第1話

□□□


 病室で目を閉じて、そして目が覚めた。


「にゃ?」


 周りに広がる景色はこれまで実際に見ることが出来なかった森林。それも明らかに人間よりも低い視点からの景色。


 そしてさっきの思わず出た私の声と自分の肉球と汚れで固まった毛のついた手足。


 ふむふむ、なるほど。


 これは……


「にゃにゃにゃんにゃんにゃんにゃ」


 異世界転生だぁっ~~!!?



□□□


 私は女子高生(仮)である。


 名前は一応ある。


 三鷹沙織という。


 ……と、こんな感じで自己紹介が慣れないもので某文豪の某小説の冒頭をパクったけど普段はこんな口調はしていない。仮にも花の女子高生ですからね。


 私は今年で十七歳になるのだけど実は一度も外に出たことがない。


 というのも重い病気にかかっていたからである。


 ここで病名は出さないでおく。適当に病名を挙げてその病気だった人の苦しみを配慮したのか!とか怒られそうなので。かかった本人なのにね。


 まぁ、とにかく、そういうわけで私の世界といえばカーテンの締め切った薄暗い部屋と診察室。触れあった人は何人かの看護師さんとお医者さん、それにお父さんとお姉ちゃんだけだった。


 それでも一応それなりに楽しい人生を送れたつもりである。


 閉じ込められた病室とはいえインターネットなど普及した現代。漫画、アニメ、SNSやらなにやらで退屈はしなかったし、看護師さんとかお姉ちゃんとかと楽しくお話もした。


 漫画はそれなりにサブカルをたしなむタイプの陽キャだったお姉ちゃんが「面白いよ、これ!」って言って持ってきてくれた。お姉ちゃんとは趣味が合っていたおかげで読んだ漫画の話をするのは楽しかった。


 看護師さんとかお姉ちゃんとのお話はネットとかと違って変に飾っていない自慢話とか失敗談とか恋愛の話だとかをしてくれて面白かった。


 お父さんは仕事であまり来てくれはしないものの来てくれたら出張先の色んなお土産を買ってきてくれたり観光地だとか外の綺麗な場所の写真を見せてくれたりした。


 最後の二年間は苦しかったけども皆に見守られてこの世、というか前の世界を未練なく去った。


 ただ一つを除いて。


 私の前世での唯一の未練。


 それは……


 可愛い女の子同士のイチャイチャが見たい!!!


 願わくば私が女の子とイチャイチャしたい!!!


 お姉ちゃんが看護師さんに見られないように慎重に持ってきたBLとGLの漫画。お姉ちゃんはBLの方が好きみたいだったけど私はGLにハマってしまった。


 可愛い女の子たちの禁断の恋。


 人目を避けなくては接吻も、ましてや手を繋ぐことすらできない。


 彼女の友達に嫉妬をし、彼女の愛が本物か不安になってしまう。


 それでもなお相手を思い、二人の愛を育む。みたいな!!?


 そういう男共の汚い性欲の紛れない純粋な愛情!!


 そういうのが好きなの!!


 だからね、女の子たちの恋愛を見れるのでは、とめちゃくちゃでかい期待をしてね!?私は中学一年のときから病室で一人勉強をして、特殊な事情でのオンラインの授業参加を認める女子高を探し、そして血の滲む努力をして合格したっていうのにさ!!?


 高校入学直前に悪性の腫瘍発覚ってどういうこと!!?


 不運すぎるだろうが、バカタレがぁ!!


 もうちょっと遅く、遅ければさ?本物のGLとかてぇてぇを見れたっていうのに!!くそぉ………ちくしょぉ……!!


 それだけが未練だったのよ!


 最後、お父さんとお姉ちゃんが看取ってくれたときには、本当に申し訳ないけどね?あぁ、てぇてぇ見たかったぁぁぁっ…………!!とかが頭の七割を占めてたね。いや、申し訳ないけど。残りの三割はお姉ちゃんたちのことを思ってたから許してくれ。


 それで、もう、病気の回復なんか祈らず、一心不乱に……


『生まれ変わるなら女の子たちのイチャラブを思う存分見れる第三者ポジにしてください!!高望みしていいならできれば当事者になりたいです!!お願いします!!タチ(攻め)でもネコ(受け)でもリバ(両方)でもどっちでもいいのでお願いします!!』


 ……とかお願いしていたのでした。


 

□□□


「にゃぁ…………」

 

 だからって、ねぇ?本当にネコにする?


