領主の娘はひろい世界に憧れているようです 10

キリシャは毎朝、夜明け前に目を覚ます


「おはようですよ~ママ♡」


 目をこすりながら、亡き母の絵画にむかってにっこり笑う。

 かかせない、朝の日課だ。


 そしてベッドから出てクローゼットを開き、一人で着替え、部屋を出る。


 と、廊下に人の気配があった。

 珍しく、キリシャよりも早く起きた人がいるらしい。


 階段付近で並んでおしゃべりしている双子の姿があった。

 昨日昼寝をしすぎたせいで、早くに目が覚めてしまったのだろう。


「ユユ、ララ、おはようですよ!」


 キリシャは三歳の妹たちに笑いかけるが――双子はおはよう、と返してくれることはなかった。


 興味なさげな一瞥いちべつをくれるだけ。


 軽んじられているのだろう。

 

 子供は案外残酷だ。

 自分以下の立場にある者に、愛想を見せてくれることはない。


 みじめな気持ちでいっぱいになり、キリシャは早足で階段をおりた。


 屋敷ここは自分の場所じゃない。

 おもてだって排斥されるわけではないけれど、自分を望む者はどこにもいない。


 屋敷を出て街路を走り、城壁の穴をくぐる。


 早く、早く森に行きたい。

 

調教テイム』した魔獣たちと一緒に遊ぶのだ。


 このところはおじいさんも来てくれる。


「キリシャの居場所はちゃんと別にあるですから……」


**


 森の広場に到着するなり、キリシャは念じる。


(お友達のみなさん! キリシャのところに集って下さい!)


 とたん、四方から足音。


 お友達がこちらに向かっているのだ。


 まず最初に広場に到着したのは、一番付き合いの長い黒狼ゴドッフだ。


「おはようですよゴドッフさん! 今日もキリシャを背中に乗せて――」


 と、キリシャは気づく。

 

 ゴドッフの様子がおかしい。

 

 キリシャを睨みつけ、うなり声を上げている


「ど……どうしたですか……どうしてキリシャを睨むのですか……?」


 ゴドッフはその問いに答えることはなかった。

 

 跳躍し、キリシャに襲いかかる。

 

「あうっ……!」


 ゴドッフは地面に押し倒したキリシャの胸を前足で押さえつける。


 するどい爪に、キリシャのドレスが破けた。


「いたっ……! やめるですよゴドッフさん! どうしたですか……!?」


 キリシャがじたばたもがいても、ゴドッフは解放してはくれない。


 お友達のはずなのに――。


 苦しくて悲しくて、キリシャの目からは涙が溢れ出してくる。


 ――助けて下さい……


 キリシャの脳裏に、まずユータロウの姿がよぎった。

 次に浮かんだのは――


「お嬢さん……!」


 と、その時声が聞こえた。


 このところ、いつもキリシャと一緒にいてくれる『おじいさん』が助けにきてくれた。


「うぉぉぉぉ――!!」


 おじいさんは勇ましく叫び、渾身の体当たりをゴドッフにみまった。


 はじきとばされるゴドッフ。

 キリシャの体が解放される。

 

「お怪我はありませんか!?」


 おじいさんはキリシャの体を包むように抱く。


「おじいさん! 後ろ……!」


 キリシャが叫ぶと同時、ゴドッフの牙がおじいさんの腕に深々と突き刺さる。


 どくどくと血に染まる、おじいさんの腕。


「やめてくださいゴドッフさん……! お願い! やめるです!」


 すると、ようやくキリシャの懇願が通じたのか、ゴドッフは動きを止めた。


「……ッ……っ」


 キリシャは恐怖のあまり身を震わせ――ハッ、とすぐに我に帰る


「おじいさん、大丈夫ですか!? 怪我が……血がでているですよ!」


「大丈夫です……私はこう見えても頑丈ですからな。お嬢さんが無事でよかった」


「大丈夫じゃないですよ! すぐ、すぐお医者さんにいくですよ!」


「いいえ、医者にはいけません」

 キリシャの提案に、おじいさんは首を振る。


「な、なぜですか!?」


「私が医者にいったら、傷跡から魔獣に襲われたとバレてしまいます。バレたら……お嬢さんのお友達はみんな狩られてしまうでしょう。人の血の味を覚えた魔獣は駆除対象ですからな」


