第16話 闇市場とデニールの悪事


 闇市場は昼の会場とは比べ物にならない珍しい品物と、いかにも怪しい商人たちで溢れかえっていた。魔族もちらほら見える。


 というか、生前の時の知り合いが居るではないか——獣神官ディアス。


 ギャンブルと女好きとは聞いていたが、なぜここに。仮面をしていても魔力とその姿で正体はバレバレだ。幾つもの死闘を乗り越えて来た仲間だ、間違うはずがない。


 獅子の立髪に強靭な肉体を誇り、大剣を振り回す。だが使える魔法は治癒魔法のみという、ギャップがある……。


 この頃ならば、陛下の近くで治癒者として活躍していたはずだが。こんな場所で暇をつぶしていて、いいのか? 彼に目をとられている隙に、競りが始まった。


「皆様、よくぞお集まりいただけました。この場を仕切らせていただきますマッテオです。本日は幾つもの目玉商品がございます。

 また、種族によっては不快に感じる方もいらっしゃるでしょう。ですが、ここで事件を起こせばどうなるかは、理解できますよね?」


 ここでの殺人、窃盗、虚偽は、死を意味する。闇の罪人たちが、地獄の果てまで追って来て家族や友人、繋がりがある者を殺しに来るという意味だ。


「それでは、最初の商品です! 邪竜ファーブニルの紅玉! これを装備品に組み込むことで、あらゆる闇・毒・出血耐性を付加することが可能! 正に一級品でしょう。最初は、15万」


 さて競りが始まりましたと……。この隙に、ガーネット商会は魔族の血清を用意する。


 競りの商品は様々で、白骨化した王の遺体、偽造通行証や魔法バッジ。それに……。


「続いてはあの有名な、天使の泉の源泉、サキュバスの卵巣の原液を混ぜた幻の媚薬です。これを使えばどんな女性でもイチコロ」


「おおおおっ!」


 男達は興奮した様子で食いつている。マッテオは更に説明を続けた。


「それだけではなく、今までにないぐらい活力に溢れた貴方の姿が見える事でしょう! こちらは、3つほど用意がございます。3つ合わせて、100万マニーから」


「500万マニーッ!!」


「500万マニー! 他に買うものは? 居ないようですので、そこの大柄の仮面の方! ご購入です」


 やれやれ……そういう事か。ディアスの目的は媚薬にあったのだ。確かに幻の媚薬を手に入れるならば、わざわざやってくるのも頷ける。


「それではご苦労であった」


 ディアスは軽く挨拶をすると、この場を離れていった。奴らしい去り際だ。


 昔は魔物の討伐が終わると、近くの街へ一目散に帰り、女を抱いていた……今日はこの街で何人を抱くのだろうか。


 そんな妄想に耽っていると、僕らの商品の番がやって来た。


「次はこちら、純粋に開発された魔族の血清です! 既に試験済みで人体への投与が可能! 人間以上の力を、可能性を引き出す特注品です!」


 これは、デニールを釣るための餌だ。ガーネットはマッテオに続き、更に話を続けた。


「マッテオ様。素晴らしいご説明をありがとうございます。皆様、この場をお借りして商品の説明を詳細に話させていただきます」


 ガーネットは巧みな話術で、皆を魅了する。安全性や力について詳細に話し、最後にトドメの一撃を放った。


「悪魔族の力で王の権力を手中に収めることが可能でございましょう」


「3000万出そう。それでどうだ」


 仮面越しにデニールが提案した。


「3000万ですか。それは無理ですね。これらを作成するのには、それはそれは長い年月と、労働力、犠牲が必要。一つだけでも、500万マニー以上はする品物です。どうでしょう、全てで1億とは——」


「構わない。全てだ。全ての薬を購入する」


「かしこまりました。ご購入ありがとうございます」


 ガーネットは深々とお辞儀をして、今後の取り決めをした。薬はこの場には数ロッドしかないため、全てを届けるために場所を設定したのだ。


「それでは、次がラストの商品です。今日の目玉と言ってもいい、ダークエルフの子供です」


 デニールの商品か……魔族を競りにかけるなんて——許せないな。デニールはマッテオに続けて、説明した。


「彼女は今、夢の中にいます。愉悦、至福、幸福という夢の中に。そのため、彼女に出会ってからの半年間は、世話をし、育て上げて来ました。

 彼女は今でも私の事を、第二の父親と思い、”パパ” と呼んできます。純粋無垢なダークエルフの娘です」


「ダークエルフの子供だと……珍しい」「育てれば、やがて——グフフ」


 デニールの説明は、男達の欲望を掻き立てている。


「ですが、そんな彼女の夢も今日終わるのです。さあ、夢の終わりに見せる——表情は最高のスイーツとなるでしょう。おい、立てベル」


「はい、パパ。ねぇ、どうして私は鎖で繋がれているの? ここはどこ、暗くて何も見えない」


 デニールは彼女の頬をパチーンっと引っ叩いた。


「ガキが!! 俺のことを気安くパパと呼ぶんじゃない!」


「ッ痛い。痛いよ、パ——」


 デニールは鞭で彼女の身体を何回も引っ叩いた。見るに耐えられない。


「フハハッ。良い、やはり良い! 最高に楽しいな、弱者を痛ぶるのは! 皆様、失礼いたしました。余興はこの程度とさせていただきます。


 傷はポーションで、全て元通りになります。その他にも、獣族、ドワーフなど新鮮な奴隷を幾つかご用意しております」


 隣で競りを見ていたスレッタの殺意が爆発していた。


「——許さない。あの男。絶対に」


「僕もだ。彼は殺すだけでは済まないだろう。ここはぐっと堪えるんだスレッタ。報復のチャンスは僕が必ず作る」


 仮面の奥から、魔眼を発動させ、何とかスレッタを説得した。闇市場での競りが終わり、全ての商品が落札された。

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〜宿屋にて〜


「デニールと取り決めた場所は、町外れにある、プロテスタ教の教会です。そこでの受け渡しを命じられました」


「プロテスタ教か。あまりいい噂は聞かないな。デニールとその家系が裏で指揮をとっていとの情報がある」


 宿屋や酒場の人々の話によると、この街の若い娘はプロテスタ教の修道女として働けば、神の御加護を貰い受け、幸福が訪れるという経典が存在するらしい。


 それに従い、成人した娘をプロテスタ教が修道女として貰い受けるなんてのは、よくある話なんだとか。


 あのデニールの事だ——大体のことは予想できる。


 取引の日の夕方になりガーネットの護衛として、プロテスタ教の教会へと潜入した。

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