第10話 術式「蒼」



 この今しがた発動した「青」は通常の境界術式。空間に干渉する異能『境界』、それの基本工程となる術式発動。ひいらぎ家は主に空間を操る異能を相伝していた家系。


 軽く見た感じ周りに人はいない。

 もう既に全員逃げたということだろう。


「んじゃ――いくよ?」


 オレは特大ジャンプで口裂け女の前にスタッと下り立つ。

 まずはコイツがどれ程賢いか、調べないとな――。


「青閃」


 何もない目の前の空気を右手手刀で断ち切る動作をする。横に一線。

 別にナイフを持っていたわけでもない。その手に聖剣エクスカリバーが握られていたわけでもない。

 矛を模った手で左から右へ切りつける、ただそれだけの行為。


 傍から見れば右手をぶん回しただけの変なヤツ……。

 だがこれでいいのだ。

 これで相手がどうするのか反応を見て、知性のレベルを判定する。


「クッ……クククッ……」


 何が可笑しいのか、カタカタ震えているような、バグっているようなそんな奇怪な雰囲気で笑いながら大きく一歩下がり、「それ」をかわしてみせた。


「ほう?」


 現実世界を青き空間切断で一閃する「青閃」だが少し術式を弄れば不可視にもできる。

 その不可視境界線が見えていた? いや、というよりフィーリングだろう。単純にこちらの切る動作があからさますぎたか。

 まあいい。防衛本能は普通。犬より少し上の知能……でも話せないってことはギリ特級ではない。精々一歩手前ってとこか。


 うーん、なんかもう面倒だな。対処など諸々。


「クァァァァァァァッ!!」


 口裂けの化け物はその場から空気を圧縮した不可視の切断を繰り出してくる。

 その数は、いち、に……計三つ。さらに追加攻撃で四つの空気斬撃。

 

「へぇ……」


 これをかわすには相当体力を使う。


「なんかも、いいや」


 そう言いながらただ棒立ちしていた。

 呑気につっ立っていると、オレの居た場所はまるで台風がぶつかったみたいに局所的な破壊を受け、一帯路面が大きく陥没。さらに切り刻まれ、周囲の瓦礫なども散り散りになる。もうおしまい。

 煙も上がり、そこにいる者は切り刻まれるのが普通。死ぬのが普通。


 おそらく口裂け野郎は満面の笑みを浮かべて、他の標的を探し始めようとそっぽを向いているだろう。ククク、とか言いながら。


 だが―――、


 煙が晴れ、


「おい、勝手によそ見すんなよ」


 微かに立ち込める煙の中、立ち去ろうとする黒い女の背に告げた。

 この時、オレの左手からは青い障壁バリアが展開されており、それで正面からの空気斬撃を完全に防いでいた。

 片やオレの右手には海より濃い、しかし宇宙よりは薄い“何か”が収束し始める。

 正面のバリアを消し、



 虚数術式「蒼」



 オレは思考を放棄しながら、自分の制服ネクタイを緩め、


「多少手荒にはなるが―――悪く思うな」


 左足を後ろにすり下げ、前に出した右手から何かを放つ構えをとる。

 手のひら中央、青に輝く空間エネルギーは極限まで収束を受ける。濃密なまでにオーラが集まり出す。


 柊家の秘密奥義「無光ヴォイド」の固有制御版。オレの虚数の演算「蒼」因子を混ぜ込み強化されている。

 その放たれる一撃は口裂け女のどんな防御さえも意味をなさないだろう。



「―――『蒼穿』」



 手先から放たれ、一直線に進む蒼き球体は空間を吸い込みつつ、凄まじい時空の吸収と共に直進する―――。


「お前の敗因は最後まで敵を観察しなかったこと……相手の死を確認しなかったことだ」


 素早く振り返った口裂け女の不気味な笑みは、その「蒼」を目の前にして俄に歪みだす―――。


「クァ……ッ!!」


 数秒後その場には極光石きょくこうせきという討伐の証が転がり、軽い音を立てた。

 その音は虚しく一帯に響いた。


「さてと」


 オレは一瞬道路に横たわる冷華を見たが、そのままにしても問題ないと判断し、その場を足早に離れた。



  ◇



 極秘討伐組織『星影』のオペレーション室にて。

 たった今一級強の影人「裂」タイプが柊 蒼斗により討伐された……その様子が映る巨大スクリーンの前で、


「さすが私の相棒ギア

 

