第11話 甘々デート


 オレは腕白美少女こと茜に腕を引かれるままに街を回った。

 現在は十八時ごろで空は既に暗くなり始めている訳だが。


「ねぇ蒼斗――、あそこ行こ!」

「え、またぁ?」


 茜はオレの右腕に抱き着いて、あちこちへと引っ張った。

 二の腕に何か柔らかい感触があることはさておき、右腕がちぎれそうなほど彼女は力が強い……まるでお――いや、これはタブーだな。

 などと関係ないことで頭を埋める作業に必死であるが、そもそも彼女から直接発せられるフローラルな香りや、ベッタリの距離感など童貞のオレには刺激が強すぎる。


「こういう店、今日何度目だ……?」


 たった今入った店はケーキ屋。前に入った店はパンケーキ屋。その前はサーティー〇ン。更にその前は……ご想像にお任せする。

 茜はとんでもない。というよりもはや異常。

 オレはこのままだと今日摂取した糖分だけで糖尿病になるやもしれん。恐るべし特級。


「いいじゃーん! ダメなの?」

「いや、そうは言わなけどな、さすがに甘い物ばかりで頭が……」


 彼女はブラックスーツから隊服に着替えていて絶対領域が見えるがそんなことはどうでもいいのだ。

 ちなみに西暦2213年現在「ジャケットコンパクト」という技術で服装を二セットまで容易に持ち運べるため、彼女の場合はブラックスーツと戦闘用隊服という異能士協会指定の隊服の二着を設定しているようだ。


 隊服を着ているとレベル保持者、つまり異能者である証になり商品全般が二割引きになるというメリットがある。そもそもその人の隊服は本人しか着れないという特殊な認証システムがあるので乱用もできない。


 この世界は狂っているため、レベル保持者にはこのように手厚い支援と名誉が約束される。一方無能者、つまり一般人も相当数いるため、その場合も普通以上の扱いは受けれる。というか普通「0」が基準でその上のレベル保持者が凄いという認識なのだ。

 だがしかし「-1」―――これはそう簡単にはいかない。レベル数値がプラスの値で社会的地位を保証されるとするなら、その逆の数値であるマイナスは扱いもそれよりマイナスになる。


「ごちそうさまー。……うーん、なんか少し物足りないなー」

 

 数分後、茜はショートケーキとイチゴタルトを平らげてみせたあと、なぜか若干はにかみ、微笑んでくる。


「なにぃ、私の顔ジロジロ見て?」


 いやぁ……驚いた。今日はこれで四度目の糖分摂取だが、彼女は食べる姿も可愛いのだ。

 豪快とは少し違うが、遠慮がないというか、変に取り繕ってないというか。ありのままと言うべきか。

 普通の女子は自分を可愛く見せたいために「あたしこれしか食べられない、うえーん!」とか言ってるイメージだが(偏見)。


「ねぇ蒼斗、要らないならそのモンブラン私にちょうだい?」

「え、これ?」


 うんうんと黒髪を揺らしながら頷く。


「仕方ない。いいぞ」


 許可すると茜は構えられていた鋭いフォークで狙いを定め、獲物(モンブラン)を捕らえた。


「ん?」


 しかし稀代の甘党女子はどういうわけか獲物を半分ほど残した。

 オレは全部あげたつもりなので気になり茜の方を見ると、彼女は官能的な手つきで黒髪を耳に引っ掛けながら、反対の手でモンブランが刺さったフォークの先を、つまりモンブランをこちらへ差し出し、


「はい、あーん」

「え、いや……」


 なんだこのイベントは? あーん、だと?? 

