三つの理由


「……貴様!」


 エルマと話していると、後ろから怒気を孕んだ声が響く。

 振り返ればそこには、青筋を立てて怒り心頭の何某か。その姿、翼と角の生えた二足歩行のトカゲといったところ。どう見ても人間ではないこいつが、話に聞く魔族というヤツか。

 そしてクエストの情報通りなら、こいつらが竜人族ということになる。

 いやしかし……こいつらどう見ても。


「怒り心頭のところ悪いんだけど、一つ聞かせて? お前、ホントに竜? どう見ても二足歩行で羽と角が生えたトカゲじゃん」

「――なっ!? トカゲだとぉ? 貴様ぁ……この私の誇り高き姿のどこをどう見たらトカゲに見えるんだ? 目ん玉付いてんのか、このボケカスがぁっ!」


 あらら、想像以上の大激怒。

 これは自分の種族と見た目に誇り持っているパターンのヤツか。面倒くさいなぁ、全く。


「それは悪かった。生憎俺は初心者で、アンタが始めてみる竜人族なんだよ」

「何だと? 初心者ぁ? 初心者の分際で、この私をトカゲだの三下だのと呼んだのか?」

「三下? トカゲとは言ったけど三下って……あぁ! 言ったねぇ、そういえば」

「き、貴様ぁ……ふざけているのかっ!?」


 完全に頭に血を登らせたそいつは、血走った眼で俺に突撃を敢行してくる。

 しかし、そんな攻撃当たらんよ、とばかりに俺はひょいっと避けると。


「まあ、落ち着けよ。ちょっとばかし遠出でもして、頭冷やして来なさいな」


 強烈な爆風押し固めた、さながら風の爆弾とでも呼ぶべき代物を背後からぶつけてやる。風の爆弾は着弾と同時に爆裂。そいつは叫び声を上げながら、瞬く間に遠くへ吹っ飛んでその姿は見えなくなってしまう。


「おぉ、予想以上によく飛んだなぁ……さて、邪魔者は消えたし――」

「バカ! もう一体いるわっ!」

「――えっ? おおっと!?」


 エルマに指差しながらそう叫ばれ、視線を向けた先に憤怒の形相で迫って来るトカゲもどきがもう一匹いたモノでビックリ仰天。


「てめぇ……兄貴に何しやがった!?」


 俺に鋭い眼光を燃やしてくるそいつは、ドスの利いた声でそう叫ぶ。

 兄貴……兄弟か。そういえば、顔がよく似ている気もする。まあ、トカゲの顔立ちの区別なんか俺には付かないのだが。何はともあれ、今は邪魔でしかない。暫し退場願おうか。


「おらぁっ!」

「おっと!」


 再び迫る攻撃を、俺は軽々と宙を舞って攻撃を回避。

 そしてするりとがら空きの背後へと回ると、間髪入れずに風魔法を炸裂させる。


「やれやれ、お前も兄貴同様に血の気の多いタイプかよ。なら、一緒に飛んでけ!」

「げっ!? ぐわぁああっ!?」


 兄と同じ要領で吹っ飛んでいき、はるか遠くへ。

 様子からして慕っている様子だし、兄弟仲良く吹き飛ばされてよかったではないか。まあ、少しばかり調整にミスって別方向に飛ばしてしまったが、そこは兄弟の絆でどうにかして貰おう。さて、とりあえず危機は去った。そこで漸くとエルマの方を見たのだが。


「……あれ? 何? お前、泣いてんの?」

「――なっ!? べ、別に! 泣いていない! 泣いてないわよ!」


 少し潤んでいたのでそう問えば、ハッとした表情で乱暴に目元を擦るエルマ。

 尤も、赤らんだ目と鼻からしてその言い訳は無理があるだろう――と言いたいが。


「……何よ? その何か言いたげな顔は」

「いえ、別に」


 相変わらずの狛犬みたいなムスッとした目付きで睨まれてしまい、俺は敢え無く目線を逸らす。まあ、意地っ張りのこの女が素直に認めるとは思っていなかったが、それでももう少し可愛げというモノを身に着けて欲しいモノである。


