第10話 エルシレーナさんと魔剣


 城内の休憩室から、ジェレミーとエレインが出ていくのを見届けた後に、僕はヒューイへと近づいた。


「やぁ、ヒューイ兄様。体調はどうですか?」


「ハハハッ、何も心配ないよ。僕は、僕はね。知ってるんだ。秘密をね。ハハハッ」


 彼と会話をする事も難しくなってしまった。瞳も魂が抜けた人形のように、視点が合っていない。典型的な、精神病だ。


「そうですか、秘密を知りたいです。お聞かせください」


 不安や恐怖を打ち消す薬草を使用した、特製のポーションを彼に飲ませた。生前、アイリーナ様の興味から薬草学を勉強していたのが、ここで役に立つとは。


 アイリーナ様に、この上ない至上の感謝を。


「実はね、僕の母さん。悪いことをしているんだ。この前なんて、魔族の血がどうたらこうたらっていて、変な衣装の人たちと一緒に居たし。でも、僕には秘密にしろって」


「それで?」


「母さんは叔父さんに命令されているだけなんだ。カール伯父さんだよ」


 ——情報を更に聞き出そうとした時に、突然扉が開き、女性が押しかけて来た。僕は空かさず、タンスの中へと隠れた。


「ヒューイ。ヒューイ! 無事なの、熱は、身体は? あぁ、我が愛しの子よ。なんで、あなたがこんな目に」


「……おかあさん」


 ヒューイは薬の効果が切れたのか、口パクしか出来なくなっている。カーラ妃はヒューイの身体をそっと抱きしめて、何か話している。


「あなたが居なくなったら、私は……私の努力は? あなたを育てるために、どれだけ時間をかけたと思ってるの!!」


 その後、抵抗できないヒューイの身体を突き飛ばし、側近を呼んだ。


「息子が、息子が暴れておりますわ! 誰か、来てください」


 直ぐに、衛兵と大臣、医者のような人が部屋へと入って来た。医者は注射器をヒューイに打ち、ヒューイが奇声をあげる。


「ああああああああっ!」


 あの注射器から、異様な魔力を感じる。それにあの医者からも……。魔族なのか? 今は泳がせておいてやるが、カーラ妃は、どんな手段を使っても殺す。


 その後、カーラは「後は任せました」と言い残し、衛兵と部屋を出て行った。大臣と医者は、ヒューイの様子を観察した。


「問題はなさそうですね。早ければ、一ヶ月しないうちには、覚醒を果たすかと。新しい実験材料として、今度は村の子供数十人を——」


「えぇ。それならば問題ないでしょう。カール伯爵に頼めば、新鮮な子供を用意出来ます」


 大臣と医者はゲスのような会話をしている。僕は、微量の魔力を大臣に飛ばしマーキングした。彼らは数分もしない内に、部屋を出て行く。


「君も大変だな、ヒューイ。悪いが、同族の力は吸収させてもらう」


 彼の心臓に左手を当て、魔眼を開眼させる。闇魔法を操作し、彼の身体の内に残る魔族の血だけを分解、吸収した。


「さて、に、図書館へでも行くか」


 僕は部屋を後にし、その日は図書館へと赴いた。

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「お願いよ〜! いいじゃない、少しぐらい!」

「ダメなものは、ダメです! 貴方もしつこい人だ。これで、100回目ですよ」

「100回だめでも、101回目ならばいいでしょう?」


 まただ。あの青髪魔道士と衛兵が言い争っている。名前だけでも聞いておくか。


「お姉さん。いつもここに来るけど、どうして?」


「あら。あなたは、この前猫さんと一緒に居た子ね。実は、とある魔導書を読みたくて……永久魔導剣『ダインスレイブ』に関する情報を集めているの」


 ダインスレイブ、聞いた事がある。この世に13しか存在しない、魔道具の一つだ。その中でも、生命の魂を喰う危険な存在だとも。


「へぇ。お姉さん物知りなんだね。良ければ詳しく話を聞きたいな」

「えー何この、純粋無垢じゅんすいむくな眼差しは……断れないじゃない//」


 二人で場所を移し、城下町のレストランで話をすることになった。

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「じゃあこの、鹿肉のビーフシチューと、珍魚を使ったソテー、野菜のフリット、ダイヤモンドパフェ、それから——です。それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 ウエイトレスに注文したオーダーが届き、僕は紅茶を飲んでいる。


「……お姉さん。見かけによらず、めちゃくちゃ食べるんだね」


「んんー! 美味びみぃ! お肉はホロホロだし、パフェは甘すぎず最っ高ね。この魚も美味しいわー!。あっ、ごめんね坊や。私、大食いなのよ」


「全然大丈夫です。それより、お姉さんの事について聞かせてください」


「これは失礼。私はここより遥か北、北境にあるアレスタシア皇国から来たわ」


「アレスタシア皇国。聞いた事があります、無限に連なる氷壁の中、閉ざされた幻想の国……ですよね?」


「そうそう! 坊やは物知りなのね。素晴らしい女皇陛下が治める、素敵な国よ。で、私は姉と一緒に外の世界に飛び出したって訳」


 北境か。魔族でも度々噂になっていた魔法の国だ。この先、戦争が佳境を迎えることになった時、彼らの力を持ってすれば帝国の力を弱めることが出来る。


「でねー。旅の途中で、転々としてたらさぁ、姉さんがダインスレイブに魂を吸い取られちゃって……彼女は深い眠りについてるの。帝国の魔導図書館に来れば、何か手がかりがあると思ったのだけれどねー」


 そう言いつつ、彼女は小包を取り出した。袋を開けると、魔剣が巨大化し忌々しい呪いの剣がテーブルに出現した。


「これが、魔剣ダインスレイブなのか……。なるほど、お姉さんの探している魔導書は僕が何とかしてあげるよー!。その代わり、お姉さんには僕と同盟を結んで欲しいんだ」


「坊やがー?」


「だって僕この国の王子だから。名前は、レイノルド・ゴッドウィン」


 お姉さんは飲んでいたお茶を豪快に吹き出した。間一髪、テーブルの下に隠れてお茶を回避した。


「それは本当なの?!」


「本当だよ。末息子で、貴族出身ではないから護衛とか居ないけど」


「結ぶ、結ぶ! 同盟結んじゃうわ! それで、私は何をしたら?」


「帝国のスラム街をまとめる、反乱軍の教師役になってもらいたい」

 

 僕は首をかしげ、ニコニコしながら、彼女に問いかけた。


「反乱軍の教師ね。お安い御用だわ!」


「やったぁ! そしたら、これからお姉さんも仲間だね。これが、僕が作成したリスト。これが、今後の——」


「んっ? いや、待って……反乱軍。それって、大丈夫なの……かしら」


「ダイジョーブ。お姉さん、強そうだし。代わりにダインスレイブに関する情報は書き写して、渡すね! お姉さんの名前は?」


「エルシレーナだけど……」


「エルシレーナさん。これで、契約成立」


「うっ、うん……わかったわ」




 彼女と素早く同盟を交わして、僕は店を出た。夜の城へと戻った。

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