 こんなの人生で一度もやったことがない。経験値ゼロ。オレが人生でやったことあるのは格闘術の訓練と、異能発動のノウハウ学習だけ。

 

 心臓を鳴らしながら躊躇っていると、

 

「えぇ、な~に~? もしかして恥ずかしいのぉ?」


 いやめっちゃ煽ってくるじゃん。


「べ、別に」


 オレはそのまま目の前のモンブランにかぶりつくと、頬杖をつく茜は満足そうに目を細めた。


「ふふ、私の蒼斗ギアって可愛い」


 そう言いながら。



  ◇

 

 

 こんな風にして夜の街のデザート店をはしごしていると……ある時不良たちに絡まれた。

 夜の街はこういうのがあるよな。


「おいそこの姉ちゃん、めっちゃ可愛いじゃん。今夜さ、俺達と飲まない?」


 不良なんかがこの時代にいるのかって? いるいる。沢山いる。むしろ200年ほど前の西暦2000年とかの時代のほうが少なかったんじゃないだろうか。

 この世界は確かに科学的技術が飛躍し、今や宇宙にホテルなんかがある時代。でも一方でAIによる労働機会の激減など問題は増えていった。

 

 エネルギー保存則みたいなものだろうか。この世の技術というプラスに、不良というマイナスが加えられ世界は回っている、みたいにイメージすると分かりやすい。


「は?」


 この凍るようなセリフを言ったのはオレでも不良でもない……世界で十人といない虚数演算者の一人の、霧神一族の末裔。

 しかし不良にはその芯が凍るような……虫ケラを相手にするような声が聞こえなかったようで、

 

「姉ちゃん綺麗な黒髪だね~、異能者なのに髪が黒いってことは異能レベル『1』とか『2』なんじゃないの~?」

 

 異能者は人間本来が持つ色素に異常をきたすため、または生体的に異変を生じるため、の色が本来の色と異なる場合が多い。強い異能者なら尚のこと。

 一条 冷華やモテ男Aなどが分かりやすいその例だろう。


「ってことはさ~、あんまり稼げてないっしょ? 俺達レベル『5』でお金持ってるんだー。今日ぱーっと遊ばない?」


 隣の茜が俯いていくのが横目に見えた。


「おい」


 オレが強めにそう言うと、


「んあ? なんだお前。お前レベルなんぼだ? 腕章付けてねえからどうせ『4』以下だろ?」

「『-1』だが?」

「え…………くはっ! 嘘だろおい、ぎゃはははは!」


「恥ずかしげもなくよくそんなこと言えるなぁ!! きいたことねえぞ! マイナス!!」


 他二人の不良も笑いこける。


「黒髪が綺麗な姉ちゃん、そんな男ほっといて―――」



「それ―――誰に言ってるの?」



 プツン、そう鳴った気がした。または一帯が縛られるような。


 オレは今、戸惑っていた。

 この「誰に言ってるの」と発言したのは紛れもなく茜。しかし同時にオレが知らない、見たことない茜だった。

 敵意丸出しで、その声音は恐ろしいくらいに冷徹。その目は赤く冴え、不良たちを容赦なく射抜く。


 まずいな。

 オレは急ぎ、茜と不良の間に挿し入る。


「帰ってもらえますか」


 それだけ言った。

 しかし不良とは昔からこれでは納得してくれないと相場が決まっている。


「あ゛? なんだてめ? やんのかごら゛」


 やっぱりこうなるか。


「てめ゛レベル『-1』の分際でただで済むと思うなよぉ!?」


 そう言って今にも殴りかかってきそうな不良Aから目線を逸らし、というより、実際殴りかかってきた拳をオレはノールックで受け止めながら、一番後ろに居た不良Cに意識的に話しかける。