 ちゃんとネコっていうのはレズでいうところの受けです、って説明したんだけど。

 

 しかも森の中に放置されているとは。これじゃあ女の子と出会う確率ゼロじゃないか。


 ……いや、漫画とかなら森のなかで困っている女の子を助けるケースか?……期待はしておこう。


 ちなみに今さらだけど、猫に生まれ変わっただけなら異世界転生とは限らないだろうけど、多分これは異世界である。


 理由は二つ。


 一つめは周りの景色。


 木々は前の世界と同じ普通の木が多いのだが――何本か動く木が紛れてるけど――その更に上空、太陽が二つある。それも片方は動いていないけどもう片方はグルングルン動いてる。大分キモい。


 更には飛んでいる鳥。こいつらは何故か知らないけど仲間のお尻の部分に噛みつき連結して空を飛んでいる。めっちゃキモい。


 そして前の木々に網を張っている蜘蛛。大きさが私(猫)視点で三階建ての家くらいの大きさをしている。人間視点なら診察室にぎゅうぎゅうになって入れるかどうかぐらいかな?そいつが私(獲物)を見て、ギシャシャシャッ、っと金切り声をあげている。バチクソにキモい。


 そして、もう一つの理由は、この身体に溢れんばかりのパワー。


 この身体が初めから私の身体だったのでは?と感じさせるほどに自然とパワーの使い方が理解できる。


 もう、パワーがパワーしてパワー!な感じだ。要するに言語化できないけど何となく力を使う方法が分かる!


 ……てなわけで


「にゃぁあっ!!」

「ギシャシャ?」


 魔法発動!!


 私を喰えると思うなよ、昆虫ごときが!!


 身体の中で爆発しそうなくらいな溜まっていたパワーがキモ蜘蛛へと向けた前足から放出されていく。


 そして出ていったパワーは一度空中にとどまりその性質を変化させていく。


 今使うのは雷属性!


 「我が神なり」とか言っちゃう餅耳の人もかくや。我ながら恐ろしくなるほどの雷弾が形成される!


 そして……発射!!


「にゃ!!」


 ブシュッゥゥゥ…………!!!!


 雷属性の効果音とは思えない音を傷口から出してキモ蜘蛛が消えた。残ったのは十本の足だけ。あれだけでかかった蜘蛛の胴体部分は溶けて消し飛んだ。


 そして雷弾は攻撃の延長線上の草、土、木、空気、その他諸々全てを焼き尽くした。


「…………」


 ……なるほどね?


 パワーはパワーでパワー!!ってことか。


 よし、オッケー。理解完了。


 パワーこそ全て。


 罪悪感はない……ことにする。


 事故だ、これは。私に非はない。


「…………にゃぐぅ?」


 ふむふむふむ。


 なんか凄い香ばしい匂いがする。


 なるほど?この蜘蛛の足、外殻の中に肉が詰まってるのか。さっきの雷弾の余熱でおいしそうに焼けている。


 …………知ってる?


 前世の世界でも蜘蛛ってカニとかの甲殻類と同じ味がするらしいよ?


 …………いやね?私だって前世は人間。蜘蛛を食べるとか嫌悪感ちゃんとあるよ?


 でもね?今の私の猫の身体。それが「こいつはめっちゃウマイにゃ!!」と叫んでいる!


 そんじゃ……


「にゃにゃにゃんにゃん!!」


 !!!?


 うまっ!!


 なにこれ!!?


 海老みたいなぷりっと食感!!


 噛むたびに溢れ出す肉汁!!


 丁度良い感じに効いた塩味!!


 何故か後味にピリッとした痺れが舌に残る!!


 ……ん?


 あ、やべ。これ、毒だ。


 ちょっ、あっ、身体動かなくなってきた。


 えっ、うそ、やばい。


 いしきが


 とおのいて……


 うぇ…………











□□□


「にゃぐふっ…………」

「あっ、聞いた?ノーブル。この子、意識戻ったんじゃない?」

「そのようですね」


 んん……?


