妹との日々

「妹なんだからさ、ユリでいいよ」


「お、おう……ユリ……」


実際に口に出してみるとなんだか照れるけど、確かに呼び捨てのほうが妹感あるよな。


「ユリってさ、EIイーアイ女子校の制服着ているけど、そこの生徒なのか?」


「実はね、違うの……私、EIに行きたくて受験勉強していたんだけど、受験する前に死んじゃった……それでね、お葬式のときに、私のお母さんがこの制服を用意してくれたの。生きていたら中学に行きたかったでしょ、って。それで、私にこの制服を着せてくれたの」


「そうか……行きたかった学校に行けなくて残念だったな……」


「……うん。残念……あのね、ここの制服、普通のセーラー服じゃなくって、有名なデザイナーさんが作ったセーラー服なんだよね。すっごくかわいいから、お友達と一緒にこの中学に行きたいね! って猛勉強していたんだ。でもね、私だけ死んでしまって……」


「そのお友達は、受かったの?」


「うん。アヤちゃんって子なんだけど、受かってた。私、幽霊のまま合格発表、見に行っちゃった」


「そっか、お友達は受かったのか。それはよかったな」


「……うん……」


ユリの表情は、どことなく、ぎこちない感じがした。

俺は何か、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。


ある日のこと。

ユリは俺にお願いをしてきた。


「お兄ちゃん、勉強教えて!」


「ああ、いいよ。何教えてほしい?」


「あのね、私、小六で死んじゃったから、歴史の勉強、最後までやってないの」


「そっか、なら幕末から明治の勉強でもしに行くか」



五月の函館はこだては花見シーズンだ。

内地の方では、桜といえは四月なのだろうけど、ここは函館。

桜前線はようやく上陸してきたところだ。

俺たちは、「五稜郭ごりょうかく公園」を訪れた。


「わたし、函館に住んでいたのに、あまり観光名所みたいなところ、行ったことなかったの。連れてきてくれてありがとう!!」


「おお、それはよかった。ええっと……明治政府に反抗した旧幕府勢力は、この函館の地に移住して、蝦夷えぞ共和国を建国したんだ。その本拠地がこの五稜郭だ」


「へぇ~、日本の中に別の国を作ったんだね。で、一番偉い人は誰だったの?」


「蝦夷共和国の総裁は榎本武揚だよ。選挙で決めたんだ」


「すご~い! 選挙で決めるだなんて、明治政府よりも進んでいたんだね!」


「でも、さすがに明治政府が蝦夷共和国を容認するわけがない。戊辰戦争で蝦夷共和国は滅ばされてしまったよ。その戦いの場となったのが、蝦夷共和国の首都、函館。この五稜郭だよ」


俺たちは、五稜郭タワーに登った。

ユリは幽霊だから、展望エレベーターの料金を払わずにこっそり乗り込む。


「下にいるときはわからなかったけど、五稜郭ってちゃんと星型になっているんだね!」


タワーから見下ろすと、五稜郭が星型の要塞であることがはっきりと分かる。


「ねぇ、お兄ちゃん、下の公園でやっているチャンバラ、見てみたい!」


「ああ、いいよ」


俺たちは、五稜郭公園内でやっているショーを見ることにした。


函館の戦いをテーマにしたパフォーマンスだった。

新選組の土方歳三ひじかたとしぞうが、明治政府軍と戦うお話だ。


「ねぇ、あの役者さん、かっこいいよね!」


「え? あぁ、あの人か。まあ、そうだな」


「あの役者さんね、去年もこのステージに出ていたんだよ! それでね、お友達のアヤちゃんと一緒に推していたんだ~」


「そっか、ユリはそんな推し活をしていたんだ」



五稜郭公園を出た俺たちは、市電に乗って、「元町」の方へと向かった。

元町も観光地として有名だ。


「ほれ、ペリーの銅像だよ」


「ペリー! 聞いたことある。えっと、浦賀にやってきて、日米和親条約を結んだ人だよね!」


「ユリ、よく知ってるな」


「うん、一応、中学受験するために勉強してたから」


「日米和親条約で函館が開港した。それを記念して、この銅像が建てられたんだ」


「うん! 和親条約で開港したのは下田と函館!」


「正解! よく覚えていたな、偉いぞ!」


「やった! お兄ちゃんに褒められた!」


「よし、次は肝試しに行くか」


俺たちは、「外国人墓地」へと向かった。

幕末に開港した函館には、たくさんの外国人が訪れた。

不幸にも、長い船旅を経て亡くなった外国人もいる。

そんな外国人のための墓地が、函館にはあるのだ。


「どうだ? 外人の幽霊とか見えるか?」


「う~ん、幽霊なんていないよ」


「それもそうか……あれから百年以上も経っているもんな。でも、幽霊と一緒に墓地に来たのは、きっと俺だけだろうな」


「あは! そうかもね」


俺は、外国人墓地の心霊スポットに向かった。


「え……なにこのお墓……怖い……」


赤墓と呼ばれている、真っ赤なお墓だ。


「ユリ、おまえ幽霊だろ。墓を怖がるのかよ」


「だって~、幽霊でもこのお墓は怖いよ~ 真っ赤なお墓なんて初めて見たよ」


「この墓の裏に彫られている漢文を読めてしまうと、死ぬって話だぜ」


「え~?! 怖い……」


「いや、ユリはもう死んでいるだろ」


「あ、そっか」


幽霊でも怖がるってことは、本当に怖いってことだな。

実を言うと、俺もあまり赤墓の前では長居はしたくない。

俺たちは、家に帰った。


ユリと一緒に五稜郭に行けたのも楽しかったし、幽霊と一緒に肝試しをしたなんて、きっと俺だけだろう。


いい一日だったな。

俺はそう思った。


ある日、俺は聞いてみた。


「ユリはさ、彼氏とかいるの?」


「なにそれ? いるって答えたらヤキモチ焼いてくれるの?」


「え? う~ん、妹だからな……やっぱり、ちゃんとしたやつと付き合ってほしいし……」


「ふふふ……いないよ! 私、幽霊だもん。それに、生きていた時もいなかったよ~」


「そっか」


「な~に安心した顔してんの? あれれ~、お兄ちゃん、私のこと好きなの?」


「うるさい妹だな。そんなこと言う妹、いるかよ!」


「う~ん、いるかもよ!」


こんな感じの毎日だった。

そう、こんな日々が、毎日続けばいいのに……



「ところでさ、ユリ。自分の親には会わなくていいのか?」


「……うん。お父さんもお母さんも、私が死んでから、どこか遠いところに引っ越しちゃった。私の力では、追いかけることはできなかったの……」


「そっか、ユリは函館の地からは離れられないのかもな」


あと一つ、俺はユリについて知りたいことがあった。

なぜ、死んでしまったのかだ。

しかし、これはいくら聞いても教えてくれなかった。

俺は、自分で調べてみることにした。


ユリは、俺が学校に行っている間は姿を現さない。

学校で俺が独り言を言っていたら、おかしな人だと思われるだろうって、遠慮してくれているのだ。

俺と同じクラスに、妹がEIイーアイに通っている友達がいた。


「あのさ、お前の妹の学校で、自殺した子とかいないか?」


「なんだよ、縁起でもない。そんな話、聞いたことないよ」


「そっか……」


「あ、でも……友達をいじめて自殺させた子がいるって噂だぜ。人殺しとか言われて、逆にかわいそうだけど、まぁ、自業自得だよな」


それだ!

ユリの死に何か関係があるに違いない。


それから数日後。


「あのね、大事なお話があるの……」


ユリのテンションがいつもと違っている。

俺は心配になった。

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