第8話 投影結界 罪と罰
ヒューイを乗せた馬車は、いつもの岩場から数百メートル離れた小さな古民家へと到着した。僕が発見した、今は使われていない木こりの家だ。
「うぅ。こっ、ここは一体……」
「ケへへへッ! さーて、王子様を誘拐したんだから、さぞかし高値で売れるんだろうなぁ!」
「ヒィィッ! 誰だ、お前ら! 僕は第三王子のヒューイだぞ」
「なんだこのガキ。やっちまうか?」
いい感じに、盗賊がヒューイを震え上がらせているところで、僕が割って入った。
「やめろ。人質には手を出すなと言っているだろ」
「……暗黒仮面。チッ。おい野郎ども。ずらかるぞ」
盗賊が家を出て行き、僕とヒューイだけがその空間に取り残される。
「お前ら、タダで済むと思うなよ!! 俺様を誰だと思ってやがる。ルーランド帝国の王子、ヒューイ・ゴッドウィンだ! 父上に言いつけて、殺してやる!」
ヒューイは自分がこの状況にあってもまだ、身分の高さを主張してくる。それに、彼は興奮が治らないようだ。
「やれやれ。貴方はただの餌ですよ。少しは、静かにしてくださいませんか?」
「餌だと? ハハハハッ。何を冗談を! 餌はお前だ、このチビ! 今すぐにでも、騎士が駆けつけ、お前を八つ裂きにしてくれる」
「騎士? あまり、期待はしない方がいいですよ。それよりも、具合はどうでしょう? ほら、見えてきましたか」
「なんだ、なんだよこれ!?」
ヒューイは自分の手元を確認し、酷く動揺している。技が発動していれば、彼の手には彼が最も恐れている恐怖の象徴が乗っている。
僕はこの空間を利用し特級魔法『投影結界』を発動していた。
結界はこの世界の中に自分の内側の創造を上書きし、具現化させる魔法。術を発動中はその空間のみが、本来の法則を離れ、術者の世界の法則に従うことになる。
ただし、結界内の法則が定まらなければ、自動的に崩壊する。例えば、結界内では無重力で空を飛べる、相手が炎で包まれるなどだ。
「使用者の魔力量と干渉力に左右されるかつ、世界の法則を上書きするため、常に発動速度を安定させねばならない。扱いが最も難しい術……」
生前の僕も使用は出来たが、閉じられた空間を媒体にするという技術を持ち合わせておらず、具現化もパッとしなかった。そのため、知識として本を際まで読み終えた。
「今は、家一つ分の空間ならば、3分は持続できる。『
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
僕の投影結界で具現化しているものは、僕がこれまでに知覚、痛覚、嗅覚、触覚、精神的に経験してきた全ての苦痛、痛み、憎悪、憤怒、恐怖、激情。それらを、ヒューイに直に与えている。
「あぁぁぁぁっ、痛い、痛い、痛いよ!! ああああああアアア」
ヒューイが口から泡を吹き出し、全身がブルブルと震え上がった。だが失神することは許されていない。そういう風に、具現化させている。
「うっ&@@*。たす、助け、助けて。お母さん」
「そろそろかな。僕も魔力が切れそうだ」
僕は結界を解き、目の前のヒューイに目をやった。どうやら、結界を解いた瞬間に失神してしまったらしい。
実験は成功だ。魔力の出力を安定させて、技を磨けば、もう少し応用の利く投影結界になりそうだ。
ヒューイを拐ったのには二つ理由がある。
一つ目に、今回の技を試す実験台。まぁ、日々の仕返しと思えばいい。二つ目に、帝国内部の上層部や妃、大臣を炙り出すため。
流石に帝国の王子だ。少なくとも捜索隊が組まれ、大臣やらも動くだろう。交渉を持ちかけ、僕が手に出来ない、情報を出来るだけ集めたい。
盗賊たちには、人質は殺すなと釘を刺し、帝国へ戻ることに決めた。
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〜10日後〜
僕の予想通り、捜索隊は組まれた。修道院の人々から、王子の誘拐にはここら辺一帯の盗賊グループが絡んでいると言う情報を元に、帝国周辺の捜索が始まる。
今日は久しぶりに兄妹で食事をする席が設けられた。アーサーは遠征へ、デニールは軍の指揮の演習で欠席。スカーレイはいつもと同じく居ない。
「ヒューイ兄さん……だい、だいじょーぶがなぁ!」
いつもヒューイに引っ付いていた、ジェレミーは泣きながら、食事をしている。ヒューイの安否を心配しているのは、彼の表情から見ても本心だろう。
「大丈夫ですよ。ヒューイ兄さんならば、帝国の騎士団から選ばれたエリートが捜索してくれてるって、母上が言ってましたので」
五男のルーカスは、にこやかな笑顔でジェレミーを励ましていた。一方で長女のメルシーは無表情でシチューを食べている。全く関心がないようだ。
「えーー。ヒューイ兄様、居なくなっちゃったんですー? まぁ、消えちゃったらな仕方ないよねー」
そう喋りだし他のは、四女のテレシー・ゴッドウィン。紫色の髪にエメラルドの瞳をしている。どこか掴めない雰囲気のある、お茶目な四女だ。
テレシーは天然というか、心の内が読めない。いつも、手元には通信機のような物を握っており、ピコピコと動かしている。噂に聞くと、遠い東の大陸の技術らしい。
「口を謹みなさい。テレシー。私たちに出来るのは、信じて待つことのみです。彼の無事を皆で祈りましょう」
「はーい。ごめんなさい、エレイン姉様」
アーサーと同じ金髪に、透き通った蒼色の瞳をしている少女、エレイン・ゴッドウィン。アーサーと母親は同じだけあって、兄譲りの堅実な性格を誇る。
魔力や剣術は兄には遠く及ばないがな。
「レイルノド。食べないのですか? ぼーっとしていると、シチューが冷めてしまいますよ」
エレインが話しかけて来た。人の観察をしていたばかりに、すっかり目の前のシチューを忘れていた。
「はい。ヒューイ兄様のことが、それはもう心配で。なかなか、食欲が湧かず……捜索隊とか言うのは、現在どうなっているのでしょう」
そう言うと、メルシーが口を開いた。
「さぁ。私の耳に入ってきた情報だと、危険な魔物が沢山出没している、岩場辺りまで範囲を広げたとか、どうとか。興味はないわ。ご馳走様」
メルシーは最後にそう言うと、そそくさと部屋へ戻って行った。
「ヒューイ兄さんは必ず見つかる! 今日から、毎日お祈りをしにいく!! うおおおおっ! ルーカス、お前も来い!」
ジェレミーはシチューにがっつき、食べ終えるとルーカスと共に部屋へと消えた。僕もそろそろ部屋に戻ろうと、席を立った。
「さぁ、幕を開けようか」
僕はオフィーリアに合図をし、今後の作戦を決めた。
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