いなくてもいい子

 僕がミステリーにハマるきっかけになったのは金田一耕助と古畑任三郎なのだが、その前に僕の話を少ししよう。

 大阪から広島に引っ越した話はしたと思う。人生初の転校で、これは僕の中でとても大きなポイントだった。

 信じられなかった。僕がいなくなった後でも、僕がいたあの小学校では、あの団地ではあの公園では、当たり前の日常が流れる、そんな当たり前のことが、とにかく信じられなかった。僕がいなくても世界は回る。僕は世界の中の小さな存在にすぎない。

 同じ頃、父親は仕事が忙しくなって癒しを求めるようになった。僕の二歳下の妹はまさに癒しだったのだろう。父は朝、僕を起こす時は「おいさっさと起きろ」ときつい言い方をするのだが妹を起こす時は本当に優しく起こした。その格差は幼心に本当にショックだった。

 そしてこれらのことが、僕に次のような思い込みを植え込んだ。

 僕はいらない子なんだ。

 まぁ、ただの勘違い。幼くてものを知らないからこその思い込みなのだが、この時僕の心にこんな考えが浮かんだ。「いなくなった僕の声を聞いてほしい」

 ミステリーは「死んだ人」、つまり「いなくなった人」について真剣に考えるジャンルだ。もう劇中には出てこない人の隠された声を聞く。別にあの頃の僕にそんな分析的な理解があったかと言うとまぁないしあるわけもないのだが、僕にとってミステリーは「優しい話」だった。死んでしまった人の無念を晴らす。ひっそり息を潜めた者の息吹を検出する。

 さぁ、そんなバックボーンを覚えていただいて……。

 話は戻って中学生、まず僕は金田一耕助に出会った。稲垣吾郎が主演のフジテレビでやっていたシリーズもので、年に一回くらいのペースだったかな? 記憶は定かではないが毎年冬頃放送されていたと思う。僕が初めて見たのは『女王蜂』で、シリーズ三作目だったと記憶している。というのも前の二回が確か小学生の頃に放送されていて、当時は「気になるけど怖そう」という認識だったのだ。それが中学生の頃、何かの拍子に見ることになり、どハマりした。多分頭を掻いていたと思う。

 しかしこれだけじゃない。

 同じ頃、古畑任三郎ラストのシリーズが三日間放送された。

 藤原竜也、イチロー、松嶋菜々子。

 どれも最高に面白かった。犯人目線で進む物語。息を潜める者の息吹を検出し、死んだ人の無念晴らす。

 これらがきっかけで僕は金田一耕助のシリーズ『獄門島』を買い、古畑任三郎のシリーズを頭から鑑賞し始めた。個人的に『獄門島』は人生のベストミステリートップ10に入るし、『悪魔が来りて笛を吹く』『犬神家の一族』も最高だった。『八つ墓村』は実話をモデルにしてると聞いてその実話を調べたし、古畑任三郎の『動機の鑑定』を何回も見たから犯人役の澤村藤十郎を知り、それをきっかけに歌舞伎の世界を少し覗いたりもした(造詣は深くないけれど)。『しゃべりすぎた男』のトリックは本当に最高で、後にカーのとある作品を読んだ時はこの経験があったから謎が解けた。

 そしてこの頃、僕は人生で初めての「小説」を書いた。『十年刀』という作品だ。

 その刀に切られると、例えどんなに軽傷でも十年後に呪い殺される。肌にちょっとでも傷がつけば呪いの範囲内。持ち主も扱いに気をつけなければならない妖刀……。

 この十年刀を持った悪の殿様に若い侍が立ち向かう、という話。

 若い侍には秘策がある。

 切られると十年後に死ぬというのなら、切られた後に切られればまた十年、また切られればさらに二十年と寿命が延びるではないか。

 敗れたり十年刀! さぁ切ってこい!

 となったところで悪の殿様は若い侍の首を十年刀で切る。

「その理屈は確かに通るが刀とはものが切れてこそ。当然頭と胴を分けることくらい難なく、そして首を切られれば人は死ぬ」

 という、なんとも肩透かしな話を書いたというか、ルーズリーフにつらつらとまとめたというか。

 それから後に。

 高校に進学した僕はいよいよ人生初のミステリーを書く。

 原稿用紙で言うと五十枚くらい。文字数的には中編という扱いになるのだろうが、当時周りに二万字を超える文字量を書いた人間は少なかったのでそれなりに僕の周囲では話題になった。まぁ、文芸部の部誌に載せたのでまず文芸部はみんな知り、そして例年にない分厚さの部誌を見て驚いた先生が読み、という順序なのだが。

 別のエッセイでも書いたがこの作品は酷評された。文芸部の女子が寝ている僕の隣で悪口大会を始める程度には酷評され(途中で起きていたのだが何となく起きづらかった)、しかもこの作品は国語の先生が授業中にわざわざ取り扱ってまで酷評するという嫌われぶりで、言ってしまえば散々だった。

 この国語の先生は「下の名前が一緒だから」とかいう理由で村上春樹が好きだったのだが、本件以来村上春樹を手に取るとあの教師が脳裏に浮かんでムカつくので僕はハルキストにはなれない、そんな呪いにかかってしまっている。今でも村上春樹と聞くとムッとしてしまうくらいには嫌いだ(村上春樹さんは完全な風評被害というか、巻き添え事故というか、申し訳ない限りなのだが……)。

 教師というのは生徒の未来に影響を与える仕事なのだからもう少し真面目にやってほしい。あいつはプロ意識に欠ける。以来教師という職業がどうしても苦手である。

 そういうわけで……。

 この時期にたくさんの「好き」とたくさんの「嫌い」ができた。一度影響を受けると根っこまで染まるタイプなので「好き」は今でも好きだし「嫌い」はなかなか好きになれない。

 そんな高校生活も終わる頃。

 大学受験。この頃から既に精神病傾向のあった僕は最初の症状らしきものを迎える。ありきたりな表現をすると、頭には泥が詰まり、筋肉は綿のような……。

 暗黒期である。

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