領主の娘はひろい世界に憧れているようです 14

『ギャァァァァァア……!!』

『あの魔獣めっちゃ追ってくるんですけど!! めっちゃ先回りしてくるんですけど!!』

『なんだ魔獣どものあのチームワークは……! 鶴翼かくよくの陣を組んでやがる!』



『シャクナ』の森の奥から冒険者の悲鳴が轟いていた。


 俺がテイムした魔獣どもが初級冒険者を襲っているのだ。


 ここでモンターヴォが冒険者を助けに参上すれば評判は上がるはず――だが。


「なにやってやがるモンターヴォ! 早くあの冒険者たちを助けにいけぶっ殺すぞ!!」


「どうして高貴にして唯一無二のエリートであるこの僕が、愚昧ぐまいなるモブどもを助けてやらなくてはならないのです! 僕に比すればあんなやつらはゴミ同然。ゴミ処理をしてくれる魔獣にむしろ感謝をしなくてはいけませんね」


 モンターヴォは木の幹に寄りかかり、悠然と茶を飲んでいた。

 そのティーカップどこから持ち込んだんだぶっ殺すぞ。


「モンターヴォ……俺の言うことが聞けねえのか。紅茶飲んでないで早くいけ!」


「これはほうじ茶ですが?」


「ティーカップで飲むな!!」

 案外、健康志向なやつであった。


「いいから行け……秘蹟籠とそのメガネぶっ壊して粉砕して堆肥たいひにするぞ?」


「ふん……仕方ない。大事なメガネを割られたくはありませんからね」


 モンターヴォはやっとのことで動き出し、冒険者たちを助けに向かった。


 ……ったく、なかなか思い通りに動かないやつである。

 

 モンターヴォの評判を上げるため、活躍の場を色々つくってやっているのだが――モンターヴォは人助けをしたがらないのだ。


 誰かが悲鳴を上げても、誰かが血を流していても、やつはそこに助けに向かうことはない。


 動き出しはするのだが――やがて顔から血の気が引いていき、足を止めてしまうのだ。


 そして『あんなやつらは死ぬといい』と、残酷なことを言い出す。


 うーん……しっかり『いいやつ』に洗脳したつもりだったのだが、人格矯正がちょっと足りてなかったか。


 モンターヴォに正義の味方になってもらわないと、ユータロウは倒せないのだが。


**


 モンターヴォのフルネームはモンターヴォ・ジル・ジンゲート

 

 ジンゲート一族は『クーラ』の貴族である。


 ギルド長から成り上がった都市貴族だとか。

 つまり、実質的には商家ということだ。


 都市貴族であるジンゲート家は、領主一族と長年対立していた。


 領主の罰金の基準が厳しすぎる、とギルドを上げて抗議を続けていたのだ。

 

 だが、領主は絶大な権威を盾にその抗議を突っぱねていた。

『罰金は街の貴重な歳入の一つじゃぼけぇ。商人ごときが文句をつけんじゃねーよ』と。



 しかし3年前に『クーラ』がオークに襲撃されてから、潮目は変わった。



 街の防衛、という最低限の義務を果たせなかった領主の権威は失墜しっつい


 領主は落ちた力を補完するため、ジンゲート家と和解。

 

 領主はジンゲート家と姻戚関係を結ぶため、娘のキリシャを差し出すことにした。

 

 そしてジンゲート家の方は、キリシャと結婚させるため、大陸に留学させていた三男を呼び戻すことにした。


 それがモンターヴォ・ジル・ジンゲートである。

 あいつ、帰国子女なのだ。


 さて、そんなモンターヴォはどんなやつかというと――典型的なドラ息子であった。


 金遣いが荒く、女遊びが激しく、素行も悪い。


『クーラ』に帰ってくるなり詐欺紛いのあくどい商売を始めたり、酒場でおもしろ半分に決闘をはじめて荒くれ者の命を奪ったりと、まあいろいろやっている。



「うーん……」


 俺は宿のデスクでモンターヴォについて考え続けていた。


 噂から浮かび上がるあいつは典型的な小者――というか、小悪党であった。


『主人公』とはほど遠い。


「でもなあ……」


 ああいう愛嬌のある小悪党は、根はいいやつってのが王道パターンなのだが。

 

 それにモンターヴォはユータロウの物語の最初の強敵――『ゲートキーパー』の立ち位置だ。


 物語において、『ゲートキーパー』は後に改心するパターンが大変多い。


 本来のモンターヴォのストーリーはこんな感じだろう↓


 ユータロウとの決闘に挑んだモンターヴォは、対魔法能力でユータロウを苦しめるも敗北。

 

 しかし、後にユータロウと別の機会に再会。


 ネタキャラ扱いされながらも、なんだかんだでユータロウの旅に同行。


 ユータロウと共に過ごすうち、モンターヴォはだんだんと正義に目覚め、新たな力を獲得する。

 

 そして、なんだかんだで結局最後の方までユータロウの旅に同行する――ってなところか。


 ……だから根はいいやつのはずなのだ。そうでなきゃ困る。


 どうすれば、その部分を迅速に引き出せるのか――


「おや、お悩みですかモトキさん? おっぱいもみます?」


 ぬっと顔を出すリュー。


 いつものように俺を罵倒――あれ、してない。


「……え? なんでお前今日俺にそんなに優しいの?」


「いえね、最近『おっぱいもむ?』ってセリフが地球で流行ってるよと、昨晩夢で女神ユーヴァが教えてくれたもので」


「もっと他に教えることがあるだろう……!」


 あの女神は本当にろくなもんじゃねえな……。


 貴重な神託の機会をそんなことに使うな。

 

