言えなかった言葉

神楽堂

かわいい妹との出会い

「お兄ちゃん、おはよ!」


おしゃれなセーラー服を着た女の子がそこにいる。


「誰?」


俺に妹なんていない。

誰だ、この子は?


そういえば小さい頃、見知らぬ誰かに起こされる夢を見たことがある。

目を覚ましてみると、それは人ではなく、飼っていた猫が俺を起こしていたのだったが……

今回もそれなのだろうか。


いや、俺は今、猫を飼っていない。

じゃあ、俺を起こそうとしてくるのは一体誰だ?


俺にかわいい妹がいたら幸せなんだろうな、なんて妄想をすることはある。

そんなことばかり考えているから、女の子に起こされる夢を見てしまうのであろうか。

謎の女の子は、一生懸命俺を起こそうとする。


「ほら! かわいい妹が起こしているんだから! ねぇ! さっさと起きなさ~い!」


ずいぶんと自信がある子だな。

自分のことを「かわいい妹」って言う妹が、この世にどのくらいいるだろうか。

まぁ、たくさんいるのかもしれないし、あまりいないのかもしれない。


しかし、俺には姉も妹もいない。

一人っ子だ。


俺は、「自称かわいい妹」をまじまじと見てみた。

自分で言うだけのことはあって、確かにかわいい。

髪型はツインテール。

セーラー服を着ているが、顔は幼いので、おそらくは中学生くらいだろうか。


「お兄ちゃん、私みたいなかわいい妹に起こされたいって、いつも思っていたんでしょ? ほら、こうして来てあげたんだから、ね! 起きて~!!」


俺の潜在的な欲求が、こんな夢を見させているのだろうか……



結論から言えば、これは夢ではなかった。


目を覚ましてベッドから出ても、その「自称かわいい妹」はそこに立っていた。


泥棒? 強盗?


とてもそんな感じには見えない。


「お兄ちゃんは、私のことが見えるんでしょ?」


「あ、あぁ……」


「どう? 私に起こされて、嬉しかったでしょ?」


「……っていうかさ、キミ、誰?」


「あは! やっぱり私が見えるんだ!! やった!!」


「あぁ、見えるよ。でさ、キミは誰なんだ?」


「私はユリ。お兄ちゃんの理想の妹! ねぇねぇ、もっと喜んでよ!」


まぁ、確かにユリちゃんはかわいいし、こんな妹がいたらいいな、とは思っていた。

しかし、この状況はいったい何なんだ?


「で、ユリちゃん……だっけ? ユリちゃんは何しにこんなところに来たんだ?」


「何しに来たって? それはね、私のことが見える人に、お願いがあって来たの」


「さっきから見える見えるって、じゃあキミは見えない存在なのか? 例えば、幽霊とか」


「正解!」


そう言って、ユリちゃんは手を差し出してきた。


「握手、してみる?」


こんなかわいい子と握手ができるという喜びを隠しながら、俺はそっと手を伸ばした。


?!


俺の手は、彼女の手をすり抜けた。


「ね? わかったでしょ? 私には体がないの……」


「あぁ……ユリちゃんが幽霊だってことは、なんとなく分かった。で、どうして俺のところに化けて出たんだ? 俺はキミのことなんてまったく知らないんだが……」


「私だって、お兄ちゃんのこと、知らないよ」


「は? じゃあ、なんでここに来た? この土地の地縛霊とかか?」


「えっとね、お兄ちゃんのところに来た理由……それはね、紹介されて来たの」


「誰に?」


「幽霊ネットワークのみぃちゃんに」


「は?」


俺はますます混乱した。

なんだこの設定は。


「幽霊ネットワークのみぃちゃんがね、あの家に化けて出てごらんって。私みたいな子がタイプらしいから、何でも言うこと聞いてくれるだろうよ、って」


なんだよ、その幽霊ネットワークって……

そして、幽霊たちの間で、俺の嗜好が広められているのかよ……


「その、幽霊ネットワークとやらでは、なんだ、その……俺がどういう子が好きかとか、そういう情報が出回っているのか?」


「うん。みぃちゃんがね、情報提供者なの」


「みぃちゃん……」


「みぃちゃんの言ったとおりね。ほら、お兄ちゃん、こんなラノベばっかり読んで」


ユリちゃんは、俺の部屋に散らばっているラノベを指さした。

そのラノベは、異世界転生したらかわいい妹がいたという設定の物語だった。


「みぃちゃんがね、お兄ちゃんはいつもこんな本ばかり読んでいるから、妹キャラとして化けて出たら絶対喜ぶはずだ、って」


はいはい、そうですか……

まぁ、否定はしませんよ……


「ねぇ、お兄ちゃん、もっと喜んでよ! かわいい妹、ずっと欲しかったんでしょ?」


あぁ、喜んではいるさ、こんな夢みたいな状況に。

ただ、頭が追いつかない。


「ユリちゃんは、俺にしか見えないのか?」


「そうだよ。お兄ちゃんにだけ見える、って設定で化けて出たんだから」


「なんだよ、その設定って」


「幽霊が姿を見せるのって、大変なんだからね! ガチャ引きまくって、やっとレアカードの『可視化SEC』出したんだから!」


「……幽霊の世界も、ガチャなのかよ」



そんなこんなで、俺とユリちゃんとの生活が始まった。

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