「お、おじいさんは……こんな目にあったのに、キリシャのお友達を守ってくれるですか……?」


「ええ、当然ではありませんか」

 おじいさんはキリシャの頭を撫でる。

「お嬢さんの大切なものは、私にとっても大切ですから」


「…………っ!」


 キリシャの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


 ここ数年間で、人にこんなに優しくされたことはなかった。


「パパぁ……」

 

 つい、そう呼んでしまった。 


**


 よしよし、おおむね計算通りである。


 老兵に化けている俺は心の中でにやりと笑った。


 昨晩、俺はキリシャに化けて黒狼ゴドッフに命じておいた。


”次にキリシャが姿を現したら、襲いかかってきて下さい。本気できちゃだめですよ。怪我をさせないで下さい。軽くキリシャを押し倒し、胸を前足で押さえつけて下さいね。キリシャが3度やめろと命令するまで、決してやめないように”


 ゴドッフは俺の命令通り、本物のキリシャに向かって襲い掛かった。


 そしてキリシャがゴドッフに押さえつけられたタイミングで、俺は飛び出してゴドッフに体当たりしたというわけだ。


 ……まあ、腕を噛まれたのはちょっと予想外だったが、この傷も使いようはあるのでよしとしよう。


 俺の腕の中のキリシャは、ぽろぽろと涙を流し俺をじっと見つめている。


 キリシャのドレスは、ゴドッフの爪で破れていた。

 

 胸部がひらき、ひまわりの柄が刺繍された子供用ブラがのぞいている。


 パンツもそうだが、キリシャは小さい下着を好むらしい。

 

 膨らみ始めたばかりの小さな胸に喰い込むブラ――それによってささやかな乳が肉感的に強調され、背徳的な色香を発している。


 激しく動いたせいだろう、ブラはちょっとずれていた。

 ほんの少しだけ……薄く色づいた部分がのぞいている。


 もう少しずれてくれたら、つぼみが露出するだろう。

 ああ、超見てえ……。


 いやそれはともかくとして――。


「お嬢さん」

 俺はキリシャに言う。

「おそらく、今回お友達がお嬢さんを襲ったのは……『調伏テイム』が完全ではなかったからでしょうな。もう少しテイムのレベルが上がるまでは、森に来るのは控えたほうが……」


「はい……そうするです。キリシャの未熟さのせいでおじいさんを傷つけてしまったですから……」


 キリシャはしゅんっ……とうつむいてしまう。


 数少ない居場所を失ってしまったことに絶望しているのだろう。


 しかし、キリシャからこの場所を奪わないことには、何も始まらない。


 『調伏テイム』によって、キリシャはお友達を手に入れた。

 

 キリシャに絶対逆らわない、どれだけ知能があるかどうかもわからない、まがい物の『お友達』


 そんなものに囲まれて、同じような日々を過ごしたところで、なにも変わることはない。

 

 仮初かりそめの居場所に満足してはいけない。


「お嬢さん、よかったら今度から私の家を遊び場にしませんか?」


「え……?」

 俺の提案に顔をあげるキリシャ。


「私は一人身ですから……お嬢さんとお話できなくなったら寂しくて仕方がありません。できれば、この怪我の手当も手伝ってほしいですし!」


「い、いいのですか? キリシャみたいな、その……普通じゃないお子さまがいっても……」


 普通じゃない――自分が領主の娘であることに引け目を感じているのだろう。

 

 領主の娘であるキリシャは、それが理由でこれまで人に敬遠されてきたのだ、きっと。

 『クーラ』の領主さま、評判がよろしくないからな。


「もちろん歓迎ですとも! 私の家には他にもおもしろい人が来ますぞ。魔導書グリモア屋の娘さん、ねじが百本程とんだ頭のおかしいお姉さん……バラエティーにとんでいます!」


「わーい! お友達たくさんですよ~♡」


 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶキリシャ。


 かわええ……。


 跳ねるキリシャにあわせて揺れるブラ。

 蕾までは見えなかったが、色づいた円の部分が見え隠れする。


 スカートもめくれ、秘部に食い込むパンツも見える――。


 早くあの上下の布をはぎ取ってやりたい……!


 しかし、とにかく攻略は順調である。

 命の危機を救ったことで、完全に信頼されている。


 クリアすべき課題はまだまだ残っているが、家に連れ込むところまでは成功。


 さあて、家でなにをしましょうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る