圧倒

「こいつら、舐めやがってぇ……兄貴っ!」

「ああ。この身に泥を被せた屈辱、何より侮辱的な言葉の数々絶対に許さん! カリム、二匹ともこの場で必ず殺せ! 肉片すら残らずとも構わん! いいなっ!」

「そう来なくちゃなぁ……いくぜぇっ!」


 俺たちに迫る竜人の兄弟は、共に目を血走らせてこそいるが表情は対局。兄は誇りを穢された怒りで顔を歪め、弟は戦闘狂に気質があるのか狂気を宿した笑みで顔を歪めている。

 兄弟だというが、その心根は随分と違うらしい。まあ、そちらがバラバラで来るなら、こちらは結束して挑むだけのこと。団体戦は、結束した方が強いってことを教えてやる。


「エルマ! お前のあの青白い炎、最大出力で出せるか?」

「えっ? 出せるけど、アイツらの固い鱗を破るだけの火力は無いわよ?」

「それでも十分! 全力でぶちかましてくれ!」

「……ああ、もう! 分かったわよっ!」


 エルマはその両の手に、青白い焔を創出する。

 そしてその炎は瞬く間に大きくなってき、二つ共に掌大にまで育ったところで。


「燃やせ、【霊魂の焔(ウィスプ・インフェルノ)】!」


 両の手を合わせて、凝縮した青白い炎を放出する。

 青白い炎は瞬く間に二人へと迫るが。


「はっ! 何をするかと思えば、芸の無い。こんなの効くかよっ!」


 弟が掌を差し出すと、放出された青白い炎による火炎放射を受け止める。


「――くっ!?」

「何度やっても無駄なんだよぉっ! そんな炎じゃあ、俺は焼けねえ! この俺様の竜人族歴代最強の防御力を誇る硬質皮には、傷一つだって――」

「付けられないって? なら別に、攻め方を変えればいいだけだよな?」

「――っ!? てめぇ、いつの間に!?」


 つくづく思うが、ぬいぐるみ二頭身であることは戦闘で立ち回る上で意外と便利。

その小ささ故に乱戦となれば容易く相手にロストされるし、その上風魔法による空気を操作しての光の屈折を組み合わせれば発見の難易度は更に上がる。まして、エルマと組めばその炎の熱気による熱揺らぎで余計に俺が潜んでいる場所を見つけ辛くなるワケで。


「隙だらけのお前の懐に潜り込むなんて、そう難しくはないんだよ」

「――このっ!? 舐めた真似を……へっ! けどなぁ、接近したから何だってんだ?」

「ここまで接近出来れば上出来。一つ聞くが、焼き加減は何がいい? レア? ミディアム? それとも、ヴェルダン?」

「はぁ? お前、一体何言ってやが――なっ!?」


 瞬間、エルマの発した青白い炎の火力が増していく。

 魔法で産み出された炎とはいえ、炎であることに変わりはない。燃焼の原理原則は、元居た世界から大きな違いはないのだ。そうなれば、後は風魔法の領域。弟トカゲの周囲の酸素や水素の濃度を調整してやれば、炎の火力はどこまでも上がっていく。そうして際限なく上げていった結果。


「ぐぎゃぁあああああああっ!?」


 青白い炎はいつしか天高く聳える炎柱へと化け、空をも焼き尽くす。

 巨大な炎柱に飲み込まれ包まれた弟トカゲに、成す術など無い。自分の周囲の空気が高熱を帯び、その熱を帯びた空気は自然に行い呼吸によって喉や鼻から体内へと侵入する。そうなればもう、後は簡単。内側からじっくりと、熱によって炙られていくのみ。

 つまるところ、火刑の論理である。諸説あるが、火炙りの死因は全身火傷以外にも熱した空気を吸い込んだことによる内部へのダメージによって――とも言われている。今回はそれを応用したワケである。如何に炎では焼けない表皮を持とうが、体の中なら話は別。

 そうして炎柱による火炙りでじっくりと焼いてやれば。


「がっ、がはっ……」


 炎柱が効力を失って霧散したと同時に出てきたのは、目口鼻耳の穴という穴から黒煙を吐き出しながら崩れ落ちる弟トカゲ。温度を上げ過ぎたせいか自慢の表皮にもしっかりと焦げ目がついており、これではさながらトカゲの丸焼きである。


「ま、あまり美味そうじゃないけどな」

「か、カリムぅううううううう! き、貴様らぁああああああああっ!」


 弟の無様な死に際を目の当たりにした兄貴の激情が、森に木霊する。そしてその翼で上空へ高々と上がると、急転。そのまま俺たち目掛けて急降下を敢行してきた。

 ああ、そういえば。弟を先に始末するに当たって邪魔されないようにと、エルマが弟に火炎放射で足止めをしてくれている間に風魔法による動きを抑制する細工を施しておいた筈なのだが、まさかそれを怒りのパワーで無理矢理破って来るとは思っていなかった。

 全く、大した脳筋ぶりではないか。いや、弟を思う兄の想いの力というべきか?


