03.風呂上がりと眠れない夜

 お風呂から出て、替えのローブに着替える。鏡がないので(ベッドの後ろにはあるけど)、ここでお手入れは出来ない。髪が濡れたままなのは嫌なので、乾かすために魔法を使う。


 手に魔力を集中させ、詠唱。


「【髪を乾かすやつ、よろしく】」


「祭」とでっかく書かれたうちわが出てきた。

「超魔の才」はこのように前世の物を出してくる時がある。私が転生者であることと関係があるのかもしれない。


で、これで髪を乾かせと?


「し、死ぬ……腕が死ぬ……」


 うちわでひたすらにあおいで何とか髪を乾かした。結構長く金髪を伸ばしていたので、かなり時間が掛かった。腕がちぎれそうなくらい痛い。


『ヘッヘッヘッヘッ』


テーブル横の椅子に乗っかってシロたんが待っていた。そう、晩ご飯の時間である。よほどお腹が空いたみたいで、舌を出してヘッヘッしている。その仕草が可愛すぎたので腕の痛みは忘れた。


「よしよし、今ご飯をあげるからね~」


『ワンチャン!』


 私はシロたんと向かい合うようにして席に着いた。一見普通に見える木製テーブルの上には、赤い魔法陣がでっかく描かれている。


 このテーブルは魔道具の一種で、魔力を注ぐと属性に応じて色んな食事を出してくれる。

 どういう仕組みか私にはわからない。こんな技術があるなら電化製品作れるだろうとは思う。


 ともかく、テーブルの上に描かれた魔法陣に手を当てて、魔力を送り込んでいく。

 魔法陣が赤く光り、光の粒が食べ物の形を形成していく……


 魔法陣の光が収まると、テーブルの上には食パン2きんと水の入ったグラスが乗っていた。


 食パンはふわっと小麦の香りがするけど、切れてないし、冷めている。ナイフやフォークは当然ない。


『ワンオ?』


「うん、これで夜ご飯は全部……」


『ワン……』


 スン……という音が聞こえるくらい、シロたんの顔が「無」になってしまった。


私の魔力は無属性なので、こんなのしか出てこない。


「私だって辛いんだよ……」


『ワン……』



「さあ、弟子の諸君。今日はもう寝る時間だ。早く寝て、明日の修行に備えよう」


 食後にやることもなく、本棚に収められている魔導書をぺらぺらめくっていると、どこからか師匠の声が聞こえてきた。


 これはある一定の時間になると全部屋に流れる「師匠アラーム」。朝・昼・夜の合計3回、決まった時間に流れる。


 塔の中に時計はないので、この「師匠アラーム」が時間を把握できる唯一の手段となっている。なんで時計を置かないのか、その理由は謎だ。


 夜の師匠アラームがきっちり3回流れ終わると、部屋の灯りも自動的に消える。起きている意味も無いし、ベッドに潜り込んだ。


 とにかく、ボロをなるべく出さないためにも、どこかサボれる場所を早く見つけないと……


 無になったままのシロたんを抱き枕代わりに、ひとまず私は眠りについた。


「……」


 眠れない。バッチバチに目が冴えて、眠れない。


 シロたんのもふもふに包まれているのに、こんなに目が冴えているのは初めてだ。


 なんでだ?滝行か?パサパサの食パンか?

 考えたけど、思い当たる原因はなかった。


「眠れないねえ、シロたん……」


『ワンワン……ウィオー……』


 あれだけ無になっていたシロたんはもうぐっすり寝ている。


「シロたん~シロたんは私がいないと寂しいか……?」


『ワウ……ヌゥオー……』


 NOって聞こえるけど気のせいだよな。魔物は人語を喋れないもの。


 少し考えた結果、私は起きてみることにした。今までは師匠アラームの後直ぐ寝ていたから、この時間に動き回ったことは無い。


 早速ベッドから出る。灯りは消え、部屋の中は真っ暗だ。一寸先は闇。足下すら見えなかった。


ただ、そこまで問題はない。元々大して物も無い部屋だから、ドアの位置くらい覚えている。


 部屋から出ると、夜の廊下はやっぱり暗い。でも等間隔で燭台しょくだいが設置されていた。


 師匠アラームも寝る時間だって言ってたのに、燭台のおかげで夜でも歩けるようになってる。何故だろう?


 まあ、良いか。赤い絨毯じゅうたんを踏みしめ、先へ進む。


「結局私はどうしたいんだろう……」


 眠れないから起きた。その後どうするかは特に決めてない。行くもめんどい帰るもめんどい…


 寝不足だと明日の修行に響くし、戻るべきかもしれなかった。


 まあ、普段明るいときしか通らない場所が暗いと、それだけで結構楽しい。夜の学校を探検するみたいな高揚感がある。

 それで私の足はどんどん前へ進んだ。


 やがて、分かれ道に差し掛かった。右側へいくと滝をはじめとした自然豊かな空間が広がっている。左はまだ行ったことがない。そろそろ引き返そうか、どうしようか……


「もしかして、【五属性持ちフルカラー】のマキナさんですか!?」


 迷っていると、突然背後から声をかけられた。

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