領主の娘はひろい世界に憧れているようです 11

「腰がくだけてんだよ! 足腰固めて全力で振れモンターヴォ! ブレッブレなんだよお前の剣は!! そんなんだからキャラも微妙にブレてんだよぶっ殺すぞ!!」


「い、いま僕のキャラは関係ないでしょう!?」


「ある。お前の人間性は回りのあらゆるものに悪影響を与えている。昨日俺がアイスを落としたのもお前のせいだぶっ殺すぞ」


「八つ当たりではないですか!!」

 叫び声をあげ、モンターヴォはついに地面にへたり込んだ。

 

 トレーニング用の木剣ぼっけんを放り、ゼーハーと荒い呼吸を繰り返している。


 相当疲れているようだが、容赦する俺ではない。


「おいおいモンターヴォ……お前誰に断って二酸化炭素吐いてんだ? お前の息で汚染されるこの星の大気の気持ちを考えたことがあるのか? ねえだろうなぁ、人の心を持たないお前には」


「人の心がないのはあなたの方です!!」

 涙目でモンターヴォ。

「高貴にして哀れなるこの僕をどれほど追い込めば気が済むのですか!?」


「え? 死ぬまで」


「うすうす感づいてましたけど言いきらないで下さい!!」


「黙れ、いいから立て」

 俺はモンターヴォの首筋に剣を突きつけた。


 トレーニング再開(強制)。


 木剣で打ち合う俺とモンターヴォ――その姿を取り囲むように見つめる野次馬たち。


 朝の早い老人や裕福な主婦なんかが、懸命にがんばるモンターヴォを見つめている。


 しごかれる貴族、という奇特な光景は人々の目を引く。


 高貴なのに汗だく。噂では嫌なやつなのに実は誠実な努力家――ギャップのあるキャラクター性に、人は強烈な魅力を感じるのだ。


 休憩に入ると、野次馬はわらわらとモンターヴォを取り囲む。


「モンターヴォくん、お疲れ~」

「今日もがんばってるねー」

「ユータロウ倒したらお祝いだな!」

「貴族なのに偉いのねぇ」

「ユータロウとの決闘には応援にいくからな」

 

 差し入れと一緒に送られる、暖かな言葉の数々。


 それに対してモンターヴォは、「あ、ありがとうございます!」といちいち頭を下げる。

 本当に感動しているようだった。


 厳しい規律としごきによって疲れ果てた精神に、ねぎらいの言葉はよく染みるのだ。


 極限のしごき→暖かなねぎらいを繰り返されると、人はころっと人格が変わる。


 驚くほど簡単に素直になる。

 

 まあ、古典的な洗脳である。

 ブラック企業の新入社員研修でも同じようなことをする。


モンターヴォのような、虚栄心は強いのに自己肯定感の低いタイプには効果は抜群だ。


 しかし、いつまでもこういうのを繰り返しているわけにもいかん。

 実質的なトレーニングもちゃんとやっておかねば。


「さてモンターヴォ。今日はコーチをお呼びしている。ここからはその方にお前の指導を担当して頂く」


「コーチ、ですか……?」

 眉をひそめるモンターヴォ。


「ああ、今から連れてくるからそこで待ってろ」


 俺はそう言って路地へと入り込み――そこで『ミラー』を使用。



 化けた相手はユータロウの物語のメインヒロイン――ルギンドール・アッフィード。



 大陸の名家であるアッフィード騎士公爵家の長女で、名剣士だ。

 キリシャの後に待ちかまえる俺のラストターゲットでもある。


「さて……」

 路地でルギンドールに化けた俺は、用意しておいたフードをかぶり、顔を隠す。


 そうして、女の姿で再びモンターヴォの元へ。


 ぎょっと目をむくモンターヴォ。

 顔を隠していても、体つきで女だとわかったのだろう。


「君が高貴にして誠実なるエリートであるこの僕のコーチ……? 女ごときが……? いやいやバカにしないで頂きたいものです。いくら僕が鷹揚にして人の話をよく聞く貴族とはいっても、女に習うことなどありはしませんとも。まあ、僕より実力があるというなら別ですけどね。あるならば」

 さすがモンターヴォ、前振りを忘れない男である。


「――――」

 ルギンドールに化けた俺は、腰からレイピアに似た短剣を抜き――上下左右に振った。


 ひゅっ……と微かな風の音が何度が響く。


「なっ……」

 そして1秒後には、モンターヴォの上着は無惨に切り裂かれていた


 俺はフードの下の目をぎらり光らせ、モンターヴォに視線で聞く。


 ――不服か?


