第12話 決闘


 次の日の事だ。

 異変が起こったのは―――。


「あ~ねみぃ」

 

 オレは億劫という二文字を身体中に沁み込ませながら月虹学院一年の自分のクラスに入ったが……なんとそこには特殊なバッジを付けた女子の先輩が二人。

 そう、なぜかが教室内に居たのだ。

 いわゆる異能の不正利用、乱用を防ぐ風紀委員のようなもの。


 問題は意味深にもオレへ視線を送ってきていること。

 熱い視線に晒され思わず興奮してしまいそう。なんて冗談はさておき……。


「君がひいらぎ 蒼斗……で、合ってるか?」


 目の前に来て、そう話しかけてきた茶髪ポニーテールの先輩。少し強面で紫の瞳を有している。

 外観、声共に真面目そうに見えるのでおそらく染めたわけではなく異能者特有の色素変色ということだろう。


「ええ、まあ……オレが柊ですが……」


 オレなんかまずいことしたのか? 

 それか、能力レベル「-1」の無能ということで懲罰委員にまでイジメられる……いよいよそんな日が到来したのかもしれん。

 しかもこんな美少女二人にイジメられるのか。新しい性癖に目覚めないよう気を付けねば。


「今から君と話がしたい。私達についてこい」

 

 灰色髪ショートの先輩が男勝りな声で言って手招きしてくる。



 そうして先輩二人に連れてこられたオレは防音の演習室に入っていく。

 演習室が何かって? 簡単に言うと個人決闘や異能の練習を許されている教室だ。


 こんな場所で一体何を……。まさかリンチ? そう思ったがすぐに違うと分かった。


「あ! 無能の柊じゃねーか!」


 なぜならモテ男Aが演習室奥側に見えたからだ。

 朝から元気だなぁ。と思いながらも先輩二人についていく。


「ちっ……」


 気になるのはこの場に一条 冷華、モテ男Bもいること。今の舌打ちはモテ男Bだ。

 モテ男B……名前は確か…………すまん、忘れた。水を念動により操作する名波なみ一族だというのだけは薄ら覚えているがそれ以外はやはりどうでもよ過ぎて忘れた。


「あの……オレはなぜここに呼び出されたんすか?」


 正直覚えがないので訊くと、


「今からその話をする。そう焦るな」


 と灰色髪ショートの先輩が宥めてくる。

 この場に居るのはモテ男A、モテ男B。一条 冷華。それから懲罰委員の女先輩二人、オレの計六人。

 そこで茶髪ポニーテール先輩がおもむろに口を開く。

 

「私は懲罰委員長を務めている功刀くとう 舞梨まいり。まず、先に言っておく。この場では私が許可するまで勝手に意見するな、発言するな。いいか? 意見したい奴は必ず挙手をしろ」


「あぁ? ちょっと待てや!」


 堪らず声を上げたモテ男A。

 その刹那、愚かだな、と思わざるを得なかった。話を聞いていなかったのか、と。


 瞬間、何の前触れもなくモテ男Aが後方に吹き飛ばされる。それはまるで後方からバネで引っ張られたかのようであった。


「ぐっ……」


 言葉にならない声を漏らし悶えつつ何とか立ち上がるモテ男A、その顔は既に怯え始めている。


「「なっ――!」」


 モテ男Bと一条はたった今起こったことを理解できていないだろう。

 実は結構簡単。茶髪ポニーテール先輩が持つ紫の瞳……これは『撃力げきりょくの魔眼』という直視したものを音速程度の高速で吹き飛ばす効果を有する危険極まりない異能。その結果。

 手加減がなければモテ男Aは確実に死んでいた。


「言ったろ。私が許可を出すまで意見するな、とな。……いいか? この場に集めた生徒四人にはこの先の成績、所属に関わる、人生に関わる大事な話をする。意見したければ挙手をしろ」


 モテ男Bと一条は軽く頷いて見せた。


「では話す。昨日の夕方について、君たち四人は等しく同じ現場にいたはずだ。今日はその話をしたく、お前らをここに集めた」


 同じ現場ねぇ……。昨日の口裂け女に関わる話であることは明白。

 さすがにモテ男Aとモテ男Bがバレるのは分かるが、オレはきっちり証拠隠滅したはずだぞ。なぜバレた?