「いやーしかし、しっかりおっぱいもんでくるあたりがさすがクズキさんですよね。早撃ち自慢のガンマンみたいな速度で手が伸びてきましたよ、今」


「え? いや、そこにおっぱいあったらもむだろ普通。もむに決まってんだろ。なに言ってんの?」

 

 ほんと、なに言ってるんだろうこいつ。

 バカなのだろうか。


「……やばいです。モトキさんの脳のおっぱい汚染がついに深刻なレベルに……医者ァ――!」


 リューがうるさくて集中できなかったので、俺は場所を変えることにした。


 こういうことを相談するには、やはり――。


**


「なるほどね、それでアタシに相談に来たってわけかい。人の心と酒と夜を知り尽くしたこの神官からアドバイスが欲しいんだね?」

 ラーニャはそう言いながら、グラスの水滴をふき取る。


「いや神官は普通、酒と夜については知らないもんなんだけどな……まあ、相談に乗って欲しいってのはそうなんだけど」


 俺は場末のバー、じゃなかった、ユーヴァ教会を訪れていた。


 人生経験豊富なバーテン、じゃなかった、神官にモンターヴォプロデュース計画に関するアドバイスが欲しかったのだ。


 カウンターに立っているのはラーニャだけで、ミリアの姿はない。

 奥でお休み中だとか。今は好都合である。


「どうすりゃモンターヴォは変わってくれるんだろうな……」

 

 俺はモンターヴォの性根を変えるために色々やってきた。


 まず、夜にモンターヴォを拘束することであいつを遊び仲間たちから遮断した。


 そして一人になったモンターヴォを極限までしごき、人に好かれる態度と行動を仕込んだ。

 

 そんなモンターヴォは街の人々に好かれ、たくさん褒められた。


 交友の遮断→極限のしごき→別の価値観の植え付け→賞賛


 このプロセスを踏めば、人はけっこう簡単に変身するものなのだが――モンターヴォの場合は、なかなかうまく行かない。


 うまいこと『いいやつ』になってくれない。


 なにか、人助けという行為に思うところがあるようなのだ――。


「モトキ、あんたのプロデュースはなかなかいい線いってるけど、一つ大事な過程を入れ忘れてるよ」

 ラーニャはカウンターに肘を置き、俺に顔を近づけてくる。

「そのモンターヴォって坊やを、過去の自分と戦わせてやりな」


「過去の自分?」


「ああ。人は誰だって過去の自分に見張られているものさ。それも一番醜かった頃の自分にね。決心して変わろうとすると、そいつが耳元で囁いてくるのさ。『お前みたいなクズが今更変わってどうする』ってね」


「あー、それはあるかもしれないな……過去の自分が変身の邪魔をする、か」

 たしかに、あいつ過去になにかありそうではあったが。

「でもどうすりゃ過去を追い払える?」


「簡単さ、向き合えば案外余裕で勝てるよ。過去ってのはこっちが逃げるとどんどん調子に乗るけどね、振り向いて真っ正面から斬り合えば弱っちいもんさ」


過去シャドウとの戦いか……やっぱり、その過程は抜けないか……まあ、わかってはいたんだが」


 モンターヴォをトラウマに向き合わせる――あいつの鎖をほどいてやる。

 俺の『ミラー』があれば、それは可能だ。


 可能なのだが――。


「あんまあいつの過去とか知りたくないんだよな。過去を知ると――」

 情が移ってしまう。


 手駒だと思えなくなってしまう。


 それは困る。


 計画に支障をきたす。


「いまさら何言ってんだい。あんたはとっくにモンターヴォって坊やと熱い師弟関係を結んでるじゃないか」


「いや、洗脳してるだけなんだが……」


「あんた、洗脳じゃない人間関係があるとでも思ってるのかい?」


 すげえ、この神官言い切りやがった……。


 

 ……まあでもとにかく、やりたくなくてもやるしかない。


 モンターヴォをのことをもう少しよく知ってやろう。


 トラウマを共有し、払拭してやらなくては。


 ラーニャに後押ししてもらえたことで、今後の方針は決まった。


「……ところでモトキ、アタシからも一つ聞きたいことがあるんだけどね」


「ん? どうした?」


「なんであんた、さっきからアタシの胸をもんでるんだい……?」


「いや、そこにおっぱいがあったら普通もむだろ?」


 リューもラーニャもおかしなことを言う。


 バカなのだろうか。


「……あんた、いつかマドラーで刺されるよ」


「マドラーで刺されていたとしたら、犯人はお前だな」


 俺はラーニャのベストのボタンをはずし、次にシャツのボタンも外す。


 黒いブラをずらすと……ポロリと顔を出す先端部。


 ラーニャの肌は褐色なのに、そこだけ色素が薄い。

 基本的には白く……ほんのりピンクのニュアンスも入っている。

 

 この色の抜け方が、そこはかとなくエロい……!


 俺はカウンターに身を乗りだし、色素の薄いそこに顔を近づけた。


 いつもミリアにしているように、ラーニャのそれをあーん、と。


 ふむ、ラーニャもミルクは出ないようです。


「……さ、30過ぎてから……若い男に……セフレにされ……るなんて……アタシ、終わってるね……いいさ……存分にお吸い、よ……」

 ラーニャは息を乱しながら、俺の後頭部に優しく手を添えてくれた。


 今はラーニャの母性で鋭気を養い、それが済んだら――モンターヴォの悪魔トラウマ払いをはじめるとしましょうか。



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