avenge〜開闢〜

 まるで巨大な砦を形成するように連なる建物。

 14階まである住宅団地が綺麗に整列している。


 だが、その端正な外見に混ざって、窓の割れた部屋や、ラッカーで落書きされている部屋などが存在している。

蔦が無造作に伸びた壁が団地の雰囲気をさらに暗くさせていた。


「……ここが貴方の部屋?」

 14階まである団地の中の3階、1番右端。

 そこがイーグル——鷲澤カムリの住む家だ。


「ああ。少し汚いが、そこは我慢してくれ」

 “J”は銃から少女の姿へ変わり、キョロキョロと辺りを見回す。

 そしてカムリを見上げて露骨に嫌な顔を浮かべた。


  脱ぎっぱなしの衣服、いつからあるのかわからない弁当ガラ。床の上に捨てられてるリモコン、タコ脚になっている配線……


「少しどころじゃなくてとても汚いけど……?」

「悪いかよ。一人暮らしはこんなもんだぞ」

「普通の一人暮らしはもっと綺麗じゃないの?」

「どこで知ったんだよ、その知識……」

 

 あまりにも、部屋が汚すぎる。

 それは、仮にも少女である“J”の気分を害すには十分なものだった。


「で、なんか食うか?」 

 カムリは既に台所でスタンバイしていた。

 “J”はフルフルと小さく頭を横に振る。


「わたしの動力の供給源は貴方に接続されてる。つまりわたしは何も食べなくても平気」

「意外にハイテクなんだな、お前」

 感心するカムリ。


 しかし、“J”のお腹の中からキュルルーと可愛らしい音が鳴る。


「……」

「やっぱ、普通じゃねえか」

「そんなこと……ない」

 恥ずかしそうに俯く“J”。白い肌が赤く火照っている。


「いい、いい。強がりは良くない。待ってろ」


 そう言って“J”を机の前に座らせるカムリ。

 冷蔵庫から色々と取り出して火にかけていたフライパンに次々と入れていく。

 油が焼けていく音が響いた後に部屋に広がる香ばしい匂い。


「ほい、出来たぞ」

ものの数分で机の上に置かれたのは、ただいろんなものを入れて炒めただけのだった。


「……」

 その焼き飯を“J”は注視してみたり、スプーンでつついたりしていく。

「なんだ、食わねぇのか?」

「未知の食べ物みたいね……」

「未知かどうかは食えば分かる」


 おそるおそる焼き飯を乗せたスプーンを口へと運ぶ“J”。

 もぐもぐと口を動かした後に、電撃が走ったかのように身体全体を跳ね上がらせる。


「……美味しい」

「だろ?脂と飯さえあれば大体美味いんだよ」

 カムリはニカリと白い歯を見せて笑う。


「ガサツだけど、こういうのはセンスがいいよね」

「ガサツで悪かったな」

 

 そんなカムリを見ながら、おいしそうに焼き飯を食べている“J”。


 こうしてみると彼女も純粋に幼い少女なんだなと感じてしまう。


 別にロリコン、というわけではないのだが、彼女を見ると庇護欲が湧いてしまうのは仕方ない事なのだろう。

 それ故に、彼女が一介の兵器であるという事を疑ってしまう。


「なあ、J。お前本当にその、なんちゃら兵器ってヤツなのか?」

“J”はゴクンと嚥下した後に口を開く


「証拠は見てるでしょ?あの白いショットガンが、わたしなの」

「そうは言っても、変形する理屈が一切分からないし、見たところ普通の人間じゃないか」


 そう言ってカムリは“J”の頬を指で触ってみる。

 ぷにぷにと柔らかい感触を感じる。


「……勝手に触らないで」

 冷たい視線を送る“J”だが、カムリは指で触るのを止めない。


「やっぱり、人間なんだよなぁ。もっと、こう……ロボットらしいかと思ってた」

 そう言って首を傾げるカムリ。


「ロボットらしさ……ね。あった方が楽だったのかも」

“J”の小さな手が、スプーンを机に置く。


「本当は……ワタシ達は26人の少女をベースに作られた人造人間。ロボットというよりホムンクルスの方が言い方としては近いわね。私たちに埋め込まれたプログラムの中に“銃としての構造”があるだけ」