「死ねぇえええええええええええええええっ!」


 絶叫と共に、兄貴が目指した先にいたのはエルマ。

 成程、先に火種を潰して炎柱の攻撃を止めようという肚か、或いは単純に弱っているから先に潰そうという目算か。

 まあ、いずれにしても。


「やらせるわけないだろうが!」


 血気に逸って真っ直ぐに向かってくる敵に網を張るなど、こちらが冷静であれば造作もない。ヤツの進行方向を見極めて、風魔法を発動。強烈な大気圧による防壁を幾重にも張り巡らせて、その突撃の速度を急激に落としてやる。


「ぐっ!? 何だ、これは? まるでこの見えない防壁が張られているかのような……これも、あの小さいヤツの仕業か? くっ、クソが……クソがぁああああああああっ!」


 思うように進めぬこの状況で、しかし雄叫びを上げながら尚も気合と力任せにこちらへ迫って来る兄貴分。中々に滑稽な姿ではあるが、その必死さは強ちバカには出来ないもので。


「このままだと破られそうだな。時にエルマさんや。中々頑丈な体をお持ちの様だが、どれくらい頑丈なのかね?」

「何よ、その喋り方。というか、どれくらい頑丈って、どう答えればいいのよ?」

「なら、聞き方を変える。あのトカゲが自由落下してきたとして、それに拳や蹴りを叩き込んでも骨が折れたりしない自信はあるか?」

「……? まあ、流石に素手だと折れると思うけど、これなら多分いけるわよ?」


 怪訝な表情をしながらも、その手足に青白い炎を纏わせるエルマ。

 それは紛れもなく弟にカウンターで初撃を叩き込んだ時と同じスタイル。確かに、あの時エルマは殴打の後も特段拳を庇う様子を見せなかった。やはりあの炎には、単純な熱以外にも纏った膂力の一撃を強化する効果があるのだろう。尤も、背中から叩き付けられた時には発動していなかった辺り、全身で纏う程展開は出来ない様子だが。


「よし。じゃあ、これからアイツをお前の真正面に落とす。散々やられたんだ。ストレス発散の時間と行こうじゃないか。用意はいいか?」

「へぇ……楽しそうじゃない。いいわよ、ドンと来なさいっ!」

「オーライ!」


 小気味よいやり取りの後、兄貴分に掛けた防壁の風魔法を解除。同時へヤツの背後へと瞬時に回ると強烈な追い風をすかさず発生させてやる。ただでさえこちらへ向かって推進力全開していたヤツが、不意に強い風に煽られるのだ。そうなれば、当然。


「のわっ!?」


 バランスを崩しつつも、急スピードで落下。あとは風の流れで落下点をある程度操ってやれば、落下点の操作も自由自在である。


「今だ、エルマ! 全力で叩き込めぇっ!」

「OK! はぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 散々好き勝手ズタボロにされた挙句に殺されかかったエルマの、怒りの一撃が炸裂。

 見とれる程に美しい見事なフォームから繰り出された中段回し蹴りは、兄貴分の頸部にヒット。直撃し、めり込んだその一撃の威力はまさに桁外れ。更に受け身も取れない無防備な自由落下中に、そんなモノを急所に叩き込まれたのだ。如何に頑強な表皮を持とうとも、ただで済む筈がない。


「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 悶絶とも悲鳴とも取れない声を上げながら、地面を抉りつつゴロゴロと転がっていく。そして漸く止まったと思えば、兄貴分はあらぬ方向に首を曲げながら白目を剥いて完全にノックアウトしていた。


「うわぁ……たった一撃で頸椎骨折とか、おっかないなぁ。くわばらくわばら」

「ちょっと! ドン引きするのやめてくれない? これでも私だって女の子なんだけど?」

「いやぁ、流石にこの攻撃は女の子の一撃ではないだ――ろ?」


 瞬間、凄まじい風圧が顔に当たる。

 見れば俺の眼前には寸止めされたエルマの拳。勿論青白い炎は纏った状態であり、まさに本気の一撃。それが目測数センチ手前で止まったのだから、もうビックリ仰天。いや、マジでお●っこちびるかと思った。出ないけど。


「あ、あばばばば……」

「……何か言った?」


 満面の笑みで、しかし青筋をピキリと浮かび上がらせたエルマ。

 その顔は、普通に怒るより遥かに怖い。いや、ホントにおっかない!

 こんなのに殴られて堪るかと、俺は両手をあげてブルブルと首を横に振る。

 その姿は、さながら敵軍に投降する敗残兵の如し。

 あれ? 何か情けなくないか、俺? 一応助けに来たヒーローの筈なのに。


「ふん! 次余計なこと言ったら、同じ目に遭わせてやるわ」

「は、はい……肝に銘じます」


 たった一瞬で完全に心折られた俺は、赤べこの如く首を幾度も上下させる。

 この女、マジでおっかねぇ……内心でそう思った俺は、冷や汗を禁じ得ない。

 そんな俺の露骨にビビった反応に満足したのか、エルマは悪戯っぽく笑うと。


「さてと……これで依頼は完了ね。帰ろっか」


 そう言って、手を差し伸べてくる。

 まさかの展開に、思わず面喰ってしまう。けど、同時に喜ばしくもあった。

 先程まで死にかけていた女が、こうも元気な姿をみせてくれたのだ。

 これならば、助けた甲斐もあったというモノ。


「あぁ、そうだな。全くだぜ」


 そう言って、俺は差し伸べられた手を握る。


「帰ったらお風呂入れて。あと、ごはんもお願い~」

「おいっ! 助けてやったのにフルで扱き使う気か、お前!」

「当然でしょ? それとこれとは話が別よ」

「このやろっ! はぁ……全く、今日だけだぞ?」

「明日からもよ。末永くよろしくね?」

「てめっ、ざけんなっ!」


 夕暮れの空は段々と暗くなり始めていて。

夜の匂いが段々と濃くなる森を、俺たち二人は手を繋いで談笑しながら歩き出していく。さて、これにて一件落着だ――この時は、そう思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る