分かっとる?』

内心冷や汗を流しつつも精一杯の強がりも込め、反論する

『まぁ・・・無茶苦茶言ってるのは自分でも思うけどやってる人いるし・・・』

『何処の誰やそないな人外さんは』

大和の発言に即座にツッコミを入れる

理論上は確かに可能ではあるものの、それが出来るのは最早人外と呼んだ方が早い

しかし、その人外はどの時代においても必ず一定数は存在する

『父さんと母さん』

『ほなしょうがないかぁ・・・でも、流石に想定済みや』

話しつつもミサイルやグレネードを撃ち込み続ける仙狐の弾幕の隙間を縫い接近する反応

『頼んだで、虎金はん!』

『うおっしゃあ!一撃貰ってけぇ!』

光線の防御に用いた大和の刀の横腹を目掛け、虎金がすかさず強烈な殴打を打ち込む

それすらも予期していたかのように左で持っていた自身の得物で防御したものの、当たりどころが悪かったようだ

『ありゃ』

その攻撃で手にしていた刀が無惨にも砕け散ってしまった

『剣が無くなりゃこっちのもんだ!』

渾身の一撃が決まったことで、猛獣の様な笑顔をフェイスパーツの下に浮かべる

しかし、そのせいでセンサーが捉えた危険信号に反応することが出来なかった

『フンッ!』

その刹那、大和の拳が虎金の左側頭部を正確に捉え、撃ち抜く

それは打点には一切の破損をさせなかったが、その裏

右側のヘッドアーマーを内側から弾け飛ばした

『ンにゃぁっ!?』

数瞬遅れて虎金が可愛らしい悲鳴をあげたが、その威力は一切可愛いなどと言えるような代物ではなかった

その証拠に、彼女が何度か立ち上がろうとするも、その度にふらつき、地面に倒れ伏す

『剣が無くなっても戦えるようには育てられてるからね』

崩れ落ちた虎金を見下ろしつつ、大和が呟く

『なんだよ今の技・・・頭がクラクラする・・・』

『側頭骸撃、側頭部をいい感じにぶん殴って脳に振動を直接与える・・・だったっけな?』

『う・・・ぐぅ・・・っ』

聞こえているかいないか頭を抑えてうずくまる虎金から視線を外し、仙狐とは別方向

廃墟の近くで何やら作業をしていた炬龍が土煙を上げながら迫ってきていた

『虎金ちゃんに何をするんだぁ〜!!』

『え、何って・・・攻撃?』

サラリと言い放たれた一言

だが、逆にその一言が、虎金の友人の逆鱗に触れた!

