第6話 イエスで答えろ


 黒装が無ければ、死んでいた。漆黒の鎧は全て砕かれ、左腕からポタポタと血が垂れて来た。


 雷の影響で、岩場に電磁波が発生するようになった。これは、二撃目が来たら確実にあの世行きか……。


(どうした? その程度なのか。影の王の器よ)


「いいえ。貴方の実力を見てました。ようやく分かった。何をすべきなのか」


 闇属性の元素魔法で一番効果を発揮するのは、破壊ではなく『吸収と拡散』。すなわち、この場の全ての雷を吸収して、自らの糧とし拡散する。


「『黒装・纏刃まとば


 漆黒の鎧を再構築し、周辺の雷を纏わせる。


 それらを全て手元に集めて、槍状へと変換し、クラウンウルフ目掛けて投擲とうてきした。槍は凄まじい勢いと熱が篭り、直線状に真っ直ぐ飛んでいく。


 バゴーーーーンッ!!


 巨大な轟音と共に、クラウンウルフのツノを打ち砕いた。


(見事。其方に、我が子孫を預けよう。さらばだ、影の王の器よ)


 クラウンウルフは最後、雄叫びを上げ、雷を召喚した。その中から、獣人化したモフモフの少女が出て来た。


 彼女は俊敏な身のこなしで、岩場の壁を走り抜け、僕の方へと近づいて来た。近くで見ると、華奢な身体をしてはいるが、筋肉がついており、猫耳に尻尾、鋭い八重歯が目立つ。


「アンタが私の主人か。弱そう」


 初対面の一言目で、弱そうか……。まぁ、彼女も子供だろう。これから、主従関係を構築していけば問題ない。


「クラウンウルフの娘さん、よろしく。名前はなんて言うの?」


「特にない。アンタが決めていい」


「そしたら、君の名前はべセル。べセルだ」


「ん。今日の宿を紹介して」


「今日の宿?」


「そう。べセルは暖を取らないと。眠れない」


 魔力も尽きたので、オフィーリアとべセルと共に岩場を離れ、帝都に戻ることにした。

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 部屋に着き、二人に対してこれからの計画を話した。


「まずは、各々の戦闘力を上げたい。そのため、これからは広大な大地にある魔物の巣窟、ダンジョンを探検し、徹底的に魔力を底上げする」


「めんどくさい。さっさと、王様になってよ」


 べセルはあまり乗り気ではないらしい。


「レイ様に失礼よ! 新参者!」


「何か文句でもあるのか? 一族の掟に従って、今は従者やってるけど、私自身はまだこの子の事を主人とは認めてないから」


 とにかく、二人の相性はあまり良くないようだ……。


 狼種は次世代に行けば、行くほど強くなる因子を持つ種族、ベゼルが傲慢ごうまんなのもうなずける。


「まぁまぁ、二人とも。これから、数年後までに勢力を拡大して、この国を乗っ取るのだから——それまでに、最強を目指す」


「——はい!」「……はい」


 僕の覇気が効いたのか、二人の返事が初めて揃った。

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 それから、数日もしない内に岩場の魔物を狩り尽くしてしまい、人間の盗賊が暮らすようになっていた。


 彼らは、弱者や商人から金銭を奪っている悪人だ。幼い子供に手枷を嵌めて、奴隷のように連れ回している。


「べセル、やっていいぞ」

「ラジャー」


 べセルが一瞬で盗賊をコテンパンにやっつけた。僕は、舞踏会の仮面を身に付け、岩陰から登場することにした。


「元気かい、盗賊たち。まずは、子供たちを解放させよう」


「誰だ、テメェは!?」


「僕の名前は……名前は、そうだな」


 数秒考えて、『暗黒仮面』と名乗った。


「暗黒仮面ダァ? ふざけるな! 俺様たちを舐めヤガって!」


「はぁ。いいかい。君たちは今から、僕の命令に従うんだ。それ以外に生きる選択肢はない」


「うるせえ! この、チビが!」


 盗賊たちは、一向に反省の意を見せる気配がない。目でべセルに合図をした。


「はーい」


 彼女は盗賊たちが反抗できなくなる程度まで、半殺しにした。


「ここからが本題だ。君たちのリーダーは?」


「……ハザン様です。俺らは、下っ端で」


「ハザン……たまに耳にする帝国周辺に住み着いている盗賊一派のことか。それで、彼は今どこに?」


「……あなたの、下敷きに」


「あぁ。ちょうど、高さを出すのに良かったから踏みつけていた。岩かと思ったよ。ごめん、ごめん」


 僕はハザンの身体から飛び降り、彼の上体を起こした。確かに、身体つきは屈強な蛮族って感じだ。


「リア。お願いできるか?」


「はい、レイ様」


 オフィーリアの血清と治癒草をブレンドしたポーションだ。帝国で売っているどの薬よりも品がいい、特級品。それを割り、彼に浴びせた。ハザンはみるみる内に回復し、正気を取り戻した。


「ハザンよ。今から、君と君の盗賊一派は僕の命令に従うことになる」


「はぁ? 何なんだ、てめえらは?!」


「状況が飲み込めてないようだな。玉蹴たまげりを始める」


 僕はハザンの股間目掛けて、思い切りを蹴り上げた。


「*&#*!!」


 声にもならない、ハザンの悲鳴が辺りに鳴り響く。


 玉蹴りとは、かつて陛下が発見した古文書のアートからインスピレーションを受けて成立した、正式な刑罰だ。男性器を狙って、次々に蹴りを入れていく。


 おすにはこれが一番効果覿面こうかてきめんかつ、屈服させやすい。


「次、答えるときは、イエスだ。分かったか?」


「……くそ」


 ブンッ。


 もう一度、股間を蹴り上げハザンの悲鳴が飛び散った。


「イエス。イエス……イエス」


「よし。君らには、ある重大な任務を受けてもらう」


「イエス」


「帝国の第三王子 ヒューイ・ゴッドウィンの誘拐だ」


「王子の誘拐っ?!」


「イエスで答えろ」


「……イッ、イエス」


 彼に玉蹴りは相当効いているらしい。無意識に、股間を手で覆っている。


「もちろん、難易度が高いことは承知だ。彼は現在、療養中でね。警備が薄いんだ。それに、僕も任務遂行に手を貸す。結構は、明日の夜だ。返事は?」


「イエス」


 ハザン一派を従順な駒にし、王子誘拐へと動き出した。

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