「なあ、今日の所は帰ってくれるか? 別にお前らに恨みはないんだ。出来れば穏便に済ませたい」

「あぁ? なんだとてめぇ!」


 何事にも突っかかってくる不良Aは一番面倒だな。そう思いがら奥の不良Cを指差す。


「お前じゃない、そこのあんたに言ってるんだ。この中で一番強いんだろ?」

「え……? コイツ……なんでそれ知ってんだ? お前ら知り合いか?」


 そう呟く不良Bを無視していると、


「ほう……少年……中々いい目を持ってるじゃないか」


 190cmくらいの身長の不良Cが揺るがない綺麗な挙措で近づいてくる。

 へぇ、この古風な歩き方……千本木せんぼんぎ一族か。そう考えている間に、目の前に到着。身長差があるが、別にそれは大した問題じゃない。

 場を収める力はただの技術、手段に過ぎない。


「ふぅっ!!」


 瞬間、不良Cはその巨体で前触れなく殴りかかってくるが、オレはそれを野球のキャッチャーの如く容易く受け止める。

 オレにとってはゆっくり近づいてくる亀にさえ見えたがな。


「「はっ―――!!」」


 〈虚構の数〉と〈現実の数〉が同じ土台にあるとでも?


「言っても分からないなら、生物学的な差を教えてやる」


 オレは拳を押さえつつ動きを止めた不良Cに、強烈な殺気を送りつけた。

 それは理屈がどうとかではない。ただ彼の目の前にいる「オレ」という存在が格上であると生物的な、本能的な危機能力に働きかける作用。


「な……なんだっ」


 次の瞬間、不良Cが、


「う、うわぁぁぁ……っ!」


 ライオンを目の前にしたウサギのように怯え、そのまま走って逃げていく。一心不乱に駆け出す。

 周りの不良も「覚えてろよ」とか言える雰囲気ではなく、そのまま逃げ去っていった。

 

 こういうのもそうだが、場数を踏んでいれば分かるものだ。相手の強さだとか生物的位置がどうであるかとかは。

 をしたことがある者は、特に――。


「ごめん蒼斗……私、迷惑かけたね……」


 俯きながら言う茜を見ていると、こっちまで暗い気分になるからやめてほしい。


「そんなことないさ。君にはいつも笑っていてほしい。折角笑顔が似合うんだから」

「……蒼斗は優しいね。私、こんなに蒼斗を振り回してるのに」


 振り回している自覚はあったんだな。


「さっきオレが連中に貶されたとき、本気で怒ってくれただろ? あれ、嬉しかった……」


 オレのためにここまで怒ってくれる君が。

 いつもは蔑まれることしかない毎日。妹からも他人と言われ続ける毎日。誰からも評価されない毎日。

 それでも今、隣に立っていてくれる君が。

 ギアになりたいと、肩を並べたいと言ってくれる君が。


「ね、蒼斗……やっぱり私と対等でいられるのは、君だけだよ」

「うん……オレもだ」


 こういうのは理屈ではない。割かし合理性を求め論理的行動をするオレだが、茜と出会った時も何か衝動的なものを感じた。


 この人は、オレのギアになれる―――。


 咄嗟でもいい、直観でもいい、ただ迷いなくそう思えたなら、それが答え。

 オレにしては珍しいが、偉人だって最初は直観的な仮説を立て、それを証明していくものが多い。


 別にいい。この人がギアになれる理由なんてこれから探せば。

 そう、一生をかけて――。


 すると茜は次の瞬間、オレの両頬を掴んで強引に顔を引き合わせ、


「蒼斗も、何?」


 そう訊いてくるが……それどころじゃない。顔が近すぎる。

 僅か数センチ先に顔がある。後ろから衝撃があればキスすること間違いなしだ。まあもっともオレ達の場合は異次元の反射神経を持つのでそんなことは天地がひっくり返っても起こらないが。


「ん……? どういう意味?」

「だからぁ……蒼斗も何? 私にだけ言わせるなんてズルいよ」


 ああ、そういうことか。


「オレと対等でいられるのは君だけだ」

「へへぇ」


 ほら可愛い。笑えばこの子は殺人級に可愛いのだ。勝手にオレの頬が赤く染まるぐらいにはな……。

 さっきみたいに怒ればそりゃ超怖いが、そもそも女子とは怒らせたら怖い生き物。今更だ。



 ◇


 

 かつてオレの隣に立った者は、皆例外なく死んだ―――。

 どんな強者でも―――。



 ◇



 かつて私の横に立った者は、誰も彼もが命を落とした―――。

 どんな強者でも―――。





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