『ち"く"し"ょ"う"っ"!許"せ"ん"!』

迫り来る炬龍に対し、刀では相性が悪いと判断したのか

腰の鞘に納めると両手を強く握り込み、迎え撃つ

真正面からの豪快な殴り合い

炬龍はPFの性能を最大限活かした、損壊部を治しながらの回避を一切しないスタイル

対する大和は自身の身体能力を最大限発揮し、一撃も貰うことなく避け切り続けるスタイル

しばらくの間拳打の暴風が吹き荒れるがそれも長くは続かない

少しづつではあるが、炬龍のPFにダメージが蓄積し続けている

幾らPFが高い汎用性を持つとはいえ炬龍のものは回復・支援に秀でる機種、正面からの殴り合いはあまり得意では無い

『っ・・・!?』

大和の拳打で一部が歪み、突き刺さったフレームに顔を歪める

その一瞬を見逃さず、炬龍に向けて拳を突き出す

しかし、その一撃は彼女の想定外のものだった


パンッ


と乾いた音が響き、コンクリートの森林を木霊する

ねこだましだ

だが、それは一瞬身体を仰け反らせ、思考を停止させるには十分なものだった

その一瞬があれば十分

即座に腰に戻した刀の柄を握り、振り上げる

それすらも何とか反応し、一歩後ずさって避けるも、再度刀が閃く

勢いそのまま切り返された上段からの唐竹割りが彼女を真っ二つにしようとしたその瞬間

『うぉぉぉぁぁ!真剣白刃取りぃぃぃぃ!』

『あっ、ヤバ』

それはまさかの白刃取り

両手のひらと刀身が擦れあげられ火花を散らす

そこで、不思議なことが起こった

手のひらで挟まれた刀が変形し、ぐにゃりと形を変えねじ曲がる

これでは最早斬撃武器としても打撃武器としても意味をなさないだろう

『よっしゃ取ったぁ!』

と、歓喜の声を上げるもそれは長くは続かない

『あー・・・でも、まだあるよ?』

バカリ、と背中にアームで保持された刀を展開する

今のギリギリの勝負で今年の運はおろか一生の運を使い果たした気すらする今の動作

それをあと十回以上せねば武装解除できないと気づいてしまった

『え・・・あーっと・・・勘弁できませんかね?』

と額に冷や汗を伝わせながら懇願するが、残念ながらこれは勝負

『勝負だから、諦めてほしいかな』

『やっぱりダメかぁーーー!』

コミカルな走りで逃げる炬龍とそれを追いかける大和

彼我の間隔は縮まったり、離れたり

その中で廃墟市街に逃げ込む炬龍

それを追いかけ飛び込む大和

しかし、その場所は既に蜘蛛の巣の中だった

所々が脆くされた構造物にトラップだらけの道路

それらを掻い潜りつつ、追跡し続ける

そのうち少し大きな広場に到着すると、瞬時に砲撃が襲いかかってきた

それを難なく切り払い、砲撃の主を見つめる

『はーっ・・・あれ防ぐんかぁ、自信無くなるわぁ・・・』

仙狐が目頭を抑えながらそうつぶやいた

だがしかし、と大和の近くを指さす

『でも、懐がガラ空きやで?』

瓦礫に偽装された隠れ場所から瞬時に虎金が飛び出し、固まっている大和の横っ面を殴り飛ばした

『よっしゃぁ!まずは一撃!』

虎金が歓喜の声を上げる

打ち据えられた位置に大きくヒビが入る

吹き飛ばされた衝撃と頭を強く揺さぶられた影響で上手く受身を取れず、廃墟に背中から突っ込んだ大和

崩れ落ちる高層ビルに巻き込まれ、姿が見えなくなる

砂塵が晴れる頃、残骸の山頂に幽鬼の如く佇むひとつの影

さしもの彼もあの物量、そして重さには対応しきれなかったのだろう

灰からは装甲が幾つか剥離し、そこからは血が流れ出している

その中、彼に異変が起こる

カメラ部が明滅するフェイスパーツ

そこにあるヒビから赤黒いモヤが漏れ出し始めたのだ

ゆっくりと全身に広がるヒビからも同様にモヤが漏れだし始める

そのモヤが腕を伝い、手にしていた刀にまとわりついた

それが固まり、漆黒の歪な形状の一振りの刀となる

その切っ先を地につけ、なぞるように大きく振り抜く

直後、世界が裂ける

文字通り、真っ二つにだ

本来ならば一部の状況を除いて仮想空間の破損など起こらないはずの装置

しかし、今起こっているのは、まさにその一部の状況なのだ

そしてその一撃で、その一瞬で、世界が塗り変わる

青い空の廃都市街だったはずのフィールドは鮮血よりも赤く、赤よりも紅く、紅よりも赫く染まった大地と空に

幾つもの何らかの機体の残骸、生命の亡骸、戦闘の爪痕

電子の世界を侵食し、現れたその光景はまさに地獄



暗い部屋の中、大量のモニターに囲まれ何やら作業をしている人影

学園に駐留している始祖機の一人、影人だ

学園中の『最重要区画』と呼ばれている施設の情報がリアルタイムで送られてくるその中の一つ、とあるモニターが真っ赤に光ると同時に警報音を発しだした

「ん・・・なんだろ・・・」

モゾモゾとモニターを引き寄せ、覗き込む

表示された情報に目を大きく見開く

「え・・・テスタールームでレベル5のエマージェンシー・・・!?」

即座に近くのキーボードを手繰り寄せ、目にも止まらぬ速さで何かを打ち込む

「電子空間侵食率58%、デバッグが間に合ってない。それにこのやり方・・・間違いない、アイツだ!」

更に何かのコードを打ち込む

「エマージェンシーコード611、テスタールームとの有線・無線回線を全て切断。続けてプロテクトウォールを全て起動、ASシステムを緊急作動!」

影人が打ち込んだコードにより、テスタールームが電子的にも物理的にも切断される

「天照・・・君は、何を考えているんだ・・・?」


『クゥッ!』

仙狐が恐怖を押し殺し、やぶれかぶれの砲弾を放つ

しかしそれは、音すら超えた勢いで骸の山に打ち弾かれる

センサーすら知覚できない速度で殴り飛ばしたのは、大和である

いや、彼の形をした何か、と言うべきだろうか

(ナニモンやあれ・・・どう考えても人やないやろ・・・!)