「わ、わかりました……君は強い。高貴にして強き者には巻かれるエリートであるこの僕は素直に君の指導を受けてあげようではありませんか!!」

 さすがモンターヴォ、今日も見事な小者っぷりです。


 ルギンドールの姿で、俺はモンターヴォに指導をつける。

 高速の剣で、モンターヴォを追いつめていく。


 なぜ俺がルギンドールの姿でモンターヴォを指導をするのか、それにはちゃんとわけがある――。


 まあそれは後に語るとして、今はモンターヴォを痛めつけよう。


「やめっ……高貴にして柔肌の僕をそんなに打たないで下さい……!」


 ああ、小者いじめるの楽しい。


**


 モンターヴォの指導を終えた俺は、次に街の古ぼけた一軒家へと向かった。

 一階建てのその小さな家を、先日借りておいたのだ。


 俺は老兵へと化け、家のベッドに入る。


 昨日キリシャを守る時に負った腕の怪我は大したことはないが、さも大怪我をしているかのように包帯を巻いておく。


「しかしけっこう痛いな……」


 ちなみに変身時に負ったダメージは、他の姿に化けても引き継がれる。

 しかし完全に、というわけではない。


 例えば、ある姿Aで100のダメージを負ったとしよう。

 その姿から他の姿Bに変身しても、そのダメージは30%ほど引き継がれる。30%だけ。


 そしてまたAに変身しなおすと――Aの姿には100のダメージが残っている。

 つまり今老兵の姿に戻った俺には、昨日の腕の怪我がばっちし残っているのだ。


「つうっ……」


 俺は痛む腕を押さえながら、ベッドに寝転がって待ち――


「おじいさん! キリシャが来たですよー!」

 

 と、家の扉の向こうからかわいい声が聞こえた。


「おやおや嬢さん、来て下さったのですね。どうぞ、お入り下さい」


 そう言うと、ゆっくりと扉が開き――そのかげからひょっこり妖精、じゃなかった、キリシャが顔を出した。


「おじいさん、遊びに来たですよ!」


 はぁん……かわいい。


 天使、間違えた、キリシャはとてとてと俺のベッド脇にかけよってくる。


「キリシャが来たからにはおじいさんはもう安心するですよ! キリシャがしっかり介護するですから!」


「あ、そこは看病と言っていただけると……とにかくありがとうございますお嬢さん。心強いですな」

 

「ふふーん、掃除も洗濯も全部キリシャにお任せするですよ! キリシャの家事スキルは並大抵ではないですから! イメージトレーニングを繰り返してきたですよ!」


「なるほど、イメージを……」


「ですが、家事の前にキリシャはちょっと甘えたいのですよ」

 キリシャは俺のベッドに上ってきた。

「えへへ。パパ~♡」


 俺に抱きつくように寝ころぶキリシャ。


 はぁん……ラブリー♡


 ねらい通り、キリシャは俺に父性を感じているらしい。


 このような関係を築くために、俺はキリシャの父と同年代の男の姿に化けておいたのだ。


 本当の父が母違いの妹たちに夢中な今、キリシャが甘えられる相手は俺しかいない。


「よしよし。一緒にお昼寝しましょう」

 おでこを優しく撫でてやると、キリシャは心地よさそうに目を閉じた。


 そのまま、穏やかな寝息をたてるキリシャ。


 信頼されているのだ。


 守ってあげたくなる。


 まあ、それはそれとして――


「…………」


 俺は眠っているキリシャのスカートをめくり上げた。


 ガラス細工のような脚、露わになる股間。香るエロ。

 

 こんなに無邪気なのに、スカートをめくるとしっかり女――このギャップがなんとも……。


 今日も下着の布は大事なところに喰い込んでいる。


 俺はキリシャの脚の付け根に手を伸ばし、パンツの縁を掴んだ。


 そうっと……ずり下げていく。

 少しずつ、股間が露わになっていく。


 ほんの少しだけのつもりだったのだが、けっこうぎりぎりのところまで――。


「…………ふぅ」


 今日はここまで、と自分に言い聞かせる。


 最後には結局やるのだから、慌ててはいけない。


 俺はキリシャの幸せそうな寝顔を鑑賞しつつ、一緒に眠りについた。



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