妹からの告白

「あのね……わたし、もう、お兄ちゃんから見えなくなってしまうの……」


「それって、成仏するってこと?」


「……うん。レアカードのね、有効期限が切れるの。そうなると、私、向こうの世界に行くことになるの……もう、ガチャ引けないし……課金も年齢制限があるから、これ以上できないの……」


「可視化SECカードのことか?」


「うん……」


そう言うと、ユリは声を上げて泣き始めた。

俺の目からも涙があふれてきた。


さんざん泣いた後、落ち着きを取り戻したユリは、俺にこんなお願いをしてきた。


「最後に、お兄ちゃんに連れて行ってもらいたいところがあるの。あのね、私のお友達のところ」


「俺をあの世に連れて行くのか?」


「ちがうよ。私が生きていた時のお友達のところだよ。アヤちゃんっていう子。言いたかったことがあるの。でもね、私、死んでしまったから、もう自分の言葉では伝えられないの。だからね、お兄ちゃんに代わりに伝えてもらいたいの」


俺は、ユリがそのお友達に伝えたかった言葉を聞いた。

事情を察した俺は、ユリのためにさっそく、そのアヤちゃんという子の家に行くことにした。


チャイムを鳴らすと、アヤちゃんの母親と思われる人が出てきた。

俺はこう告げた。


「あの、ユリの知り合いの者ですけど、アヤさんにお伝えしたいことがありまして……」


途端に、母親の表情が険しくなる。


「なんですか、あなたもうちの子を責めに来たの? うちの子は関係ありません! ユリちゃんが亡くなったのは、気の毒なことだと思います。けれども、うちの子を人殺しみたいに言うのは辞めてください!」


