教室の隣人

『今日は何の話をする? 天花、何か最近の変わった話とか持ってないか?』

『急に言われてもそんなにすぐには……あ』

『何かあるのか?』

『たいして面白くもないけど、それでもいいなら』

『それでもいい。人の話に最近飢えていてな』




「なあ、薄氷サン。アンタやっぱ他の人と話した方がいいよ」

 学校で休み時間に前の時間の復習をしていると、突然隣から声をかけられた。

 色素の薄い茶髪とバチバチのピアスが特徴的な彼の名は鋼条こうじょう 閃也せんや。隣の席だが、今までほとんど話したことはなかった。彼は華やかな薔薇の花束のようなもので、いつもクラスの中心にいるためこれまでお互い積極的に関わろうとはしなかった。

「……そうですかね」

「絶対話した方がいいだろ、顔はいいんだしさ。アンタ入学した時から『氷みたい』とか『人形みたい』だとか好き放題言われてるの知ってる? 実際俺もそう思ってるけどな」

 そんな風に言われていたとは初めて知った。それで、この男は何のためにわざわざ私に話しかけたのだろうか。

「そうですか、初めて知りました。そんな油を売りに来たのなら、こちらを見つめているあちらの彼女らの方へ行ってあげてはいかがですか?」

 鋼条は顔がいい。しかも愛想がいい。相手の言ってほしいこと、ほしくないことを見抜いて会話をするのが得意のようだ。私は顔の造形は兄と鏡で見飽きているが、女子に人気があるのもやむなしといったところだ。

「やっぱ氷だな。俺がどこでどんな油を売ろうと自由だろ?」

「今忙しいので私にとっては迷惑です」

 できるだけ早くお引き取りいただきたい。四方八方からの視線が痛い。これ以上鋼条と話せば誰かから陰口を叩かれるのは確定だろう。これだから人間関係は面倒だ。

「ま、俺が言いたかったのは……勿体ないってことだ」

 そう言ってにっこりとこちらを見つめて笑うその顔がなんだか胡散臭く見えるのは、私がひねくれているからなのだろうか。

「貴方に言われてはいそうですかと人に話しかけることなど私にはできないんです。貴方とは違って才能が無いので。もう一度言いますが、視線が痛いので早くお引き取りください」

「…………まあ、しょうがない。とりあえず今日のところはこのくらいで。アンタ綺麗だしさ、ちゃんと友達作りゃすぐに人気者になれると思うんだがな。……そろそろ視線が痛いからあっち行くわ、また話そうぜ」

 おととい来やがれ。とは言っても、主張は圧倒的にあちらの方が正しくて、なんだか憂鬱な気分にさせられた。




『ということがあったんだよね。そこで相談なんだけど、友達を作るにはどうしたらいいと思う?』

『俺に言われても、俺も友人を作るのは得意としていなくてだな。助言できることはないと思う』

 困った。本当に困った。唯一の相談相手であるレオンも友達を作るのが苦手。ネットで調べてその内容を実践しようとしてみてもできないのだ。まるで突然金縛りにあったかのように、自分の体を操れなくなる。

『上手く笑えない、流暢に話せない、話しかける勇気もない。話しかけることができたとしてその後話を続けられる自信もない。どうしたらいいんだろう』

『それは、対面だからなのか? 少なくとも俺との会話は続いていると思うが』

『対面以外で話したことがほとんどないから分からないや。レオンの場合は対面じゃないのもあるだろうけど、話してて楽しいから続いてるのかな』

 友達がいないからメールをしたりする相手もいない。自分について深く考え直すと心がすり減る。

『あー、その、なんだ。俺は応援してるからな、天花が友達を作るのを。助言はできなくても話を聞くこと位はできるだろう。その代わりと言ったらなんだが、俺のことも応援してくれ。俺は兄のような立派な騎士になるのが夢なんだ』

『……ありがとう。もちろん私も応援するよ、レオンの夢を』


 私は友達を作る才能を持っていない。友達を作りたいのだって、漫画や小説のようにキラキラとした青春を送ってみたいのだって心の奥底からの本心。

 だけど、同時に心の奥底には別にこのままでいい、面倒なだけという思いを持っていて努力がいっそうできなくなっているのもまた事実であり本心。それでも、初めて応援されて、心の内を打ち明けて、初めて「頑張りたい」と思えるようになった。

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