その4 逃走の果て。

腕を前後に振って、力強く足の裏全体で地面を蹴る。

この人達から離れて、あの木々の中を抜けるのだ。


走りながら後ろを振り返ると、イケモトが、私と同様の全力疾走でこちらを

追い駆けて来るのが目に入った。



やべぇ、あいつ速ぇ!!



背負っているリュックサックが邪魔に思えた。

その重たさが私のスピードを減じているのでは?

いっそ、投げ付けてみる?


いやいやいや、それは私が後で困る。

追い付かれそうになったら、急に反転して一発ぶん殴るか?


考えている間に、足音は近付いて来る。

このままだと、すぐに追い付かれてしまう!


よし、止まって一発...



ズシャァ!!



足を止めて振り返ろうとしたその瞬間、背後で、カタい地面にスライディングをしたかのような音がした。


イケモトが転倒していた...。


これまた私と同じように、4分の1回転して体の側面を大地に打ち付けたようだ。

さっきの私と違うのは、全力ダッシュの力が働いて、身体を地面に派手に擦っている、という点だ。



うっわ、痛そう...。



そう思ったが、逃げなくてはならない。

倒れたイケモトに再び背を向けて、私はまた走り始めた。


イケモトもすぐに立ち直り、こちらを追おうとしているようだ。

足音でわかる。

しかし、足がもつれているらしく、また足を滑らせた悲しい音が耳に届いた。



人生の中で、こんなに一生懸命走ったのは間違いなく初めてだ。

その甲斐あって、林の中に逃げ込む事ができた。

しかし、まだ追って来ている。

どうにかしてイケモトの視界から消えたい。


木の間をすり抜けるように走る。

めっちゃしんどい、そろそろ限界。



そう思った瞬間...



ズルッ、と足下が滑った。

あっ、と驚いたその時、私はもう倒れていた。

その勢いで、身体が斜面を転がる。

大した角度じゃなかったからか、それはすぐに止まった。


はあ...はあ...はあ...。


目の前の大きめの木に背を預け、へたり込む。

もう無理だ、もう限界。



??:「お疲れですか?」



え...?


イケモトか...そりゃへばったよ...。

くっそ、おまえら私をどうする気だよ...。



ん...?


あれ?

イケモトじゃないぞ。



首を振って、周囲を見回してみる。

頭上も見てみたが、人の姿は無い。


まだ追い付かれてないのか。

じゃあ、今の声は?



??:「大丈夫ですか?」



ん?


やっぱ私、話し掛けられてるよな。

どこよ?


重くなった腰を上げて、周囲をぐるりと確認してみる。

人の姿は見えない。



木の上か!?



....



.....



いや、誰も居ない。



??:「すいません、私はここです。」



明らかに私に向けられた言葉だ。

声がした方には、木の幹しかな...



木の


幹に


人の顔の


形が


浮かんでいる!!



??:「あの、怪我とかありませんか?」



その顔が喋った!!



新井:「ひぃいいいいいいいいいいいい!!!!」



今日はずっと、ビビリの叫びは自分の脳内にしか響かなかったけれど、ついにこの時、声帯で大気を揺らした。


あまりにビビッた私は後ろに跳び退き、その拍子にかかとを滑らせた。

そしてまた転倒し、左の尻を地面に打ち付けた。

その衝撃がキッカケとなって、私の腰に...


マグニチュード7級の地震が起きた。

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