repentance〜祈祷か弾丸か〜
ゴシック様式の装飾に凝った壁、磨き抜かれた艶やかな木製の椅子が並び立つ
奥にはまるで工場機械かのごとく荘厳なパイプオルガンが鎮座している。
神父によって静かに教会内に響き渡るオルガンの演奏。
“
月光に照らされた教会で、たった一人の礼拝者へ向けての演奏だった。
その教会の一番前の席に座っていた礼拝者——黒髪を短く切り揃えた少女——が、ちょうどオルガンを演奏し終えた神父に自身の罪を懺悔しようと足元に擦り寄ってきた。
「ああ、神父様……」
黒い修道服に身を包んだ老人が、少女を慈しむように見下ろしている。
手に持った聖書と首に下げた十字架が彼を聖職者だという事を明らかにさせていた。
落ち着いた雰囲気や優しい眼差し……それらは間違いなく少女の懺悔と勇気を受け止めようとする志そのものであった。
「ああ、神父様。どうか私に懺悔をさせて下さい」
「どうぞ、私はここで神の声をお伝えしますので、貴方はこちらで」
「神父様……」
「『
神父の優しい言葉に少女は瞳を潤わせて跪く。
「ああ、神よ。私は畏敬すべき親の元から逃げてしまいました。どうか私を……」
はっきりと言葉を紡いで神の代理である神父に己の罪を吐露する。
しかし、直後に神父が告げた言葉は予想外のものだった。
「ああ……私がそう仕向けたからね」
「……え?」
唖然として顔を上げた少女は、神父に腹を蹴られ飛ばされる。
「っあ……神父、さまっ……!?」
「あどけない子供というのは、やはり単純なものだよ。神の言葉を騙れば易々と信じてくれる」
ゆっくりと近づきながら和らいだ笑みがどんどん歪んでいく。
「君は純粋だ。しかし、それは君が愚かであるというのと同じ」
神父は下卑た表情を浮かべて息を荒げている。
「ああ、3ヶ月ぶりの処女だ」
神父は床の上で蹲る少女の衣服を剥ぎだす。
「君は他の子に比べて早くに手駒に堕ちてくれた。嬉しいよ」
少女は叫ぼうとするも、神父の手に口を塞がれて息を吐けない。
「怯える事はない。ここの警察など、金を払ってしまえばいくらでも見逃してくれる……おっと君には関係なかった」
乱暴に衣服を引きちぎられ、露わになる下着。
皺だらけの神父の手が少女の胸部をいやらしい手つきで触れる。
「い、いやぁっ……」
「まぁ、夜は長い。存分に楽しませておくれ」
下衆となった神父の顔が少女の顔に近づいていく。
その時だった。
バリィィィィン!!!!
聖母の描かれたステンドグラスが割れ、人影が飛び出す。
「……!?」
慌てて振り返る神父。
その視線の先、ステンドグラスの向こう側から現れた男が一人。
衣服についたガラスの破片を落としながら神父の方を見て笑う。
「よぉ、おイタやってる最中で、すまねえな」
「……貴方は?神聖なる聖母の硝子絵を蹴破ってくるとはなんとも不敬な——」
「今更、聖職者ぶったところで遅いんだよゴミカス。現にその聖母様の前で致そうとしてたじゃねえか。不敬なのはどっちだ」
「うるさいっっ!!貴方は一体何なのですか!!」
男は、担いでいた白いショットガンを回して怒鳴る神父に向ける。
「イーグル。便利屋イーグルだ。地獄の土産に覚えとけ」
名を告げると同時にショットガンの引き金を引く。
鈍重な発砲音が、教会に鳴り響く。
神父の右腕を直撃する弾丸。
身体の肉が弾け飛び、肩から先が捥げる。
「いぎゃあああああああああ!!!!!!」
悶え叫ぶ神父。
しかし、ショットガンの銃口はまだ向いたままだった。
「い、イーグル。まさか……掃除屋の……」
「やっぱり俺、結構有名なんだな。お前の悪名が高すぎて霞んじまってら」
照れの混ざった苦笑を浮かべた後、今度は神父の左腕を撃つ。
