第7話 誘拐事件


 盗賊との一件から帰宅して、いつものように部屋に着いた。


「ねぇ、レイ様。彼らは本当に信用できるのでしょうか?」


「それならば、問題ないはずだ。リアの血で既に魔力をマーキングしてある。逃げ出そうとすれば、僕が仕留めに行くよ」


「レッ、レイ様。なんて、天才なのでしょうか……」


「いいや。君の血のおかげだよ。ご苦労様だ、リア」


「あの、もし宜しければ。その……」


 いつものやつか。


「あぁ、リア。その髪はシルクのようになめらかで、風に舞う姿はまるで、女神のように美しく、その顔はどの角度から見ても可愛い。いや、美しい。それが君だ」


「レイ様ーーーー!」


 オフィーリアはこの上ない至高の表情をしている。


「……べセルも撫でてよ」


「もちろん。今日もお疲れ様。べセル」


 べセルの頭をそっと撫でた。彼女とも、だんだんと打ち解けて来ている。このまま三人で居ると、居心地の良さから——を見失いそうになる。


「この復讐心は、王家の血の最後が絶えるまで——生き続ける。

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 次の日の朝、相変わらずヒューイは帝国内の修道院にて治療をしていた。僕はお見舞いと称し、彼の容態を見に行って来た。


 修道院は、城下町の外れにあり、堂々とした雰囲気を醸し出している。高い尖塔せんとうが空にそびえ、美しく装飾された窓ガラスが神聖な光を反射している。


 帝国の人間は殆どが、メサイア教と呼ばれる唯一神を信仰する宗派に偏っている。その影響で、ここの修道院でも神の銅像がある。


 僕は礼拝堂や食堂を通り抜け、ヒューイが寝転んでいる寝室へと上がり込んだ。


「ヒューイ王子。ご親族の、レイノルド王子が面会に来てらっしゃいます」


 看護を勤めている女性が僕のことを、ヒューイのベッドまで案内してくれた。


「ヒューイ兄様。お元気ですか? 兄様の事が気がかりで、今日は花を摘んで持って来ました」


「ふー、ふー。レイノルド……お前の顔なんか、見たくもない。どこかへ行け。くそ野郎」


 相変わらずの嫌われっぷりだ……。


「ただ、兄様のことが心配なだけで……僕は、僕はなんて無力なのでしょう。兄様が、病で倒れているというのに、僕は兄様に何も、何もしてあげられないのだから!! くそっ!」


 僕は自暴自棄になった演技をして、近くの鏡に頭突きをし、額から流血させた。


「おっ、おやめ下さいレイノルド様! 行けませぬ、貴方のような王子が血を流すなんて。これで、血を拭いて下さいませ」


「……すっ、すみません。つい、兄様の痛みを知るには、こうする他に無いと……」


「なんていう、兄弟愛なのですか。でも、そんな自傷行為は誰も望みませんのよ。最後に挨拶をしましょう」


 彼女から渡されたハンカチで額を拭い、出血を抑えた。持ってきた花束に自分の血が付いているのを確認する。


「レイノルド。お前、そこまでして俺の事を——」


「兄様はいつも、僕に愛を与えてくださっています。だから、少しでもお力になりたいのです。よければ、この花を受け取ってくださいませんか?」


「チッ。仕方ない。今日だけだ。俺が、元気になったら、また遊んでやるよ。下がれ」


「ありがたき、お言葉。それでは、私はこれにて失礼します。ヒューイ兄様」


 あの花束の花は『ネモフィラム』。


 鱗粉は神経を害する毒がある。その花を持つ時間が長ければ、長くなるほど効果は強まる。

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 僕はいつもの様に剣と魔法の稽古を終わらせて、今日は帝国一の王立図書館へと来た。