「ホムンクルス……もしや……“ステラ-26”計画プロジェクトか?」


 カムリの吐いた言葉にわかりやすく動揺する“J”。

 そんな彼女を尻目に頬杖をつきながら焼き飯をスプーンでいじるカムリ。


「四菱、マツシバ、日重、相模……日本本土の四大企業財閥が合同で開発した人間兵器製造計画によって造られた試作品の26体……そして生まれた個体には生まれた順番からアルファベットをつけられる……“ステラ-26”。本当に存在していたとはな」


 しかし、ステラ-26は3か月間の試験運用中に不具合が起こり、事業が凍結された。

 見切り発車で実戦投入された4体を遺して。


「ええ……そうよ。私は姉妹と一緒に研究所で生まれた。10番目の子供として。でもみんなは互いを家族だとは思っていない。ただの他人だと思ってた。同じ場所で生まれただけの赤の他人」


「……寂しくなかったのか?」


「別に……わたしたちの行動は全てプログラムとして組み込まれてるから。血縁なんて意味はない」


「さすがは最新鋭だったシティの技術というべきか、それとも……非人道的な異常者達というべきか」


 そう言って、冷めた焼き飯を口に運んでいくカムリ。

「そういえば、俺をヒーローにしてどうするつもりだ?」

 カムリの質問に“J”の眼光が鋭くなる。


「あの話は無しって言うつもり?」

「まさか。断ればお前との接続契約が切れて死ぬ。それだけはごめんだ」


 “J”の視線が和らぐ。

「……2度目の生に執着してるの?」

「いや、2度も死にたくないだけだ」


 そう言って彼は肩をすくめた。

 それを見た“J”も肩をすくめた。


「そう……あなたには、シティに潜む巨悪をみんな殺してもらう」

「巨悪……か。マフィアとか、暴力団とかの事か?」

「強いて言うなら、を殺してもらう」


“J”の真っ白な瞳の奥に灯される深黒の殺意。

「……マジかよ」


「うん、本気」

 唖然とするカムリを前にして“J”はニコリと微笑む。


「あなたにはこのシティを支配する企業“四菱”の追放をやってもらう」


 エイスバナー東部。

 昼間なのにも関わらず、煤煙で暗くなった空。

 製鉄や造船で栄えている工業区域。

 いくつもの工場が乱立し、大気や河川を汚染していた。


 その手前500メートル。

 小さなビルの屋上から、前方に広がる工業団地を眺めるカムリ——イーグル。

「……なんだってこんな煙臭いとこに来るんだ」

『ここを制圧する。あなた一人で』

 彼の背負った真っ白なショットガンが冷たくイーグルを突き放す。


『目標は四菱重工の本部の占領。まさか相手も一人でくるとはおもわないでしょう?』

「それはそうだが、明らかに俺一人は荷が重すぎるだろ!!」

『大丈夫。相手は一般人、MiGとSIGの違いも分からない』

「んなもん、俺も分からねぇよ」


 舌打ちしながらも屋上に立てられた柵の上に立つ。

「まあ、仕方ねえ。報酬は高く付くぞ!!」

 跳躍。そして、飛翔。

 その姿はまるで羽撃く鷲の如く、黒い空を飛ぶ。

“J”との身体共有の結果、身体能力が飛躍的に上がった。

 今回の跳躍もその恩恵。


『100メートル先、敵散兵、確認。小銃を持ってる』

「警備員か。干渉したところで時間の無駄だ。迂回する」

 そう言って物陰に隠れるイーグル。


 体力消耗を抑える為に極力戦闘は避けたい、とは考えている。

 銃は基本的に弾丸が尽きてしまえばおしまい。

 その後に殴る蹴るなどが出来るとしても1対多の場面でやるのは悪手。

 出来るだけ隠密に行動するのは当然の事なのだ。


 実際、何百平米もある工場区域の中で本部を探すのにも一苦労する訳であり、本部に辿り着いたとしても何があるかは分からない為、弾数と余力は出来るだけ残したいところ。

 加えて、今のイーグルには確信のない不安があった。

(何か嫌な予感がするな……)


 そして、イーグルの勘はしっかり的中した。

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