 コードネーム[K]こと茜が微笑みながら言うと、対照的に綾乃は曇った表情で返す。


「誰がギアよ。彼はあなたのギアにはなれないし、あなたも彼のギアにはなれない。何回言ったら分かるの?」

「まー、一生分かんないかな」


 すぐに仏頂面に戻る茜。


「[K]……あなたは特別な人間なの。正直ギアなんていなくたって一人で影人を倒せてしまう強さを持っている。でも異能士協会の規則にのっとって二人一組は強制されるでしょ? だから回復役などのサポーターをわざわざ選出しているのよ」


 綾乃はいつも通り壁にもたれる隊服姿の茜を見たが、一方茜の方はスクリーンを見るだけ。


「逆に今の見ても分かんないの? 蒼斗はもう高校生のレベルを大きく超えてる。私の戦闘基準に合わせられるのは……私についてこれるのは彼だけだよ。……もうさ、この組織に入れちゃいなよ」

「そうしたい気持ちは……無いと言ったら嘘になるけど……」


 ここで茜は表情を緩めた。

 

「でしょ?」


 しかし現実とはそう簡単なものではない。


「でも駄目よ。上がそれを許してない以上、彼がどれだけ強くてもこの組織には入れないわ。それは[K]もよく知ってるでしょ? ここは一般世間には公開されない組織で、所属する異能士は秘密裡に活動しなければならない」


「あっそ、その御託はもういいよ……しつこい。全部そっちの都合でしょ?」

「ええそうよ。でもそれはあなたも同じ」


 茜は返す言葉もなくなり、不機嫌を纏いながらそこを立ち去った。



  ◇


  

 口裂け女を倒したのち、オレが家に帰宅すると、


「ただいま――ん?」


 なぜか玄関に靴が二足……。

 

「お帰りお兄ちゃん。今日はお客さん来てるよー」


 お客?

 そのままリビングに着くと、驚きの光景が。

 いやぁ……こりゃ驚いた。ぶったまげた。宝くじ当たったよりも驚いた。


「ごめん、きちゃった」


 可愛く首を傾げる霧神 茜の姿が。しかも彼女のようなセリフを。

 やはりブラックスーツを着ていて、とてもスタイルがいい。

 その彼女が食卓椅子に座りなんとお茶(アップルティー)を飲んでいるじゃありませんか。


 特級異能士がお茶を飲みに来る……以前こんなことを言った気がする。浄眼には預言能力まであるらしい(ない)。

 そしてなぜか、白愛が作ったであろうホットケーキにハチミツを病気になりそうなほどかけ、美味しそうに食べている。


「茜さん……? どうしてここに?」


 訊くと頬張っていたホットケーキを飲み込み、


「ん、それやめてよ。私のことは“あかね”って呼んで?」


 オーマイガー。

 オレはプライベートでは女慣れしていない。女子を下の名前で呼んだことがあるのは唯一白愛だけなのだ。そんなオレ相手にもはやここまでの無理難題を押し付けてくるとは恐るべし特級。


「え……」


 ほら見ろ、変なこと言うから白愛が意味ありげに視線をオレへ茜へと行ったり来たりしている。


「私も“蒼斗”って呼ぶからさ」

「まあ分かった。機会があったらな。……それより何しに来た? 何か理由でもあるんだよな?」

「え、特にないけど? 何か理由がないと来ちゃ駄目なの?」

「え……」


 さっきの白愛と同じ反応がオレの口から出た。

 すると茜は「んー」としばらく何かを考え込んだのち、とんでもないことを言い出す。


「じゃあこの後デートしようよ……私と」

「「え……」」



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