 なんか声、聞こえたな……


 綺麗な女の子の声……?


「にゃにゃっ!!!?」

「わっ!?ご、ごめん!びっくりさせちゃったかな?」


 な、なに?


 えぇと、私は猫になって暴虐の限りを尽くして蜘蛛を蹴散らして肉を喰らったら毒で死にかけてて……


 それで、今、女の子の膝で寝てた?


「あれ、意外とおとなしいね……」

「……ですな。この破壊を行った主とは思えないほどに」

「そりゃそうじゃん。そんな力のある魔物なんか私じゃ契約できないもん」

「…………左様ですか」


 やばい。


 これは、やばすぎるわ。


 これは、この子は……


「にゃにゃ~~!!」

「……ん??今、なんと?」

「えっ、何?なんて言ってたの?」


 超弩級の空前絶後の唯一無二の超絶美少女!!!!


 性癖ドストライク過ぎる!!!


 薄く日に焼けたくらいの褐色肌のダークエルフ。


 ベージュ色のセミロングな髪の毛。


 穏やかそうで優しそうな姉属性。


 見ているだけで引き込まれそうな紺青の瞳。


 なによりスタイルがえっちぃ!!


「にゃにゃっ!!!」

「……御主人。この方と契約したのは、その……不味かったかもしれません」

「え?なんでさ?大丈夫だよ!だって、見てよ!こんなに可愛いもん!!」


 最高!!


 神様、仏様!!転生させてくれてありがとう!!


 異世界最高!!


 いやっほぉ~~~~!!!



□□□


「えぇと、さっきまでグルグル駆け回ってたけど……大丈夫?落ち着いた?毒が回っておかしくなった訳じゃないよね?」

「にゃにゃん」

「大丈夫だそうです」

「そう……ならよかった!」


 ちょっと落ち着いてきた。というより全力で駆け回りすぎてスタミナ切れで強制的に落ち着いた。


 また死にかけみたいにゼーゼー息をしてペタンと座りこんだ私の前に正座で座るエルフちゃん。


「まずは自己紹介ね。私の名前はメアリー。見ての通りエルフなんだけど、ちょっと色々あって村から逃げてて……とりあえず、今は近くの街を探してる感じかな?宜しくね!」


 メアリーちゃんって言うのか。名前も可愛い。

 

 仕草も可愛い。話す度に耳がぴょこぴょこなってる。


 いや、もうっ、全部可愛い!!!好きっ!!


「それで、こっちが……」


 メアリーちゃんはもう片方の人の声が発せられる方向を、自分の肩の方を見た。


 そこに乗ってるのは……


「にゃにゃ?」

「ええ、鳥です。私は人間種がおっしゃるところの【貴族鳥インペリアルバード】という種族の魔物で、名前はノーブルと申します。以後お見知りおきを」


 メアリーちゃんの肩に乗っかっている小さな鳥。猫である私から見ても小さい鳥だ。


 人間サイズで見るとおよそ握りこぶしくらいか?


 まるで雪の妖精みたいに白い毛並みでまん丸とした身体。そしてクリクリとしたつぶらな黒い目と小さな黒い嘴。


 そう……シマエナガである。


 前世でシマナガエだと名前を勘違いしていたシマエナガである。


 それが渋い初老のおじさんボイスで喋っている。


 ギャップが可愛いな。


「それで、あの……ここからが本題なんだけど、良いかな……?」

「にゃ?」


 なにかな?


 婚約?結婚かな?


 式は、ウェディングドレス着て欲しいな……いや、でも和式も…………まぁ、メアリーちゃんの申し訳なさそうな態度からしてそんな求婚な訳ないんだけども。


「まず、猫さん、さっき毒で死にかけてたでしょ?」

「にゃん」

「それで、あのままだと死んでたんだけど……」

「にゃん!?」

「私、回復魔法、というか五大属性と陽属性の魔法ほとんど使えないんだよね」

「にゃ?」


 回復魔法使えないならどうやって治したのかな。


 ……愛のキス?


「えぇと、それでね……本当に申し訳ないんだけど、勝手に従魔契約しちゃったの」

「?」


 従魔契約?


 ……従魔契約!?