「これ以上先へは、貴族や王族の者しか進めません。どうか、お引き取りを」


「ええええー! せっかく、遠路はるばるこの場所へと来たのにー?! ほら、魔道士で、国家資格のバッジも持っているわ!」


「それでは、身分の証明になりません。お引き取りを」


「くぅぅ! あの衛兵ったら、北境からここまで何日かかると思ってるのよ!」


 透き通った青い長髪、一際デカい魔道帽子を被っている。どこから見ても魔道士という格好をした女性が、階段を不機嫌そうに下がっていく。


「あら?」

「ニャー?」


 彼女は僕とオフィーリアとすれ違う時に、猫の姿を二度見した。


「なんでしょう? 魔導士様」


「フーーン。その子猫ちゃん。強力な魔法がかかっているわね」


 正体がバレたのか?


「私でよければ、その子猫ちゃんの魔法を解いて差し上げますわ! きっと、呪いでその姿になっているのだわ」


「あーー、いえ。大丈夫です。それでは」


「……そう。後悔しないようにね! それじゃ!」


 何故だか、彼女とはまた直ぐに会いそうな気がした。そのまま、階段を上がり、衛兵に会釈をする。図書館へと入館する。


 この図書館は3階まで分かれていて、一般の観光客や魔道士が入れるのは2階まで、3階に入れるのはラッキーだ。


 ここでしか読めない魔導書がいくつもある、これもその一つだ。


 特級に分類される具現化魔法『投影結界』。最強の具現化魔法だと謳われており、暗黒魔王陛下の十八番おはこだ。


 特級魔法とは下級、中級、上級、超級、王級とは比べ物にならない能力を持った階級の魔法。それの特筆すべき点は三つ。


 一つに相手を戦闘不能、もしくは即死させる効力を持つ。


 二つに半永久的に魔法が継続出来る可能性を持つ(後遺症や、魔法使用後の効力を加味する)。


 三つに、特級と思わしき魔法、魔道具、魔物、ダンジョンを攻略出来ること。


 投影結界は術の構築式が全て公になっているものの、扱いが難しい。王級の魔法使いであっても、習得が出来ないとされている。それを、この身体で扱えるようにする。


 他にもオフィーリアの魔法強化に使えそうな、血の魔術などもあって、興味深かった。とっくに日は暮れて、夜になった。

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 ……さてと、ハザン一派の手助けを少ししてやるか。仮面を身につけ、ローブを纏い、準備を整えた。街中の屋根を飛び回りながら、僕とべセルで修道院に着く。


「べセル。明かりを消してくれ」


「ラジャー」


 べセルは得意の雷魔法で、修道院周辺の電力供給を停止させた。


「何事なの?!」「修道士様!」「ランタンだ! ランタンで明かりをつけろ!」


 修道院内では、混乱が巻き起こり——ハザン一派が突入してきた。


「野郎どもー! 金銭を掻っ攫えぇ!」


「うぉぉぉぉ!!」


 盗賊と衛兵が、剣を交えている音が聞こえてくる。どうやら、約束通りハザンは来たみたいだな。


「べセル。ご苦労様。君はもう、戻っていいよ。後は、僕がやる」


「ラジャー。後でご褒美期待してる。主人様」


 ウィンクをして、彼女は夜の闇へと消えた。


「さてと……。伝令には申し訳ないけど、寝ていてもらおうか」


 僕は修道院の周り全体を観察するため、尖塔のてっぺんから建物を見下ろしていた。伝令が修道院から、城の方へ向かおうとする所を——後ろから槍の投擲で突き刺す。


「ぐぁぁぁっ! 足が。これでは、城に行けぬ……」


 脚の腱を切れば問題ないだろう。その後も、数人だけ始末した後に、ハザンとその一派がヒューイを誘拐するのが見えた。


 自分の血をマーキングしたので、魔力も感知した。


 彼らが、城下町の下の方へと走って行き、馬車に乗り込んだのを確認する。


「よし。予定通りだ」


 これで、ヒューイの誘拐が完了し、濡れ衣を盗賊一派にすることに成功する。

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