一瞬の思考の隙、そこを見透かされ、悟られてしまった

刹那、目前に迫る大和の様ななにか

既にその体制は彼女を蹴り飛ばさんと大きく振りかぶられている

『あ』

本能的に回避の動きを取る

しかし、その程度の動きで容易く逃れられるほど甘い相手では無い

今まさに致死の蹴撃が彼女の頭部を打ち砕こうとしたその瞬間

『仙狐ちゃん危ない!』

二人の間を遮るように分厚い壁が迫り上がる

その防壁は蹴られた瞬間に粉々に砕かれたものの、

ただ一瞬、ほんの刹那の間、時間を稼ぐことができた

その僅かの間で彼女は自身の尾を用いて後ろに跳ね飛ぶ

上手いこと逃れた先では炬龍が地に手を突き刺し、何かを操るようにモゾモゾと動かしていた

『間一髪助かったわぁ。あんがとな、炬龍はん』

『こっちいじるのは初めてだったけど上手くいって良かったよ・・・けど、アレ』

手を引き抜き、大和を見る

それは灰を纏った大和のはずのもの

極限まで削ぎ落とされたはずの装甲は醜く歪み、ねじ曲がり、変色している

銀灰色に輝いていた装甲は黒く鈍く光り、等間隔に拍動する喑血色のラインがその表面を不規則に走る

その装甲の隙間

眼部の狭間から覗く虚ろな目

虎金はその目を見た

見てしまったのだ

二人の目線が交錯した瞬間、目の前に腕を大きく振りかぶった大和が現れる

咄嗟に体をひねり、打点をズラすも既に遅い

本来ならば胴体を貫くはずだった拳は左肩の付け根に当たり、

その腕を千切り飛ばすと同時に、余波で彼女の体を枯葉のごとく吹き飛ばした

勢いそのまま地面を何度も何度も水切りのように跳ねる

止まる頃には最早ボロ雑巾のような有様であり、全身のアーマーは砕けひび割れ、フレームはひしゃげ、体に突き刺さっている

ゆっくり、ゆっくり

一歩ずつ、一歩ずつ

武器を携え、虎金へと歩み寄る

『虎金ちゃん!』

瞬間、その声と共に大和の背中に光弾が飛来する

しかし、それはたどり着く前に背部のブレードで真っ二つに切られ、見当違いの方向へ飛んでいく

その方向へ振り返り、彼女に切りかかろうと足を踏み出そうとしたその瞬間

動きが止まる

虎金が辛うじて動いた右腕に装着されている腕甲から伸ばしたクローで、大和の片足を突き刺していた

「せめて・・・片足は、貰ってくぞ・・・!」

壊れたフェイスパーツから除く目がそれを見下ろし、眼中に捉える

それは異常なまでに冷たく、失望と怒り、そして、悲しげな目

先程までの大和の優しげな眼差しは無かった

その奥に、何かを見た虎金は、酷く怯えながら尋ねた

「お前・・・大和じゃねぇ・・・誰だ・・・!?」

「・・・・・・・・・」

突き刺された足をそのまま虎金ごと振り上げる

飛ばされ、地に落ちる彼女を脳天から垂直になるように切り裂く

そして、ドチャッと音を立て地上に落ちる頃には、虎金「だったもの」に変わっていた

それを見た炬龍が激昂し、突っ込もうとするのを仙狐が静止する

何やら様子がおかしい

虎金を切り裂いた直後から微動だにせず、その場を動こうともしない

その状況下、ほんの少しだけ大和の口が動く

小さく短く、ただ一言呟く

『・・・メルクリウス』

瞬間、大地が粟立つ

大和の足下に出現した流体金属のように光り蠢く水溜まりが一瞬で血の大地を覆い尽くす

それと同時に周囲に存在していた機体の残骸達に火が点る

悲鳴のような軋みとガス欠の車両のように煙混じりの推進炎を光らせながら二人の周囲を隙間なく、一切の逃げ場なく囲い尽くした

そこからは、蹂躙であった

二人の兵装は確かに強力ではあった

しかし、如何せん数が多すぎた

大量の敵に取り囲まれ、四肢を拘束され、原型を留めぬほどに破壊される

