父との対話

 恋が迎えに来てくれて、いったん病院を離れることにした。冬馬のいない家に帰りたくない、と主張すれば、駅近くのホテルのシングルルームを取ってくれた。車で向かうまでの三十分ぐらい、わたしは恋の話を聴いた。彼が父親でないということを直接聴いたのはそういえばこれが初めてだった。「なんでわたしを引き取ろうと思ったの?」と尋ねたところ、「尊敬してる奴の娘だったからな」と彼らしい軽薄な口調で言う。「でもいつか、海晴は帰ってくるって俺も信じてるから、まあ夏美は、それまでの大事な預かり物って感じかな」という言葉も、本気だったのか、冗談だったのか。大事な預かり物って言葉は素直に嬉しいし、そういう風にわたしを扱ってくれていたことも分かる。愁香さんのことも、きっとそうなんだろう。「早く春子と仲直りしなよ」と呆れた口調で言ってみた。「春子が許してくれたら、俺はすぐにでも仲直りするんだけどな」と恋は無邪気に笑う。こういうところが春子の怒りの火に油を注いだんだろうなあ。でも春子はそこが好きなんだと思うし、わたしもまあ、嫌いじゃないよ。そこから先はどうでもいい映画とかアイドルの話をして、ホテルのエントランスで車を降ろしてもらった。恋らしく間が抜けてるというか、取っている部屋は喫煙室であったため、「お父さん、臭い!」とラインを送った後、カーペットの上に正座したまま意識が落ちた。いくつもの夢を見た。その全てに冬馬の姿があって、どれも笑っていないことが、尊い。

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