「まず昨日の下校時間丁度だ。一級強……つまり一級より少し強めの影人が街に出現、その20分後に二級以下の異能士20人が戦死。しかしどういうわけかその数分後に影人討伐が果たされた。何が言いたいか……その討伐を果たした存在が―――この中にいる」


 おお、言い切った。言いきっちまった。

 何か確証たる証拠はあるんだろうなぁ?


「しかし残念なことに、最寄りの監視カメラ映像にてその影人を倒した人物は映っていなかった」


 オレはここで密かにほっとする。


「だが、確実にこの中にいる」


 げっ。


「その監視カメラ映像では最初、一条 冷華がその影人に挑み、戦闘後敗北する。そのシーンがきっちりと映りこんでいた」


 それを聞き、冷華が微かに目を逸らした。

 きっと褒められてばかりの毎日。異能レベル「7」という基準値の最高。家でも学校でも天才天才と言われ続け、失敗や敗北などは初めての経験だったのだろう。


 続ける功刀先輩。


「しかしだ。一条は致命傷を受け、死にかけていたのにもかかわらずその数分後にはまるで完璧な治療を受けたかのように元通り……さらには影人が討伐されていた」


 オレはここまで聞き、やっと功刀先輩の目的、というか意図を察知した。

 随分回りくどいが、まあ確実ちゃあ確実か。

 

「それは俺です!!」


 モテ男Aは挙手しながら元気よくそう言った。


「というと?」

「ですから、俺がその影人を倒したっす!!」

「ほう? 炎系統の異能『劫火』を持つ風間かざま てる……君があの影人を倒し、それから一条の命を救ったと?」

「はいそうです! 影人を討伐したのはまさに俺ですが、一条を助けたのはそこにいる名波 はやて! 水魔術理論の応用で助けたらしいっす!」


「おいっ」


 モテ男Bこと颯は小声で言いながら「何を勝手に!」という顔をする。

 ちなみに「水魔術理論」とは200年ほどまえに存在した「P≠NP問題」「リーマン予想」「ヤン・ミルズ方程式と質量ギャップ」とかと同じ部類で、未だ解明されていない異能関連の理論問題。

 つまりこれだとモテ男Bはノーベル賞ものの天才科学者である。

 

「なるほどぉ……それは凄いなぁ」


 と、功刀先輩が数度相槌する。


 いや、功刀先輩……。


「ええ、自分でも驚いてますよ! 俺はこんな強かったんだと! 火事場のバカ力って存在するんすね!」


 ――などとモテ男Aは供述しており……。


 今すぐ弁解していおいた方がいいぞモテ男A。保証する。

 功刀先輩は苦笑いしながらモテ男Aに告げた。


「そうみたいだな。……といっても、存在したのは馬鹿力ではなく、ただの馬鹿だがな?」

「ん??」


 それを聞き、モテ男Aはしばらく沈黙。

 一方モテ男Bは深いため息を吐く。一条に至っては「まだ気づかないの?」と言いたげな表情だ。


「え? それはどういう……」

「いいか、風間。お前は知らないだろうから言っておく。私は“最寄りの監視カメラでは”と言ったんだ。遠くの監視カメラが偶然その一部始終を捉えていた。更に言うなら一条 冷華と名波 颯は影人を討伐したのが自分でないと認識しているだろう。要するに二人はもう気付いている。あのレベルの高い影人を討伐した人間が真に誰であるのかを。……唯一気付いていないのは、馬鹿であるお前だけだ」