「にゃにゃ!!?」

「う、うん。その……本当にごめんね!!私の使える魔法の一つに〖体力贈与〗っていうのがあって、それが従魔にのみ使用可能なやつで……それで、毒自体は従魔契約しなくても分解できたんだけど、猫さん、本当に死にかけだったから……」

「御主人が〖体力贈与〗を使用しなければあのままお亡くなりになっていたでしょう」


 え?メアリーちゃん達が来てなかったらあのまま死んでたの、私?転生して十分も経たないうちに?


 まじか……衝撃事実……


 いや、まぁ生きてるし別に良いんだけど。


 それより重要なのは……


「にゃふふっ……」


 行きずりで可愛い女の子のペットになれた!!!


 元人間としてみるとペットっていうのは中々アレだけど、見方を変えればこれ以上ないくらいの好条件じゃない?


 可愛い女の子に可愛がられて?


 動物という立場を利用し違和感なく色んな場所に潜入できて?


 可愛いご主人と他の女の子との絡みを思うがままに眺められて?


 あわよくば一緒にお風呂に入っちゃったりして!?


 うへへへへへ…………!!


「にゃふふふふ…………」

「…………」

「……?ねぇ、ノーブル?翻訳してくれないと分からないんだけど……怒ってはいない、よね?」

「……いえ、怒ってはおらっしゃらないようです……ですが……これは……何と言えば良いか」


 ふふふっ、ただでさえ今の私はチート魔法持ちの猫さんなんだよ。汚い間男でも入ろうものなら即座に暗殺よ。暗殺!


 これで純愛なる百合園の完成だぁ!!!ぐはははははっ!!!


「とりあえず、怒ってないなら良いよね?」

「……私の中では別問題が浮上しているのですが……まぁ、良いでしょう。前々から私だけでは戦力的に不十分だと思っていましたから」

「やった!なら、本契約だね。名前をつける……けど、もうあったりとかする?」

「……にゃ?」


 名前?


 ……ある。けども……


「にゃい」

「無いそうです」

「そっか!じゃあ、私がつけないとだね!うーん……どんなのが良いかな~~」


 ふふふっ、よっしゃ。


 これでメアリーちゃんに名前つけてもらえる!


 ペットの名前って意外とその子に愛着が湧くかの原因になったりするらしいからね。それに女の子が頭を悩ませて考えてくれるだけで嬉しいし。


 第一、三鷹なり沙織なりは猫の名前としてはちょっと変でしょ?


 下の名前を美少女に呼んでもらえるのはちょっとした夢ではあるものの、もう私、猫だし……って、うわっ!


「よいしょっ、っと!おぉ……もちもちでふわふわする……うーん?モッチリーヌ?……ちょっと違うな。あとは……なんだろうな…………あっ、そうだ!!」

「にゃ…にゃ……!」


 顔近い顔近い顔近い顔近い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いすぎるっていうかめっちゃ良い匂いするやば笑顔眩しっ!なにこれこんな生物存在してて良いの?この子が生きてるだけで世界平和が訪れるわ、こんなん冗談じゃなくやばいキスしたいもうなんか顔見てるだけで幸せになってきた


「君の名前はパールにしよう!!」

「パール、というと……」

「うん!お母さんが言ってた貝から取れるっていう宝石の名前からとったんだ!なんかね、真っ白で丸くてツヤツヤしてるんだって。この子に合ってるかなって!どうかな?」

「にゃ……ぐふっ……」

「……それどころではないようですね。御主人、猫殿を下ろしてやってください」

「にゃっ!?」


 おい、鳥!!何勝手なこと言ってんだ、コラ!!!


 こんな幸せな時間を邪魔しようとは!焼き鳥にしてやろうか、この野郎!?


「ブンブン頭振ってるけど……そんなにだっこ好きなのかな。ふふっ、かわいい。よしよし~~良い子だね~~」

「にゃへへっ……!!」

「……」


 なでなでされてる!!


 うれちぃ!!きもぢぃ!!ぐへへへ!!


 アタマ飛んじゃうわ!!!


 さいこうしゃいこうすぎ!!!!



 ……あ、一応これだけ伝えておくか。


「にゃ」

「…………はぁ。名前、パールで宜しいそうです」

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