「……で?」

「……? で、とは?」

「だから、何で来たのよ?」

「何でって、だから迎えに来たってって――」

「だから、何で迎えに来たのかって聞いたの! 何でよ……何で? 何で、私なんか……」


 今度は言い訳の余地なく、その目からボロボロと大粒の涙を零すエルマ。

流石に先程の様に茶化せる状況でも雰囲気でもないので、困り顔で頬をポリポリと掻く。そして意を決して小さく嘆息すると、器用に指を三本立てた。


「理由は三つ。一つは、頼まれたから。お前を助けてやって欲しいって、マリーさんに」

「マリー? マリーって、組合の?」

「ああ、そうだ。凄かったぜ? こんな得体の知れない二頭身に、服が泥だらけになろうとも構うことなく土下座までして必死に頼み込んできたんだから。あそこまでされたら、人情ある俺としてはそりゃ無下には出来ないってモンだよ」

「……そんな、マリーが? 何で?」

「まあ、お前が思っている以上にお前を見ている人がいたってことだろ? お前は人から嫌われているって思っているみたいだし、実際お前がこれまで受けて来ただろう誹謗中傷や嫌がらせを鑑みればその思考は無理ないとも思う。お前がどれだけ辛苦に満ちた日々を過ごしてきたのか、俺には想像も出来ない。適当なことはもう言わないよ。悪かった」

「……………………」

「けど、お前の周囲の人間全員が酷くてイヤなヤツってワケじゃない。腐らずに前を向いて必死に生きていたヤツの在り方は、生き様は、どうあれ人の心を打つモンだ。実際、お前に感化されて胸打たれ、好感や憧憬に羨望といった感情を抱くヤツだっていたんだよ」

「マリー……そんな、私……これまでずっと……」


 罪過を悔い改める罪人の如き表情を見せるエルマ。

 そんな彼女の肩を、俺は静かに叩く。


「帰ったら、ちゃんと話をしてやれ。喜ぶぞ、絶対」

「……話してやれって、今更どの面下げて話せって言うのよ?」

「どの面って、その面以外あるのか? グダグダ言わずに、その面下げていけ。というか、別に取り繕う必要なんかないだろ? 寧ろ、繕うな! 人と人が心から分かり合うのに、余計な仮面なんか必要ない。そのままでいいんだよ。飾らない、ありのままのお前で」

「……ありのままの……私で?」

「ああ、そうだ。お前のありのままを一切包み隠すことなく、胸張って堂々と自信を持って会いに行けばいいんだよ。そしてマリーさんだって、そんなお前に会いたがってる」


 俺がそう言えば、エルマは捻くれたように自嘲する。


「どうだか。私のありのままなんか見ても、マリーが喜ぶとは思えないけどね」

「……? 何故、そう思う?」

「だって、どこも魅力的じゃない。私なんか、何もいいところなんかない……」


 口をへの字に曲げて、俯きがちにそう呟くエルマ。

 そんな彼女の顔を見ながら、俺は「ふむ……」と思案に暮れる・


「まぁ確かに。お前はガサツで乱暴だし、意地っ張りで素っ気なくて、可愛げも無い」

「ほら、そうでしょ?」

「けど、強がっているけど繊細で傷付きやすくて、感情豊かで面白いから一緒にいて飽きなくて、何より意外と律儀で優しいところもある」

「――っ!?」


 ハッとしたような表情で俺を見つめるエルマ。

 その瞠目した目に、俺は思いっ切り笑いかけてやる。


「ちなみに、今のは俺が僅か二日足らずお前と一緒にいる中で抱いた忖度なしの人物評だ。そして一切のお世辞ナシの本音を言わせてもらえば、俺はお前を魅力的だと思っている。もっとお前のことを知りたいと、お前の傍に居たいと、冗談抜きの本気でそう思うくらいに。だからこうして、お前を迎えに来たんだよ。これが、二つ目の理由だ」