「は? ちょ……ちょっと待て! あ、じゃなくてちょっと待ってください! 俺は本当にあの影人を討伐したんすよ!」


 モテ男Aは必死に説得を試みる。必死に。

 だがな、モテ男A。問題はそこじゃない。

 功刀先輩はポニーテールをうしろに払い、


「問題はそこじゃないんだよ風間。冷静になれ。影人を討伐したのは一条でも名波でもない。もちろん風間……お前でもない。ではこの四人のうち一体誰が討伐したと思う?」


 こんなサルでも分かるような、小学生でも分かるような説明を受け、さすがに気付いたか。

 モテ男Aは見るからにはっとなる。

 彼はやっと気付いたようで……他の皆は最初の段階で気づいていたが……みるみるうちに顔を強張らせ、徐々にオレの表情を伺ってくる。


「な、なにぃ……あり得ない! それはあり得ないだろ! だってレベル『-1』だぞ!?」

「そうか? 経験がまあまあ豊富な私からすれば、馬鹿で何の思考も持たないお前が影人を倒せたという方がよっぽど信じられんが?」


 功刀先輩、この人言う言う。煽りまくる煽りまくる。


「なんだとぉ!! てめ゛!!」


 瞬間、赤髪陽キャは再びポニテ先輩の繰り出した『撃力の魔眼』をもろに受け、吹き飛ばされる。そのまま後ろの壁に強打。


「懲罰委員には生徒へ直接異能を行使する権限がある」

「どうでもいい! あり得ねえ! そんな奴が影人を倒せるわけねえ!! だって無能の柊だぞ!」


 切迫した、追い詰められた雰囲気で叫ぶモテ男Aの姿を受け、挑発モードの先輩が急に、


「ふっ!!」


 気を緩めていたオレ。先輩の位置から高速で拳が迫る。虚を突かれたオレは思わず術式「蒼」を発動し、後方へ逃げてそれをかわす。


「ちょ……」


 あぶねあぶね……。

 

「うーん、やっぱり私には分からんなぁ」

「はぁ?」


 顔が歪むモテ男A。


「今の人間離れした反射神経もそうだが……柊 蒼斗は私に会った時、まず最初に適切な距離を取った。それは、仮に近接の速攻を受けてもギリギリ回避可能な位置だ。つまり柊は生徒間でさえ気を緩ませず私達から距離を取ったような男だぞ? 一方で君はマヌケで見るに堪えない。よくそんなんで意味不明な嘘をつけたものだ」


 尻もちをつくいじめっ子の表情が段々と怒りに満ちていく。


「なにぃ! じゃあそいつと決闘させろ!! 柊なんざボコボコにしてやる!! それで証明してやる!!」


 彼女は少し考えた後、こちらを見た。


「――と、本人はああ言っているが、どうだろう蒼斗くん? やるかい?」

 

 んー、やめておこうかな。正直面倒だし。もうこれでイジメはしなくなるだろう。

 そう思っていた時だった。


「その決闘が終わったら、俺にもやらせてください」


 なんと、モテ男Bがそう言い始める。


「いや、君は駄目だ。一年生は体内に含有するマナ保有量の関係で、一日における決闘は一回だけと校則により決まっている」


 その先輩の説明を受けてもモテ男Bは引き下がらない。


「いえ、やらせてください」


 男の意地だろうか。おそらくオレに負けた気がしているから、その気前を直したい。

 オレを倒し、自分の方が上だと、自分の方が優れているんだと思いたい。

 どこまでも劣等感が付きまとう生き方をするんだな、コイツらは。


「駄目だ。一年生の決闘は一日一回と決まっている」


 いや待てよ、それならいいこと思いついた。


「いえ――面倒なので、オレ一人で両方相手しますよ」


「「えっ」」


 と、一条と灰色髪先輩が素で驚く。


「ん、いや……確かに一日一回は絶対のルール。だが、1対2は禁止されていない……」


 先輩が呟くが、その一方、


「なんだと、柊てめえ!! 俺のパシリである無能のくせして、調子に乗んなよ!!」


 憤慨治まらずって感じで唾を飛ばしながら激怒。

 前言撤回。この感じだとイジメはやめてくれなさそうだ。


 オレはネクタイを緩めつつ、蒼き瞳で下目に見ながら言った。



「大丈夫だ。安心しろ風間―――さすがに手加減はしてやるよ」 





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