「ぐああああああああああ!!!!」
左腕は捥げなかったものの、散弾による苦痛に悶える。
「大塚・ヘンリー・道隆。クリスト教会の神父でありながら多くの少女たちを強姦した……少しはいたぶらねぇと気が済まねえな」
そう言って右足、左足に散弾を撃つ。
哀れな悲鳴が教会に虚しく響き、神父は床へと倒れる。
「た、助けっ……」
「お前に憐れみの言葉はない。贖罪も懺悔も祈望も」
そう告げて懐から取り出した緋色の拳銃を頭に押しつける。
2発。
弾丸を神父の頭に撃ち込んだ。
後頭部から赤い血溜まりが徐に広がる。
イーグルは立ち上がり、死体を蹴り飛ばす。動かない事を確認して、教会の扉から堂々と帰ろうとする。
「あ、あの……」
教会に響く少女の声にイーグルは歩みを止めた。
「礼はいらねぇよ。元々、頼まれたもんだからな」
「で、でも……」
「神を信じるよりも先に、自分と家族を愛せ。俺から言えるのはそれだけだ」
そう言って割ってきたスタンドグラスの窓から去っていった。
教会を出ると満天の星空が見える。
イーグルは静かに星空を眺めながら歩く。
『……やっぱり、只者じゃないね』
突然、白いショットガンから声が喋りだす。
「普通だよ」
イーグルは平然と答えた。
「しかし、やっぱり不思議だぜ」
そう言ってイーグルは顎をさする。
「まさか……ただのガキが銃になるなんてな」
彼の手にある白いソードオフのショットガン。
その正体は少女“J”だった。
『…そこは驚くんだ』
「そりゃあ、可愛い女の子が銃にって言われたらみんな目を疑うだろ?」
『生き返った事も目を疑うと思うんだけど』
「まぁ、そうだな。とにかく、その次代なんちゃらってのは……銃になる少女って認識で大丈夫なのか?」
そう言ってイーグルはまじまじとショットガンを舐めるように見ている。
『視線がいやらしいんだけど、気持ち悪い』
「別にいいだろ。減るものじゃねえし」
『……デリカシーないね』
呆れる“J”。
“次代少女兵器”——それは少女の形をした兵器。それぞれに対応するアルファベットで名付けられており、A〜Zまでの26体いるという。
『でも今、存在するのはワタシを含めて4体。他にA、V、Zがいる』
「さも意味ありげなヤツしか残ってないな」
『私たち4人は“戦地”に行ってた。優秀だったから』
「……戦地」
次代なんちゃらだとか、戦地だとか何やらよく分からない言葉が多い。
『それ以外は凍結。みんな、ガラスの中で眠ってる」
「……助けたいのか?」
『また、いつか、機会があればね』
答えを濁したままの“J”。
「それでヒーローってのは、要はお前の指示通りに動けばいいって事か?」
『まあ、そういう事。どう、やる気になった?』
「報酬とかあるんだろーな?」
『あるわけないでしょ』
「そこはなんとかしてくれよ。ボランティアは嫌いなんだ」
『人を殺すの、慈善にしてたつもり?』
しかし、イーグルは不貞腐れたまま。
“J”は小さなため息をつく。
『分かった。何か考えておく』
渋々、頷いた“J”にイーグルは、
「OK、高くつくから覚悟しとけ」
そう言って笑った。
(だが——)
イーグルはその笑顔の裏で、最期の記憶を思い起こす。
撃たれる前に見た最後のジョセフの顔が鮮明に記憶に残っていた。
“お前はもう不要だ”
ショックという訳ではない。
ただ、未来が少し漠然としたように思えてきた。
(……俺は、これからどうなっていくんだろうな)
彼はまだ知らない。この都市を、この国を巻き込む事件の事を
そして“J”と共にその事件に巻き込まれていく事を。
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