「……清風」

「そして最後の理由だけど――」


 俺はエルマに対して居住まいを正すと、そのまま九十度に腰を折る。


「何だかんだ、お前には感謝している。ありがとう」

「……………………はぁっ?」


 真っ直ぐな心境を、飾らない言葉でぶつけてやる。

 するとエルマは虚を突かれたような表情で目を丸くし、情けない声を漏らす。


「いっ、いきなり何を……何を言ってんの? そんな冗談なんか――」

「冗談じゃない。本音だよ。俺を見つけてくれて、俺を導いてくれて、本当にありがとう」

「――えっ?」

「だってもし霊体のまま彷徨っていたら、きっと今頃誰にも見向きもされない、退屈で孤独な日々を過ごす羽目になっていただろう。そんなの、俺には一日だって耐えられない。何せ兎並みの寂しがりなんでな。でも、俺は孤独にならずに済んだ。お前が見つけて、救ってくれてお陰だ。その借りを、返す前に死なれちゃ困るんだよ。まあ勿論、この体と待遇に大きく不満があるけどな」

「……………………むっ!? 折角良いこと言ってたのに、さりげなく我儘を言うな!」

「悪かったな。けど、感謝しているのはホントさ。言っとくが俺の話、別に信じなくてもいいし、信じてくれとも言わない。でも、俺もマリーさんもお前に死んで欲しくないと思っていて、俺はお前を絶対に死なせないと決めた――そこだけは、信じてくれると嬉しいな」

「……………………」


 暫しの沈黙。そして。


「はぁ~あ」


 肺の息を全て吐き出さんばかりの深い嘆息。

 突然の振る舞いに、思わず俺は面喰ってしまう。


「エルマ?」

「……何か、馬鹿らしくなってきた。私は今日死ぬって覚悟して、確信して、ここへ来たの。でも、そんなむず痒い話聞かされたら、死ぬに死ねなくなっちゃったじゃない」


 顔を赤らめ、目線を逸らしつつもそう言い放つエルマ。

 極めつけには。


「……アンタたちのせいで明日からも生きなきゃいけなくなった。だから責任取って、明日からもずっと傍に居て」


 唇を尖らせながらの、この発言。

 全く、可愛げのないヤツ。しかし……まあ、ここでの返事はもう決まっているだろう。


「分かったよ。何にせよ、ここでは死ねないな。絶対に!」

「ええ、勿論よ。ここで死んでいる場合じゃない。やらなきゃいけないことが幾つもあるって、こんな私を待っていてくれる人がいるって、分かったから」


 エルマに目に、決然とした力強い光が戻って来た。

 その目には覚悟と意思がアリアリと宿っており、活き活きとしている。さっきまで死にかけだった者の目には、到底見えない活力溢れる眼差し。表情からも絶望の色は完全に駆逐されて、希望の色が戻った良い顔つきになっている。

 そんな時だった。上空から森の木々を薙ぎ倒して飛翔してきた、角と羽を生やした二足歩行のトカゲ共が戻って来たのは。揃って顔は真っ赤に染まって、肩を上下させるほど息も荒く、目は血走っている。怒り狂っているのは明白。尤も、プライド高そうなこいつらが一瞬で遠くまでぶっ飛ばされたのなら、屈辱感から激怒するのは無理からぬことだろうが。


「さて、帰るためにはこいつらを潰さないとか。面倒だが、仕方ない。行くぞ、エルマ!」

「ちょっと! それは私のセリフ――ああ、もう! 譲るのは今回だけだからねっ!」


 俺は滑空し、エルマは力強く大地を蹴って。

 揃って、眼前で怒りに駆られたトカゲ兄弟目掛けて力強く接近していった。

こいつらを倒す――俺たちは今、初めて同じ思いで動いているという実感と共に。

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