領主の娘はひろい世界に憧れているようです 8

「遅い!! もっと全力で走れ!! あと100本!!」


「む、無理、です……い、いくら……高貴にして……スーパーアスリートなこの僕でも……もう走れま……せ……ん」

 モンターヴォは街路に膝をつき、ぜーはーと荒い呼吸を繰り返す。

 

 深夜から夜明けまでずっと走り込みをやらされたモンターヴォは、すでに瀕死の状態である。

 完全にオーバーワークだ。


 しかし、この程度で解放しては意味がない。


「あーん? ネタキャラ野郎がなーに甘えたこと言ってやがる。メガネのフレームだけじゃなく根性もないのかお前は。今すぐ立て、走り出せ、あの夕陽に向かって走れ!」


「いや、あれは夕陽ではなく朝陽では……」


「モンターヴォ……お前はいつから俺の言い間違えを指摘できるほど偉くなったんだ? あれは夕陽、そうだな?」

 カイに化けている俺はモンターヴォの首筋に剣を突きつける。


「そ……そうでした……あれは夕陽です! エリートにして大バカなこの僕の勘違いでした!」


「よし、わかったなら走れ!! ユータロウに勝ちたいなら走れ!!」


「は……はい……」

 よろよろと走り出すモンターヴォ。


 俺は腕を組んで仁王立ちし、そんなモンターヴォを監視する。

 

 ここ一週間ほど、俺はブートキャンプじみたトレーニングをモンターヴォに課していた。


 別に、こんなトレーニングをしたからといって強くなれるわけじゃない。

 オーバーワークで強くなるとか全部幻想である。

 無意味無意味。


 このスパルタ教育には、もっと別の意図があるのだ。


「おやおや今朝も精が出ますな」


 と、朝の散歩をしていた老人が俺に話しかけてくる。

 どこの世界でも老人は朝が早い。


「どうもおはようございます。うるさくして申し訳ない。――モンターヴォ!! お前もこっちにきてご挨拶しろ!」


「は、はい……!」

 モンターヴォは走りを中断し、こちらへとやってくる。

「おはようございます!!」


 足をそろえ、背筋を伸ばし、頭を深々下げるモンターヴォ。

 うむ、俺が(脅迫で)仕込んだ通りの見事なおじぎだ。


「おや、お若いのに礼儀正しいですな。噂では鼻持ちならない貴族と聞いていましたが、好青年ではありませんか。ユータロウくんとの決闘には応援にいきますぞ」

 老人はにこにことモンターヴォを褒める。


「は、はい……! ありがとうございます! がんばります!」

 ねぎらいに目を潤ませるモンターヴォ。


 本来、モンターヴォはこんな殊勝なやつじゃない。

 褒められても『庶民ごときが高貴なこの僕を評価するとは身の程をお間違えではないですかぁ?』とかほざくタイプだ。ぶっ殺すぞ。


 しかし今、モンターヴォは俺の連日のハードトレーニングによって肉体的にも精神的にも限界状態。

 嫌味をひねり出すような心的余裕はない。


 そういう時に褒められると、ぐっとくるのだ。


「…………」

 俺はちらりと周囲を見回す。


 朝の早い老人や主婦がモンターヴォを見ている。

 その視線はおおむね好意的だ。


 庶民は等身大の貴族が好きだ。


 ここにいる主婦や老人は、『誠実で気さくな』モンターヴォの姿を口コミでひろめてくれるだろう。


 少しずつ、『モンターヴォが勝ってもいいかな』という空気ができていく。

 

 そうやってじわじわ空気をつくっておかないと、『主人公』には勝てない。

 こちらも、人に応援される『主人公』にならなければ――。


 まあ、こんなの効果の薄い草の根活動でしかないが――まだモンターヴォのプロデュースは初期段階だ。


「よし、今日はここまで。ゆっくり体を休めるように。くれぐれも遊びに出るなよ。とくに絶対女遊びはするなよ!! 女もてあそぶ主人公とかあり得ないからな!(ブーメラン)」 


 明日から、本格的なプロデュースを開始する。


 この小者を『偽の主人公』につくりかえる。


**


 モンターヴォをしごき終わった俺は、そのまま街の中心部へと向かった。


 そこには領主の屋敷がある。

 キリシャの家だ。

 

 街中の家なので敷地はそこまで広くはないが、木造のお屋敷は歴史と威厳を感じさせる。

 英国ドラマに出てきそう。


 俺は適当な人物に変身し、屋敷の門を遠目から見張る。


「お、出てきた」


 幼い女の双子と手をつなぐ、妖艶な女。


 いかにも毒婦って感じのあの女が、キリシャの継母ママハハだろう。


 彼女は屋敷の前に待機させていた馬車に乗り込んだ。


「ふうん……」

 あの女が同居していたら、そりゃ家に居場所もなくなるだろう。


 悪人ほど血縁にこだわる。

『自分』しか信用できないし、『自分』にしか興味がないからだ。


 あの女は実の娘はかわいくて、義理の娘はどうでもいいのだ。そう顔に書いてある。


「ま、せいぜい利用させてもらう」


 俺と、キリシャのために。


**


「おじいさん! お待ちしていたですよ!」

 嬉しそうに森で俺を迎えてくれるキリシャ。


 花咲くような笑顔に、ひまわりを象った髪飾りがよく似合っている。


 はぁ……いい。

 これですよこれ。

 他のヒロインどもにはない癒し……!


「おじいさん、今日もキリシャは手作り料理を持ってきたですよ! キリシャの育てたアボカドを召し上がれ!」


「よく育てられましたね……」


「次はドリアンに挑戦するですよ!」


「そこはイチゴとかにしときましょうよ」


調伏テイム』の能力といい、動植物を従える力に長けた少女である。


 おそらく――自分の世界の中に、味方を増やしたいのだろう。


「サラダにしてきたですからいっぱい食べてください! キリシャがとりわけするですよ! キリシャは女子力が豊富なのです!」


「『女子力』のイメージは貧困なようですが……ああ、どうもありがとうございます。おいしそうですな!」


「ふふーん。策士なキリシャは自分の方に大きいアボカドを入れてやったです! キリシャは抜け目ないとこがあるですから!」


 やだかわいい……。

 その程度で悪ぶるキリシャかわいい。

 女を寝取りまくってる本物のクズにきかせてやりたい(me)


 キリシャと並んでお食事。

 かわされる、他愛のない会話。


 食物のシェア=森の中での家族ごっこ。


 俺との関係の中に、『家族』を望んでいるのだ、この子は。

 

 それはともかく――


「アボカドおいしいですよ~♡」


 はぁん……かわいい。

 難しいこととかどうでもいい。キリシャかわいい。何も考えられない。かわいい。


 と、キリシャが食事の手を止め、空をぼうっと見上げていた。


 よく空を見る子だ。


 じぃっと、そこになにかを見出そうとしているかのように。


「キリシャはとっても不思議なのですが」

 不意に、キリシャは言った。

「どうして強い人って戦いありきで物事を考えるのでしょう? その前にやることがいっぱいあるですよ!」


 ユータロウのことを言っているのだろう。

 自分のために決闘に臨もうとするユータロウには感謝している――でもその行動原理は理解できない。

 

 安心を探して生きるキリシャには、よくわからないのだ。

 他に害されない力あるのに、その存在は安定しているのに、なぜわざわざぶつかろうとするのか――


「どうして強い人がすぐ戦おうとするかって、そんなの決まっているではありませんか」


 俺はキリシャの手をとり、言う。


「――弱いからですよ」


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