群れが散った後に残されたのは、金属と有機物が入り交じった、ふたつの物言わぬ肉塊だけであった

それを無言で、表情ひとつ変えることなく見届けたソレは、黒いモヤのかかった刀を地に突き立てようとした

『そこまでじゃ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』

幼くも荘厳な声が二つの世界に響く

その声に、動きが止まる

片方は現実の場に、もう片方は仮想の世界

後半は文字化けがかかったような音で聞きとるとこができなかったが、その声は確かに天照のものだった

【あぁ?んだ、日孁じゃねぇか】

『全く・・・久々に目を覚ましたと思いきやここまで暴れるとは・・・』

【喧しいぞクソ姉貴、よくもまあ万年単位で封印してくれやがって】

『貴様が散々大暴れしたからであろうが、多少も反省しとらんとは』

【いい加減うんざりなんだよその口調、だからロリババアなんて言われんだよ】

『うるさいわ!』

【それに、やっと自由に動けんだ。あんま邪魔すんなら・・・喰い殺すぞ?】

『やはり貴様は変わらんな、さしものワシでも気圧されそうになるほどじゃな』

【嘘こけ、毛ほどもびびっちゃいねぇ癖によォ】

『さすがにやり過ぎじゃ、そのままでは大和が耐えきれずに死ぬぞ?』

【チッ・・・ここまでか。コイツにここでくたばったら面白くねぇ。いいぜ、今回は乗ってやる】

直後、画面がプツリ、と電源が落ちたテレビのように消える

その後に残ったのは、気味の悪い静寂だけだった


「何・・・あれ」

「ほんとに大和君なの!?」

「電子空間を侵食なんて聞いたことない!」

呆然としていた面々が堰を切るように口早に話し出す

「まあ落ち着け貴様ら」

制止する声が聞こえた

その声の主は天照

「落ち着けって言ったって・・・」

「とりあえず今見た事は全部忘れてもらおうかの?」

さすがにあんなものを見た後に忘れろとは無理な話だ

そう全員が思った瞬間

どこからか笛の音が流れ始める

荘厳でありながらもどこか恐ろしげな、一糸乱れることなく神がかったほどに整った旋律でありながらもその音全てが不協和音であり狂っているようにも聞こえる

その音を聞いた者たちは生気を抜かれたような表情でその場に立ち尽くす

目に光は無く、まるで洗脳でもされたかのような様相であった

「すまぬの、ハーメルン」

天照の影からもうひとつ、するりと伸びた影が立ち上がり、色彩を増す

ハーメルンと呼ばれたその姿ははるか過去に伝わる吟遊詩人のようでありながら、近未来的な装飾を施す、チグハグなものだった

「いえ、構いません。私としてもマスターの目覚めは悲願の一つですからね」

「こ奴らの記憶は?」

「既に消去し別の記憶で補完しておきました。電子媒体の記録も全て書き換え済みです」

「相変わらず仕事が早くて助かるわ。」

ふたりの会話を聞くものは居ない

聞こえていても、きっと覚えてはいないだろう

「では、私はこれにて」

「うむ、ではまたな」

そう言ってハーメルンと呼ばれた人物は姿を消す

その少しあと、全員が目を覚ます

彼らの見る先にある画面に映るのは、決着の文字

勝者は、大和

それぞれの決まり手は

仙狐:逆袈裟による致命撃

虎金:頭部打撃による致命打

炬龍:殴り合いによる消耗負け

となっていた

全員がその結果に微かな違和感を覚えつつも、そのまま後片付けに入る

その本当の結果を知っているのは

天照、ハーメルン

そして、少し目を回している大和の中の

『ナニカ』だけであった


第五話『手合わせ・宴会・風呂トーク 中編』 完

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