隣で聞いていたユリの表情が曇った。

もちろん、ユリは幽霊なので、相手には見えていない。


俺は取り繕った。


「い、いや、そういうことじゃなくて……」


すると、奥からアヤちゃんと思われる女の子が出てきた。

ユリと同じくらいの歳の子だ。

そして、ユリと同じセーラー服を着ている。


「待って母さん、いいから。私、この人の話、聞きたい」


隣にいるユリは、久しぶりにアヤちゃんの顔を見ることができて、とても喜んでいるようだった。


アヤちゃんにも、ユリの姿が見えるといいのに……



俺たちは、居間に通された。


俺は、ユリから聞いていた内容を、目の前に座るアヤちゃんに伝えた。


「あの、俺はユリから伝言を預かっていて……」


「ユリちゃんは、岬から落ちて亡くなったのよ。いつ聞いた伝言なの?」


俺は迷った。

真実を告げるかどうかを。


幽霊になったユリから聞いた、なんて言ったら、変な人だと思われて追い出されるだろう。

俺は、隣に座っているユリの顔を見た。

ユリは黙って頷いた。

俺は、ありのままを話すことに決めた。


「あの……信じてもらえないとは思いますが、幽霊になったユリから話を聞きました……」


アヤちゃんたちは、目を丸くする。

当然だ。

こんな話、信じる方がおかしい。


しかし、俺はユリから聞いていた話を、事細かに丁寧に語った。

小六の時に行った、春の五稜郭公園での花見のこと。

ユリちゃんとアヤちゃんは五稜郭公園でショーを見ながら、あの役者さんかっこいいよね! などという話で盛り上がった。その話をしてみた。

そんな話は、ユリちゃんとアヤちゃん、本人たちしか知り得ない内容であった。


それを聞き、アヤちゃんは俺の話を信じてくれたようだった。

アヤちゃんのお母さんの方は、まだ半信半疑ではあったが、娘の真剣な表情を見て、この話は最後まで聞くべきだと思ったようだ。

俺は続けた。ユリからの告白を。


「ユリは、『ユリちゃんは作家になんてなれないよ!』ってアヤさんに言われて、傷ついていました」


途端に、アヤちゃんの顔が暗くなった。


「覚えています。私がそんなこと言ったばっかりに、ユリちゃんは……」


「いや、違うんだ」


俺は言った。


「確かに傷ついたけど、ユリは自分の甘さをはっきり指摘してくれたアヤちゃんに感謝していたんだ。それは信じてほしい」


「でも、ユリちゃんは岬から飛び降りて……」


「事故なんだ、あれは」


「事故? 自殺じゃないの?」


「あの日、ユリは立待たちまち岬にある文学碑を一人で見に行ったんだ。作家になる! という決意を確かめるために。でも、立待岬は断崖絶壁になっているから、そこで足を踏み外して、津軽海峡に落ちてしまったんだ……人通りが少ない場所だから発見が遅れて、残念なことに……助からなかった」



アヤちゃんは、自分のせいでユリが自殺したのだと思いこんでいた。


ユリは自分が死んだことで、アヤちゃんが世間から叩かれているのを幽霊の状態で見てきて、心が痛い日々を送っていたのだった。

それで、この土地に縛られてなかなか成仏できなかったのだ。



アヤちゃんのせいじゃないよ。

私は自殺ではないよ。


ユリはどうしても、それを伝えたかった。


そして、ユリは俺の前に化けて出て、俺に代わりに伝えてもらうという選択肢を選んだのだった。


アヤちゃんは、納得してくれた。


ユリちゃんは自殺ではなかった。

ユリちゃんは、自分を恨んではいなかった。

ユリちゃんは、死んでもなお、自分のことを心配してくれていた。


アヤちゃんの目から涙がこぼれた。

それを見たユリも、涙をこぼした。


もっとも、その涙は俺にしか見えないのだが。


俺は言った。


「あの……信じてもらいにくいとは思いますが、今、ここにユリの霊が来ています。ここです」


俺は隣を示した。


「ここにユリがいます。何も見えないとは思いますけど、今、お話すれば、ユリは聞いてくれます」


アヤちゃんは、俺の言葉を信じ、ユリがいると思われる空間に向かって語り始めた。


「ユリちゃん、あの時、作家になるのは無理よ! なんて言ってごめんなさい。告白するね。私、ユリちゃんの才能に嫉妬していたの……だから、あんなこと言ってしまったの……それとね……私、ユリちゃんと同じ中学を受験したくて、一生懸命勉強したの。それでね、私、EIイーアイ女子中学に合格したよ! この制服見て! ユリちゃんとこの制服を着て、一緒に写真を撮りたかった……」


俺は言った。


「ユリは、あなたと同じ制服を、今も着ています」


「そう……そうなんだ……よかった……」



「お兄ちゃん、アヤちゃんに合格おめでとう、制服とっても似合っているよ、って伝えて」


「ユリが、『合格おめでとう、制服とっても似合っているよ』って言っています」


「私、人殺しじゃなかったのね。いや、ちょっとは原因あるけど、ユリちゃんは自殺じゃなかったんだね。私にはユリちゃんの姿は見えないけれど、これからもずっと、ユリちゃんのことが大好きだよ。一生の友達だよ!」


ユリの目に、再び涙があふれた。


俺たちは、アヤちゃんの家を出た。


「お兄ちゃん、ありがとう! 伝えることができてよかった。これで思い残すことはないよ」


「あぁ、来て本当によかったな」


ユリの姿がだんだん消えていく。

そろそろ、お別れの時のようだ。


「ユリ、これまでありがとな」


「妹がいる暮らし、楽しかった?」


「あぁ、楽しかった」


「私も一人っ子だったから、お兄ちゃんが欲しかったの。楽しかったよ! お兄ちゃんを紹介してくれたみぃちゃんに感謝しなきゃ!」


「そうだな。ステキな出会いをありがとう」


「うん、あっちの世界で、みぃちゃんに伝えておくね。お兄ちゃんはとっても嬉しそうだった、って。そして、お兄ちゃん……最後に告白するね……お兄ちゃん、大好き!」


そう言って、ユリは消えていった。



遠くから、ハリストス正教会の鐘の音が聞こえてくる。

ユリは天に召されたのであろう。


こうして、俺は妹のいる生活を終えた。

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